1562年 家操29歳 銭作り 大黒屋の次世代
梅雨も終わり、夏が今年も始まった。
今年の夏は暑く、それでいて雨も適度に降っているので干ばつも無く、大型台風とかが無ければ豊作の感じがする。
農作業は津田式農法が浸透した今年からが本番だし、今年は検地もあるのでなるべく多く収穫できてくれると嬉しい。
農業の方は農民の方々に頑張ってもらうとして、俺は上洛した際に山口から避難してきたという鋳造師や元々織田家に雇われていた鋳造師を招き入れて銭座の準備に取り掛かっていた。
永禄通貨の準備である。
織田家には銅山が無いので銭を作るための銅や鉱物資源は基本輸入に頼ることになる。
北条や北に勢力を伸ばす最上の所領には銅山があり、上杉家に食料を売却するついでに銅を輸入して浜松に運び込んでもらった。
そこから灰吹法と転生して覚えている知識の中に南蛮吹の簡単な説明がノートに書かれていたので、それを参考にホームセンターの電気溶解炉で実験を繰り返し、成果が出たので輸入された不純銅の塊を精錬してみることにした。
山口から逃げてきた鋳造師の北近五郎が習得していた灰吹法で不純銅の中から金を抽出し、更に南蛮吹きで灰吹法で使った鉛、純銅、銀をそれぞれ分離させていく。
残った純銅で鋳造し、試作の銭を作る。
ほぼ純銅で作られた銭はとても綺麗かつ頑丈で、叩きつけようが特に変形することは無かった。
しかしこれでは偽の銭がでてくるだろうなと思った俺は試作として黄銅(5円玉で使われている合金)……銅と亜鉛を加えた合金を鋳造した。
正直亜鉛は信長様の直轄地の岐阜の山で採掘できるし、寺社が黄銅の原料として少量流通しているので、採掘の規模を拡大すれば、銅を節約しつつ貨幣を増やすことにも繋がる。
で、信長様と五位様にまずサンプルを見せに行くと、両者共に黄銅貨の方が綺麗だし、銭の流通量を増やせるのであれば黄銅貨の方が良いだろうという結果になった。
続いて熱田や津島、清洲、岡崎、浜松各地の豪商人を呼んで試作した黄銅貨を見せると、この品質であれば十分に貨幣として使用できると判断された。
また交換比率は鐚銭5、宋銭2、黄銅貨の永禄通宝が1とされ、交換事業は織田家と津田家が責任を持つとした。
流石に銭の独自発行を織田家抜きでやるのはおかしいので、信長様の支配下の鋳造師にも技術を教え、尾張でも銭座を作り、尾張と浜松の2ヶ所で銭の製造を執り行う決まりとなった。
古くなっていた宋銭や鐚銭を炉で溶かして再度銅や銀、金を取り出すと、銀や金の分だけ利益を出すことが出来た。
「そう言えば南蛮貿易で日本の銅の需要が高かった理由、銅貨や不純銅に付着した金や銀の精錬で利益をだしてたんだっけか」
そんな事を考えながら俺が持っていた大量の銭を再精錬すると55万貫の銭だったのが再鋳造すると亜鉛の混合により75万貫にまで銭が増えたし、10万貫分の金と銀を取り出すことが出来た。
ウハウハである。
「笑いが止まらん!」
信長様や織田家中の銅銭の再鋳造も行い、織田家の交換レートは鐚銭3、宋銭1、永禄通宝1にして再鋳造を行い、その利益が信長様のところにも流れたので信長様も大喜びであった。
信長様は得た金で浜松や常滑で好評だったコンクリート式街道の整備を開始し、気前よく人夫にも銭をばらまき、街道整備の人夫が商店で銭を使い、商人達は得た銭で商売の規模を拡大し、商人に場所代として地税を課すことで銭を回収するシステムを確立し、熱田や常滑にある学校から優秀な人材を銭で雇い、奉公衆に加える事に成功。
織田家内の行政改革に成功し、家臣の数も多く出来たし、親衛隊の規模の拡大もできると信長様好みの人材を集めまくる事が出来た。
これにより史実よりも織田家の土台が頑強になり、急速な領土拡大をしても行政が回る下地を作ることに成功した。
