1565年 家操32歳 信長様の決断
五位様の四十九日として五位様の墓参りに参列した時、五位様の実兄の山科言継が四十九日に参列し、俺と同じく参列していた信長様と話し合うことになった。
私はおもてなしの担当になり、食事を用意し、屋敷で会食する運びとなった。
「京での上洛以来ですな」
「ええ、お久しぶりでございます山科様」
信長様が様づけで言うのは山科の方が官位が高いからであり、敬意を持って話していた。
「数万貫にも及ぶ朝廷への献金、お陰で朝廷の財政も改善し、禁裏(天皇の屋敷)の修繕や多くの公家も助かることに繋がった。感謝する」
「いえ、私は朝廷に対して正しい事をしたまででございます」
流石の信長様も目上の人には余という一人称は使わないらしい。
「弟の(山科)助綱もこのようにしっかり法事を行ってもらい喜んでいるだろう」
「そうであれば喜ばしいものですな」
「……あまり法事の際に政治の話をするのは心苦しいが……そうも言ってられん。御上(天皇)が今の室町(幕府)の現状を憂いでおられる。弾正殿(信長様のこと)の力で京の治安を回復することはできぬか」
「三好が新しく将軍を擁立しようと働きかけを行っていると聞きましたが」
「弾正殿が断ればやむを得ないが、三好の擁立する者を将軍にせねばならぬが……三好長慶殿の様に将軍を追放した状態でも政務は回っていたから、三好長慶と同じ様に……いや、更に上の官位を用意しようと思っている」
「具体的には」
「正三位右大将の準備を進めている。場合によっては室町は職務不履行を理由に将軍職を辞させることも考えているが……」
「私が……大将……そして将軍も成りうるですか」
「ただ御上は室町の様に京に幕府を再建するのは望んでは居らぬ。再び京で戦乱が起こってしまうのを避けるため……そこは飲んでくれ」
「わかりました。諸大名と協議をさせていただきますが、来年の4月頃には再度上洛をし、右大将を拝命させていただきます。幕府については再度協議ということで」
「うむ、勤皇家の弾正殿であれば公家からは文句は言わせん。上杉にも伝手がある故に連絡しておこう」
「こちらからも連絡しておきます」
なんか接待していたら凄い話を聞いてしまった……。
「鶴」
「は!」
「上洛に向けた東国大名達の繋ぎを任せる」
「は!」
信長様の命令で俺は接待が終わり次第直ぐに準備を始めるのであった。
「兄上(信長様)が右大将か……そうなれば俺は従四位くらいにはなれるかな」
「信包様、更に上も狙えるかもしれませんが……」
「正四位も狙えるかな……今の兄上よりも高い位になっちまうよ」
「それは良い事なのですが、東国大名に色々工面しなければなりません。言うなれば幕府を無視すると大々的に言うことなので……信包様は北条の交渉をお願いします。私は上杉や最上、伊達の交渉を進めますので」
「うむ、わかった。直ぐに義父殿(北条氏康)と当主の氏政殿に手紙を書かなければ」
「私からも(北条)幻庵殿に手紙を書きますので、なるべく穏便にお願いします」
「わかった」
まずは手紙仲間の上杉謙信様からの手紙だと
『正直仲の良かった足利義輝公が亡くなった時に幕府はもうだめだなぁと思っていたから信長殿が天下人になるのは別に良いよ。ただ越後を治める正統性を担保できる職は頂戴。じゃないとせっかく進み始めた越後平野開墾が潰れちゃうからね』
『あと辛いけど家操に言われて禁酒してお茶に切り替えたけど乳抹茶だっけ? あれ美味しいね! 甘いしあったかくして飲むと体が温まって体の調子が良いんだよね』
『お陰で最近は塩よりも甘いものやお茶を飲むのが増えたけど……越後平野開墾が終わるまでは私も死ねないからね!』
『あ、でも義輝様の近しい親族はなるべく保護してくれると嬉しいな! 時期を見てまた上洛するからそこで詳しく話をしましょうか! 返信は不要です』
とやっぱり女々しい文体で書かれた手紙が届いたが、足利一族を保護して邪険に扱わないことと、越後の正統性が高い官位が貰えればOKらしい。
というか越後平野開墾が楽しくてしょうがないんだろうな……というのがなんか想像できる。
麦わら帽子と鍬を構えた軍神……うん、シュールだ。
「えっと幻庵殿のは」
『保護している古河公方はどうされる?』
北条は古河公方を保護しており、公方を廃して新しい政権になった場合関東統治の正統性が揺らぐと話された。
元々の話では将軍を有して副将軍的な立場で全国を統治すると思っていたらしく、室町そのものが無くなるのは想定していなかったらしい。
数回文通を繰り返した結果、なるべく中将辺りの官位及び織田政権になった時に何らかの役職を作ることで合意した。
で、問題は東北。
『いや、守護代の家臣筋が政権を握るのはおかしいのではないか?』
これが最上と伊達の共通認識であり、それよりも適切な人……例えば古河公方を将軍に戻した方が良いのではないかと言う話になった。
まぁ最上と伊達は奥州のほぼ親族関係しか無い世界で生きているので、畿内のドロドロの政争とは無縁だったために京の困窮具合を把握できていなかった。
京はいち早く新しい武家政権を求め、東北では室町を続ける方針……信長様にも報告はしたところ、とりあえず室町が政権運営不可能のため、織田家が遅れている政務を執り行うと言うあくまで室町の代行ということを強調した。
「うむ、東北は駄目だな……一度整理する必要がある」
信長様は奥州の惨状(血縁ハプスブルク……血縁関係で家系図作るとジャングルになる)を見て奥州は一度整理することを決意。
ただとりあえずの言うことは聞いてくれそうなので良しとするのであった。
「ふむ、六角、浅井、朝倉は拒絶か」
信長様に東国外交を報告しに行くと、同じく尾張から京に向けての道筋を林殿が交渉していたが、上記3家が拒絶したらしい。
「浅井は大局が見える器だと思ったが……潰すしかあるまいか」
一応伊賀から京に抜けるルートもあるが、大軍の移動はできないので、順当に美濃から六角、浅井をぶっ潰して近江を吸収し、京に向かうルートを選択するのであった。
「しかし、右大将に就任するための上洛になりますので室町を蔑ろにする行為と取られ、幕臣の方々も良く思われないと思われます」
「ふむ……で、あるか」
林殿の言葉に信長様は少し考えると
「天下布武の為に、日ノ本の早期統一の為に無理をする場であるか……余の代に全てを片付け、信忠の代には日ノ本から乱世を終わらせる」
信長様はそう決断し、俺と林殿に
「年明けに軍を起こす。敵対する者は全て倒していく!」
「「は!」」
命令されるのであった。




