1562年 淡14歳 北条の姫から見た浜松2
町を歩いていると荷車みたいなのが多く使われていることに気がついた。
「大喜、あれはなに? 荷車と違うの?」
「あれは大八車と言って馬に引かせたり、人間が引いたりして物を運ぶ道具で、大きさが統一されているんですよ」
「同じ大きさなの!?」
「ええ、小型の物から大型の物まで数種類ありまして、その中で大きさが決まっているのです。例えばあそこの屋台は大型の大八車に食材や商売道具を運んできて、うどん屋をやっていますし、あっちには炭火焼の道具を運んできて焼き鳥屋をしていますね」
「大きい物ですと米俵(1俵30キロ計算)を10俵運ぶことができますが、流石に人力は難しいので馬や牛に引かせますがね。小さいのだと米俵1俵運ぶ大きさのもありますよ」
「小さい大八車は何に使うのだ?」
「あれをみてください」
そこには小さな大八車に樽を置き、飲み物を売っている人がいた。
「あれは果汁売りですね。樽の底ら辺に蛇口を設置してそこから果汁を出すのです。樽の上から一々くまなくても良く、子供や大人でも口を潤すのに利用されますが、ああいうのは小回りが効いた方が売りやすいので小さな大八車に樽を乗せて販売しているのです」
「なるほどね……私も1杯飲んでみようかしら」
「わかりました。他の皆さんも私が買いましょうか?」
同僚の侍女達も飲みたいということで大喜は果汁を買ってくる。
「枡は返却しなければならないので飲み終わったら言ってください」
「はーい……うん……これは何の果汁?」
「みかんですね。ここ数年で浜松周辺で栽培され始めた果実で、熟れると綺麗な黄色になるんですよ。これは少し水で薄めて飲みやすくなっていますね」
「へぇ……うん! 飲みやすいし、美味しい!」
「それは良かった」
「これ1杯いくらなの?」
「2文ですね」
「随分と安いわね」
「おそらく果実をそのまま売るには形が奇形であったり、少し日を置いてしまい、傷む少し前の品を安く買い取って果汁にしているのでしょう。あとは果実を売る店と繋がっていて安く仕入れられるとか……でも果汁の売値はだいたいこれくらいですよ」
「ふーん。美味しかったわ!」
「では返してきますね」
町中に広い場所があり、兵士達が訓練をしていた。
「修練所? 町の真ん中に?」
「ああ、ここは公園と言って様々な遊具等が置いてあります。夕方は子供達が遊ぶのですが、正午頃は兵の鍛錬をする場所としても使われますね」
「木刀で素振りをしているわね……他には木の銃みたいなので寝っ転がって何をしているのかしら」
「あれは射撃の姿勢をする鍛錬ですね。実銃と同じ大きさの銃を使って射撃の感覚を磨いているの。あとは銃を紐で縛って障害物を乗り越える鍛錬をしたりもしているわね」
「あの木の壁を乗り越えたりするのね。役に立つのかしら?」
「あれは模擬塹壕と模擬城壁で、崩れた城壁をよじ登るのに必要な訓練ですね。私もお世話になりました」
「大喜もやったの?」
「ええ、侍女になる前は北条でいう風魔党と同じ様な働きをしていましたので」
「だから体付きがしっかりしているのね」
「鍛えていたお陰で護衛として侍女になれましたので……津田家は成り上がり者しか居ないので、そういう人材ばかりですのであまり差別しないようにお願いします。家操様も差別する人を嫌われるので」
「わかったわ! 私も気にしないわ」
「ありがとうございます」
「でも花壇も綺麗ね。あれはあじさいの花かしら」
「そうですね。公園にもよりますが四季によって様々な花を楽しむことができるようになっているのですよ。また公園は防火地として活用されたり、時には芸人が訪れて曲芸をしたりして盛り上がりますし、収穫祭の時には屋台が建ち並ぶんですよ」
「へぇ……それは楽しそうね」
「淡様も別に外出禁止を言われてないので普通に楽しむことができますよ」
「本当! やったわ!」
「では次の場所に行きましょうか」
「ここは湯屋ね。箱根に行った時の温泉のある宿に似ているわね」
「ここは湯屋とも言いますが、大衆浴場とも言いまして、水を沸かしてお湯を溜めて体を清めることができるのです。城にあるのはもっと豪華ですよ」
「へぇ! でも庶民でも湯に入れるのは凄いわね。……1回4文……石鹸使い放題なの!?」
「ええ、浜松は石鹸を特産品としていますので沢山作られるので、家操様が湯屋に石鹸を格安で卸しているので使い放題になっています。ただ盗んだりしたらその人は出禁になりますがね」
「へぇ……凄いわね。庶民でも石鹸が使えるなんて」
「手拭いは持参ですが買うこともできます。その場合別料金になりますがね……で、湯屋の2階は社交場になっていまして、湯上がりの者達が集まって様々な話をしたり、将棋や囲碁、双六をして遊ぶのですよ」
「なるほどね……そう言えば湯屋の周りには飯屋が多いね」
「湯屋で体を清めてから飯屋や居酒屋で食事をするのが楽しみの町民が多いのと、湯屋の周りは水の便がよくなっているので、自然と食事処が増えるのですよ」
「居酒屋? 居酒屋って何?」
「おっと、織田領内でも一部の地域にしかありませんが、酒と料理を提供する酒屋の事で、酒の摘みと一緒に酒を楽しむ場所ですね。また気に入った酒を買うこともできますよ」
「料理を出す酒屋ね……」
「ちなみにこの店を考えたのも家操様です。家操様は庶民が楽しめるようにと色々な店を出店しているのですよ」
「凄いわ! 家操様って庶民や町民の為を思っているのね! 北条と共通していて共感を持てるわ!」
「北条様と似ていると言えばあれは北条家の行政を真似たと言っていますが」
「あれ? ……あ! 目安箱ね!」
「はい、町民は自由に投書することが可能なのですよ」
「北条の良いところも真似るのね!」
「ではもう少し移動しましょうか」
「水車が沢山ね」
「はい、ここが津田家の心臓とも言える浜松工場地帯です」
「工場?」
「工房の規模を大きくした物と考えていただければ良いかと」
「ふーん、工場では何を作っているの?」
「私が知っているだけでも、油、蝋燭、石鹸、硝子、陶磁器、煉瓦、白漆、農具、鉄砲、槍、刀、炭、釘、針、工具、枡、樽、染料、砂糖、紙等ですね」
「工房で作られる物の殆どじゃない!」
「ええ、人が加工して作る物でここで作れない物は無いというほど様々な物を作っています。これらは殆どが家操様が利権を保有していますので、生産された物を一度津田家が全て買い取って、それを商人に卸す事で莫大な利益を得ています。常備兵だったりあれほど立派な城を作れたり、農民の税を安くできるのも工場地帯で生産できる品の利益によって行うことのできる政策なのですよ」
「す、凄いわ! 北条でもできないかしら!」
「それはどうでしょう……流石の家操様も津田家の心臓とも言える技術を同盟国とはいえ渡すとは思えませんが……他の技術なら渡すかもしれませんので寝室でそれとなく聞いてみては?」
「北条が豊かになるためだったら頑張るわ!」
「ただこの工場地帯を整備するのに10万貫近くかかったらしいのでそれも頭に入れておいた方が良いですよ」
「じゅ、10万貫!? あわわ、北条直轄領の税を全部投入してやっとかしら……」
「そろそろ昼時ですね。城に戻りましょうか」
「うん!」