1562年 家操29歳 日記集め 上杉謙信
上洛して京にて滞在を初めて数日、俺は京の貴族の屋敷を訪ねていた。
京は現在上京と下京の2つの都市が存在し、上京に皇居や将軍の御所があり、上級貴族達も上京に住んでいた。
一方下京は昔の京の名残りで庶民や下級貴族が生活していた。
京は平安京に移転してから鎌倉、室町時代を経過して平安時代の3分の1程度まで規模を縮小していた。
それだけ朝廷や幕府の権威が縮小してしまったともいえる。
まぁだいたい応仁の乱と細川晴元のせいで片付いてしまうが……。
そんな下級貴族が多い下京にて俺は昇殿(皇居に入れない貴族)できない貴族を中心に日記の写本をできないかと訪ねていた。
勿論謝礼は支払うが、貴族の日記というのはそれが職業ということもあり、事細かく書かれていた。
日記を読み解く事で歴史を理解することが出来るし、何気ない一文が重大事件が起こった日付を理解することができたりすることが出来るかもしれない。
まぁ趣味の範囲ではある。
俺も歴史に残ろうと日記は夜にホームセンターの中が明るいので日記を書くために訪れていたりもする。
多分俺の日記が残れば織田家の中心人物がいつ亡くなったとか結婚したとか結婚した相手の年齢とかも書いているので一級資料として残るだろう。
結局趣味であるが……。
「桑原殿、すみません今日も写本させてもらいます」
「いやいや津田殿、こちらも津田殿の援助によりいつもより一品多く食事をすることができますので……」
「桑原殿の様な教養のある方であれば是非遠江にある学校で教鞭を振るってもらいたいのですが……」
「いえ、半家である我が家は困窮していますが、帝の居られる京を離れるわけにはいきません」
「流石桑原殿、貴族の鑑ですな」
「とは言え困窮しているのは事実、良ければ私の次男は家を継ぐことができないので我が家業である歴史の編纂を津田殿に役立てて貰えれば」
「次男さんを預からせてもらいます。協力費として年に100貫贈らせてもらいます」
「おお、助かる」
桑原家等困窮している貴族の家業を継げない次男や三男を数人引き取り遠江の学校の教員として雇用していく。
ただこんな衰退した京に残る公家達は基本下野しようとしない人達で、下野していた貴族は山口は越前、駿河に既に向かった後であり、越前以外の西の京と言われた山口も東の京と言われた駿河も戦乱に巻き込まれて焼失しており、どこに行こうと戦乱の時代故に身を滅ぼす危険が付き纏うなら京で殿下の側で仕えていた方が良いという考えが主流で、困窮していても耐えていた。
「やっぱり戦火に巻き込まれていても歴史ある家には残っている物だな」
俺も兵の統制があるので暇な文官達に複写させているが……。
「京の飯は尾張に比べて味が薄いからなぁ……買食いも楽しくないし……かといって売春婦を買おうとは思わないしなぁ……兵達も一銭斬りで娼婦を買うのも避けてるし」
全体的にストレスが溜まってそうではある。
しかも雪解けと同時の行軍であるためまだ寒いし、京の地形が山によって寒さが閉じ込められるので余計に寒い。
それで食事も美味いとは言えない、女も抱けない……そりゃストレスが溜まる。
なんとかしないといけんなぁ……。
俺は歴史書を読むだけでニヤニヤできるけど……うーむ。
これが京ではなく別の場所ならサッカーとかを広めて球蹴り遊びや相撲でストレス発散をさせるのだが、京でそれをやると野蛮と取られかねないためスポーツ系もできなかった。
そんな事を考えていると時間が過ぎ、上杉謙信や三好長慶が上洛し、天下人になり得る人物が3人、京に揃ったことになる。
何を喋ったのか分からないが、会談後に信長様に急に滞在している屋敷に呼ばれた。
「義輝公や謙信公は話が通じるから良いが……三好長慶殿、あの人おかしいだろ。正気じゃない」
「信長様、誰に聞かれているかわかりませんよ」
「いや、気の病いを患っているとしか思えん。あれは危ういぞ。義輝公は三好長慶に和解したとは言え敵意を持っているし、余と謙信公が仲裁する羽目になったが、三好長慶殿は話が噛み合わん。情緒が不安定だし」
「それほどですか……躁鬱と聞いておりましたが……」
「やはり気の病いを患っていたか……三好長慶殿が健全であれば京も安泰だと思ったが、これは畿内は荒れるぞ。その時に織田家が最大の利益を取れるようにしなければ」
「武田がやはり邪魔になりますな。明日上杉謙信公より呼ばれているので話してまいりますが、同盟の話を振っても」
「いや、まだ友好関係に留める。北条が上杉と同盟でも結べば良いのだが……何か妙案は無いか?」
「いや~謙信公と北条は関東管領で利害調整が難しい形になっていますからな……武田が狂犬を発動することを願いますか」
「策になっておらんな……うむ……とにかく北条との和解を少し話してこい」
「わかりました」
翌日、上杉謙信が滞在する陣に入ると武装解除されてお土産として尾張米(現代米)で作った酒を贈り物として持参した。
