3.
百合子
多すぎる監視カメラと加賀と掲げられた表札を背負った和風建築に3年ぶりに帰ってきた。
いや、相変わらずデカイな。
お嬢!!おかえりなさい!!!!と強面人達の大声と満開の桜の花弁達を苦笑いで受け止めながら、
どこか嬉しそうな顔で隣にいる男の腕を抓る。
「仁ちゃん!!本当に何してるの!?
さっきの人めちゃくちゃ血出てたよね!???」
「大丈夫、全然かすり傷だった。
岩館と小松が片付けるって言ってたし。
……それより俺、百合ちゃんが居ない間もちゃんといい子にしてたのに褒めてくれないの……?
ジン、寂しかった」
この男は私よりも30cm弱は身長が高いし、
20歳は年上の癖にどうやってか上目遣いで甘えたようにこちらを眺めてくる。おやつを欲しがるワンコの顔だ。どの飼い主も飼い犬のぶりっ子には弱いと思う。私がその顔に弱いと分かっていても何度も見せてくるきゅるきゅるした表情に、思わず手を伸ばしてしまう。
「……毎日テレビ電話かメッセージしてたから…。余り久しぶりの感じはしなくない……?うーん、でも仁ちゃん偉いね、頭補佐になったんだよね!!
おじいちゃんからあいつは頑張ってるって聞いたよ」とクルクルの髪の毛をわしゃわしゃ撫でてやる。
それだけで仁は本当に本当に心地よさそうに目を眇め、私の頭に頬擦りしてくるのだ。
私が5歳の頃からずっと変わらないその様子と煙草と香水の香り。ビデオ通話越しでは感じられない体温。
「これからは、ずっと一緒に居られる」
なんて、普段は無表情の癖にニコニコしながら甘えてくる。
いや、私の方が一回り以上歳下だよねとは考える。この人、可愛子ぶっても35歳のおじさんだぞって確かに考えるが、彫刻のように美形な男が大きな大きなスタンダードプードルに私には見えている。
ここまで慕ってくれるって飼い主冥利につきるのではなんて現実逃避しつつ無心で撫で続ける。
手を止めると頭突きを喰らうか、甘噛みされてしまうからだ。
「百合子ちゃん!」
「稲口さん!!!!」
ポップコーンの屋台(本気の屋台だった、物凄い達筆で祝 お嬢帰還と書かれている)を前に厳つい髭まみれのおじさんが声をかけてきた。
「おかえり!大きくなったな!!!
なんだ、見ない内に更に可愛くなったじゃねえか!」
「わー、そんなこと言ってくれるの稲口さんくらいです!!!!」
「わはは!!!嘘つけ!!!隣の忠犬ジン坊が飽きるくらい毎日言ってるだろうよ!!!!!ポップコーン、食うだろ!」
と、大量のポップコーンを押し付けてくる。
「ありがとうございます!
ポップコーン好きなの覚えてくれてたんですね!!」
「当たり前よ!!!5歳の百合子ちゃんはポップコーンって言えずポッポーンって言ってたよな!!!ジン坊と毎日ポッポーン体操もしてたな」「あ、それは忘れてください」
稲口さんは、見た目によらず小さい子が大好きらしく幼い私をめちゃくちゃ可愛がってくれていた。
初めて会った時に食べられると思って大泣きして、
百合ちゃんじゃなくて仁ちゃんを食べてください!!!なんて仁を盾にしていたのが今はいい思い出になっている。…ポッポーン体操も生贄にしようとしたことも仁は忘れてくれてたらいいな。
ちなみにポッポーン体操(制作:私)はジャングルジムからポーンと飛び出す大フリがあったが、見守り不在の中調子に乗って1人で実施した所足を骨折し禁止となった。
「親父さんも楽しみにしてた。ワクワクしながら部屋にいると思うぜ」「はい、行ってみますね。」
私が食べようと口を開いた矢先に、私の手からポップコーンを奪っていく仁をどうにかこうにか窘めつつ、懐かしい我が家の玄関の戸を開けた。