一方で俺は得た銭を産業のさらなる開発や規模の拡大、千石船の増産、常滑の真珠養殖や養蚕の援助資金として村々に金をばら撒いた。
お陰で養蚕の品質向上や生産量が爆増し、さらなる金の流れが生まれ、余剰資金で兵の数を増やしたり、関東各地の港町に投資をして物流量そのものを拡大したりとやりたい放題やり始め、物流が拡大すると銭が流れ込むのでその銭を永禄通宝に交換して更に利益を上げる悪魔の錬金術が成立。
他国が石高計算なのに織田領内では貨幣経済が浸透し、文明レベルがどんどん差が開いていくのだった。
「父上ご機嫌ですね」
「ああ、銭が銭を生む循環が出来上がったからな。そうそう信球、そろそろお前も婚姻をする年頃になってきたな。希望する娘とかいるか?」
「父上の側室の淡さんみたいな活発な娘だと良いなぁ……」
「そうかそうか! 信球には家は継がせられないが俺の巨大利権の一部は引き継いでもらうし、本家を支える有力分家の役割があるからなぁ……家格を考えると豪商の娘か家臣の娘が良いか……ちょっと聞いてみるわ」
「お願いします父上」
適度な年頃で良さそうな娘を探していると鳥居元忠の妹が16歳で年頃ということがわかり、引き合わせてみると意気投合していた。
「相性も良さそうですな……よかった」
「真面目な元忠の娘だ。器量は疑ってないよ。元忠を準一門に引き入れるは大きな利益になるからな。あとは派閥の均衡を維持するために他の息子には三河派、中村派、甲賀派、雑賀派、伊賀派、常滑派、浜松派、旧今川派と分けないといかんからなぁ」
「子沢山故の悩みですな」
「年頃の男児が多いからな。でもこれで一門が少ないのも解消するだろう。あ、大黒屋に娘をせびるのも良いな……」
というわけで鳥居元忠の妹の桃という娘が信球に嫁いできたが、数ヶ月でお腹がぽっこり膨らみ
「あぁ、俺の息子は性欲の方も引き継いだか……」
と俺は思ったが、津田家の男児は性欲が強く、男児を残しやすいという噂が広まり、娘を紹介する家臣や商人が増えるのであった。
「(大黒)清次郎も大変だな。兄弟の我が強いと」
「本当ですよ! 兄貴が家を継ぐと思ったら家操様に仕えて繰り上がって私が大黒屋を継ぐことになりましたし、弟達は林檎を広めると東北に旅立ったり、蝦夷で金脈を見つけると蝦夷にじゃがいもを持って旅立ったり、小笠原諸島の秘宝を見つけると海に飛び出したり……兄を支えてくれよと思いますし、弟達は優秀で利益になるので下手な事言えませんし……」
大黒屋の次男の清次郎は苦労人で、16歳ながら大黒屋の後継者としての教育を受けていた。
今日は城に商品を卸しに来たので捕まえて将棋の相手をしながら愚痴を聞いていた。
「(大黒)建四郎は蝦夷に行ったと思ったら蠣崎季広(蝦夷の国人)と交渉して鮭を大量に卸してくれるので関東では鮭の流行が到来して利益を出してますし、(大黒)倫吾郎は東北諸国で林檎栽培を普及しながら大黒屋の支店を増やしまくっていますし、(大黒)夷三郎は家操様が大黒屋に譲って頂いた家宝の地球儀を見て小笠原諸島に向かいながら鯨を捕まえてくるし……ええ、大黒屋の利益にはなってますが! 支店を普通に運営するって選択肢は無いのかって話ですよ!」
「まあまあ、しゃぁねえよ乗り遅れた清次郎が悪いってことで……あ、王手」
「いやいや、なんで私が悪いことになってんですか?」
「家の息子で武士に向かない奴大黒屋の弟子にするか?」
「ぜひお願いします! 何人でも受け付けます!」
「お、おう。まぁ期待はするなよ。今元服組は武士の適性があるからなぁ」
「そんなぁ……あ!」
「はい、王手、詰みだな」
「負けました……」
大黒屋も次世代に移行しつつあるのであった。