「戦場では顔を会わせる機会がございませんでしたので初めましてになりますか……津田家操でございます」
「おお、よく来たな津田殿、顔を上げよ」
そこには白い頭巾を被った髭を綺麗に剃った眼力の強い男性が座っていた。
上杉謙信その人である。
「前に贈った尾張米の酒はいかがでしたか」
「うむ、少し酒気は強かったが、良い味だった。実に美味かったぞ」
「樽で持ってきましたが飲みますか」
「誠か! うむうむ! 直ぐに持ってきてくれ」
俺は部下に指示を出すと清酒の酒樽が運び込まれた。
謙信側が枡を用意して酒を飲むことする。
「では」
「乾杯」
上杉謙信は部下から毒味をするというのを聞かずに飲み始め、俺も一緒に飲む。
「うむ、皆も飲め! 実に美味いぞ」
部下達にも酒が振る舞われ、なし崩しで宴会となった。
「うむ、手紙でも誠実そうな文を書くと思っていたが、顔立ちも美しいな。家臣に欲しいくらいだ」
「すみません、私の主君は信長様で変える気はございません」
「ほう、お主は織田信包の家老ではなかったのか?」
「信包様の家老という立場なのも他の織田家家臣との軋轢を生まないための信長様の配慮でございます。心は信長様の家臣に二心はありません」
「織田殿は良い忠臣を持ったな。せっかく顔を会わせることができたのだから色々話そうぞ」
まず貿易の話になる。
「津田殿との交易のお陰で良い米が大量に入り込んだ。お陰で上杉領内で餓死者を減らすことができた。感謝する」
「10万石であれば貿易として輸出することは可能ですので代金さえ支払ってもらえば更に増やしますからね」
「うむ、ただ青麻(苧麻を原材料とした布)で稼げる金も限りがあるが」
「佐渡に巨大な金山があるのでは?」
「なに?」
「いえ、商人が佐渡島で金が出たと噂を聞きましたが」
「ふむ、話半分に聞いておこう」
「あと前に越後より送って頂いた粘土は上質ですな。良い焼き物ができました。こちらになります」
そこにはきれいな乳白色の湯呑み茶碗が木箱に入っていた。
「ほう、あの土がこの様になるのだな……」
「技士を送りましょうか? やはり現地で作ったほうが良いでしょうし」
「そっちが良いのであれば喜んで来てもらおう」
あとは越後方面に林檎を広める商人が知り合いの息子なのでそれから作られる酒も金になるでしょうと話す。
そのまま越後平野の話になる。
「越後平野の開墾ができれば将来越後単独で250万石は硬いでしょう。越後国は広い国ですし、川も多いと聞きます。寒冷地とは言え冷害に強い尾張米の種籾と私が考案した農法も送りましょう。それで収穫量2倍は硬いですよ」
「ふーむ、そんな情報を教えてよいのか?」
「謙信公も越後の民を食わせていければ良いと考えていると思いまして……北条との同盟関係もありまして」
「そうか、津田殿は北条と仲が良かったな」
「申し訳ない敵国の話で」
「いや、北条は敵ながら民に優しく良い政治をしているのはとても参考になる。関東管領という立場上敵対しなければならぬがな」
「矛を納めることは」
「できぬ……と言いたいが、津田殿の種籾と農法の話が本当であれば戦う理由は無くなるな。関東へ遠征しなくても家臣を食わせられれば上杉家は義輝公を蔑ろにしない限り織田と敵対する気もない。貿易も北条領内を通っているからな。北条も織田家から上杉家の貿易を黙認しているのも飢えなければ関東遠征をしないと思っているからであろう。まぁ事実だがな……妥協点を探るのはしなければと思っている」
「なるほど……実は北条と私の婚約の話がありまして、更に北条と織田家の繋がりは深くなるかと思いまして、北条家と上杉家が敵対しなくなれば織田家も三好の対抗として京の方向を向くことができますが」
「武田はどうなる。織田と同盟関係であろう」
「こちらは裏切る気はありませんが、遠江国人衆への調略が強まっていますので、きっかけがあれば強い上杉よりも北条や織田を殴りかかるでしょう。そうなれば上杉家と大々的な同盟関係に発展させ対武田包囲網を構築したいのですがね」
「ふむ……いかんな。北条との繋がりが強すぎる。米と新農法、それに陶磁器の製法を教えてもらうのだ。私からも誠意を見せなければな。私の庶子に娘が居る。家格は低いが実子はそやつしか居ないからな。年も13だ」
「側室になりますが」
「北条の姫と同格であれば問題ない」
「わかりました。謙信公と血縁になれるのであれば天にも昇る気持ちでございます」
「よく言うわ……」
グビグビと謙信様は酒を飲み干し
「不幸にしたら許さんからな」
「ええ、子沢山で幸福にさせてみせます!」
「うむ、そうなれば義理の息子か! 津田殿、いや家操殿、婿殿か。うむ良いな」
「上杉家の幸福も考えなければなりませんなぁ。私にできる力であれば協力しましょう」
「うむ、楽しみにしているぞ」
酒を贈ったらなんか嫁が増えるのであった。