第一話 Start Night of Death「死の夜が始まる」
少女はとある一軒家の敷布団で寝ていた。いや、もう少女ではないかもしれない。つい最近、少女は19歳になったのだ。ならば玲奈と呼ぶのが良いだろう。
一軒家とは言ったが、お金が無いので電気は止まっているし、水も止まっている。住所登録も切れているので実質的には空き家と言った所だろうか? そんな家のリビングに敷かれている敷布団で寝ているのは南玲奈という赤髪がトレードマークの少女だ。
玲奈は親が逃げ逃げて借金がある。そのため、借金返済の為に行っているデスゲームをここ最近繰り返し疲れていた。しかし、あと100万で返済できるところまで来ていた。あと1回ゲームに参加すればようやく開放されるのだ。
しかし疲れているものは疲れている。もう少し休みたいという玲奈の考えをよそにポストにコンッと何かが落ちた音が聞こえた。「こんな時間に、何」と面倒くさそうな声で布団から起き上がり手紙を取りに行った。
冬という事もあり外は肌が凍るかもしれないと思う程に寒かった。玲奈はとにかくお金がないので薄めのトレーナーにどこか古さを感じる半ズボン、そんな適当な服装だった。なのでとにかく寒かった。
ただ、寒いという感情が心の奥底にあっても身体が今までのデスゲームでの寒さや苦痛を覚えてしまっているからか全くとして凍える時に見せる様な感情が湧くことはない。
慣れって怖いものだよねと玲奈は思いつつも、その感覚には助かっていると感謝の気持ちも感じていた。
リビングに戻り今にも壊れそうなホームセンターで昔買った筈のパイプ椅子に座るとビリッ! と音を鳴らして封筒を開け中を見る。その中には手紙が一枚と、もう一枚黒いカードが入っていた。そのカードには金色の文字で『ギャンブル・ブラッド』と書かれた手紙が入っていた。そのカードにはメールアドレスと電話番号が書かれている。
「いつものゲーム運営とは違う......。株式会社『ルミナス・ルミナリエ』? 聞いたことが無い会社だ。間違い?」
玲奈がいつも行っているデスゲームギャンブルを運営しているのは株式会社『黒住字堂』という所だ。いつもはスーツを着た黒服が直接手紙を渡しに来るので一目見るだけで分かるのだが、今回は違った。玲奈は不審に思い、いつも自分を迎えに来る黒服『黒道白井』に机に置いてある自分のガラケーを手に取り......電話をかけた。
「もしもし黒道さん、株式会社『ルミナス・ルミナリエ』って会社は知っていますか」
「ああ、今代わったデスター。その会社の事だけどな行くつもりなら止めておけよ?」
デスターとは南玲奈のコードネームだ。裏社会で生きていくには本名は隠すのは当然だが、それ以上に今のデスゲーム界隈では常識だった。
「止めておけとは? 私では実力不足ですか」
「いや? 寧ろ今のお前に勝てる様な人間がこの世界に居るなら、俺は一度会ってみたいと思う程お前は化け物だ。だけど止めた方が良い理由はゲーム内容よいうより賞金だ」
「物凄く低いとかですか? 私はそれでも構いませんが」
「そういう事じゃ無い、問題は賞金が無くてその代わりに異世界へのゲートが報酬になっているって事だ」
「異世界へのゲート......、何かの隠語ですか?」
隠語、主に薬物等の名前を隠す時に使われる事がある。チョコレートとか、アイスとか分かり易い物が多い。しかし今回の異世界のゲートというのは珍しいと玲奈は思った、こんな表記をする時は本物という可能性が高い。だが、一般的に考えれば頭がおかしいと思われる様な内容だ。つまりこれは......。
「一応黒住堂も調べたらしいんだが薬物の線は白だ、って事は嘘では無い可能性があるんだが......俺の見立てでは安楽死の隠語だろうな。異世界転生とかは死ぬ事で異世界に行けるだろう? だからそんな所だと予想しておく」
玲奈は内心「は?」と言いたかったが抑えた。しかし、異世界のゲートと聞いてどれだけの人間が参加するのか玲奈は興味を抑えられなかった。どんな頭の狂った人間が参加するのだろうか? 殺人鬼だろうか? 犯罪者だろうか? 狂人だろうか? それとも私と同じ様な少女だろうか? 玲奈のワクワクしている感情はついに限界を迎えた。
「フッ......フフッ」
「おい! まさかお前! このゲームに行く気じゃないだろうな! 死ぬぞ! お前でもッ! 俺達、『黒住字堂』程の組織でも素性が掴めない会社だ。良いか? デスター、絶対に行くなよ?」
「フッ......」
玲奈は部屋でスマホを布団に投げ、その布団にダイブした。玲奈はただただ興奮していた、笑い続けていた。「ハハハッ!」と。玲奈......いや、デスターの内心はこうだった。あと100万返せば私は晴れて裏社会の人間を卒業、現実に戻る事ができる。だけどそれで何をする? どうせ命という時間を削ってお金を稼ぐことしかできない、そしてそれは楽しくない。
なら、デスゲームギャンブルで死ぬかもしれないというスリルを味わいながら生きた方が何倍も有意義だと。そう思っていた。玲奈は無意識に黒いカードの電話番号に電話をかけていた。そして電話が会社と繋がった。
「もしもし、ルミナス......」
「自動受付でございます。電話完了が受付完了の合図ですのでカードに書いてある住所に午前0時にお見え下さい」
「楽しみだな」
デスター、玲奈はそう一言残し家の玄関へ向かい住所の場所に向かう事にした。玲奈はお金の関係で靴さえまともな物がないので穴の空いたボロボロな靴下だけが唯一の履く物だった。玲奈は人のいない夜中の田舎道をひたすらに歩く。前回のデスゲームギャンブルでの痛みは既に消えていた。
玲奈は数々のデスゲームギャンブルを行ってきた中で感覚を脳から切り離したり、感覚を自ら麻痺させる技を身につけた。それもまた玲奈が最強のデスギャンブラーと言われる理由だった。
この付近の街は本物の田舎なのでビル一つ以外は田んぼしか無い、そしてそのゲーム会場はその田舎の一つのビルだったのだ。
5分も歩いた頃にはもうビルの目の前に着いていた。玲奈は操られた人間の様にふらつきながらビルの自動ドアを通り抜けた。すり抜けたのだ、身体が。
同時刻、黒道は移動中の高級車の中だった。そしてこれが真実だった。
「はい、それで良いんですね。分かりました、南玲奈は恐らくあのビルに向かいました。......悪いなデスター、俺も裏社会の人間だからな。騙させてもらったぜ、まあ俺が指図しなくてもどうせアイツは行っていただろうが。この世界で生きる事がつまらなくなった人間が行く為だけのゲーム、そのゲームは人を人の様に認識せず人を殺すという。そのゲームに勝った一人だけが異世界でのデスゲームギャンブルに参加する権利を得る......らしいが、本当なんですか?」
「ああ」
このゲームはあくまで予選に過ぎないのだった……。様々な死がこれから訪れ去っていくことだろう。