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私、ハミング伯爵令嬢は、いつの間にか、貸金庫からお金を盗み、強盗殺人まで犯したという濡れ衣を着せられました!新任上司の嫌がらせにしても度がすぎます。使役魔法で証拠を掴み、ひっくり返してやります!

作者: 大濠泉

◆1


 私、ハミング・オーク伯爵令嬢は、ここ最近、充実したお仕事ライフを送っていた。


 王都の目抜通りに面した五階建ての建物が、私の職場、王都銀行だ。

 私は屋上まで階段を登り、鳩たちに餌を配った。


「ハーイ! 元気してた? 今日も絶好の配達日和よ。頑張って!」


 グルックー、グルックー!


 何十羽もの鳩たちが、ガツガツと餌をついばみながら、鳴き声で応じてくれる。

 そして、腹を満たした鳩から順に、箱の中にある手紙を(くわ)えていく。

 鳩たちは、それぞれに振り分けられた受け持ち区域を示す文字が読めるよう訓練されている。

 鳩たちは手紙を口にし、バサバサと翼をはためかせ、飛び立っていく。

 

 私は得意の使役魔法を使って、王都中の人々に手紙を配達する仕事を始めたのだ。


 本来、私の職場、王都銀行は、貴族向けの銀行業務のみを行なっていた。

 けれども、私の提案で、広く民間にまで営業範囲を広げ、平民が営む商会などに向けての融資も行ない、さらには郵便・宅配事業も始めることになった。


 私の使役魔法をかけた鳩二十数羽が、常に屋上で待機している。

 それらを伝書鳩として飛ばして、お客様の住所に手紙を運ぶ。

 さらには、私の使役魔法によって、御者なしで荷物を運ぶ馬を何頭か用意して、宅配便も始めた。

 手紙も宅配便も、通常の配達業者に比べて半額以下の費用で済むので、大好評となり、新規事業が軌道に乗った。


 頭取のトーテム・バラス公爵も大喜びだ。

 禿げた頭を今日も光らせながら、私にハグする。


「おはよう、ハミング嬢! 今日も餌やり、ご苦労様。

 ついでに、新たな新規事業のアイデア、ない?」


「そう幾つも、ポンポン出てきませんよ」


 郵便・宅配事業が当たっただけでなく、民間相手の融資でも利益をあげているらしい。

 貸金庫についても、今では貴族よりも、平民の大商会から預けられたものの方が多くなっていた。


 その結果、私の意見も重視されるようになったのは嬉しい。

 けど、ベタベタとハゲ頭取がスキンシップを仕掛けてくるのには、ちょっと閉口する。

 

「すいませんが、まだまだ仕事がありますので」


 トーテム頭取は、眉毛をハの字にする。


「また、お礼状を読むのですか。ほどほどにしなさいよ」


 大勢の人から、伝書鳩を使役する私宛に、お礼状が送られてきていた。

 帰って来た伝書鳩の脚に、括り付けられているのだ。


「でも、何通かに〈感謝の手紙〉を返してるんですが、これが好評なようで。

 伝書鳩郵便の宣伝にもなってるんですよ。

 それに、実際、私の鳩ちゃんたちが褒められてて、嬉しいんですよね」


 すべてに手紙をお返ししてはいないけど、お礼状は全部、大切に読んでる。

 それが私の日課の一部になっていた。


 その、ささやかな日課が、私を大事件に巻き込むことになるとは、このときは思いもしていなかった……。


◆2


 枯れ葉が舞い落ち、そろそろ冬に差し掛かろうかという季節ーー。


 突然、私にとって、上司となる女性が、銀行に新たに赴任してきた。


 銀行員らしくスーツを着ているが、驚くほど丈が短いミニスカを履いている。

 寒くないだろうか、と心配になるほどだ。

 でも、男性職員の目を釘付けにしているので、どぎつい化粧と相まって、彼女の目的には適っているのだろう。


 新任上司はバサッと亜麻色の髪を掻き分け、紅い唇を開いた。


「私はダマス。ドミー公爵家の娘よ。

 このたび、新規事業の郵便局長を任されましたの。よろしくね」


 突然の人事に、銀行員たちはざわめく。

 何人もの人々が、私に憐れみの目を向けた。


 彼女も私と同じく、使役魔法の使い手らしい。

 今現在も、青白い毛並みをした、ほっそりとした猫を従えている。

 だから、伝書鳩も、馬も使役できるそうだ。

 結局、家格も年齢も上なので、新任ながら、ダマス公爵令嬢が郵便局長、私、ハミング伯爵令嬢は郵便副局長となったのである。


 実際、私はショックを受けていた。


「郵便部門は、私が創設したのに……」


 頬を膨らませる私を、トーテム頭取が慰める。


「王家からの要請なんだから、ここはこらえて。ね?」


 本来、銀行と郵便は業態を異にする。

 別種の事業を始める際には、既得権益が侵されるのを気にする貴族などがいて、抵抗が多いものだ。

 ただでさえ、民間にまで融資事業を始めているのに、王都銀行は何をしている? と文句が出るところを、王家が仲裁してくれたらしい。

 結果、郵便・宅配事業を認可した見返りとして、ダマス公爵令嬢が送られてきたのだ。


 私は、厚化粧の女上司に目をやりながら、思いを馳せた。


(ダマス……ああ、ドミー公爵家の。

 そういえば、そんなヒト、学園の三年上の先輩にいたわね……)


 狭い世界だから、噂では聞いてる。

 たしか、素行不良で何度も教師から叱責されていた。

 だけど、ドミー公爵家の力で、無事に卒業できたっていう……。


(典型的な、ヤンキー令嬢じゃない!)


 私は思わず、ベッと舌を出す。

 その場面を見られてしまったのか、ダマス公爵令嬢が、ツカツカとハイヒールを鳴らして、私に近寄ってきた。

 厚化粧の匂いがプンプンにおってくる。

 新任上司が、窺うような目付きでささやいた。


「あなた、平民用の貸金庫の鍵を握っているそうね?」


 貸金庫のマスターキーは、銀行が所有している。

 銀行所有のマスターキーは、三本の鍵で一組となっていた。

 貸金庫は、三人が同時に鍵を回さないと、開かない仕組みになっている。

 セキュリティの根幹だ。

(ちなみに、マスターキーがあるのは平民用の貸金庫だけで、王族や貴族の貸金庫はマスターキーすら存在しない。貸金庫の名義人が鍵を持つだけで、もし鍵を紛失した場合、ドリルで金庫を壊すしかない仕様になっている)


 いきなり、どうして貸金庫の鍵について、彼女が問いかけてきたのか。

 怪訝に思いつつも、私は答えた。


「貸金庫のマスターキーを持ってるのは、私だけじゃありません。頭取もです」


「頭取は、ワタシに預けてくれたわ」


 ダマス嬢は、豊かなバストの合間から、一本の鍵を取り出して見せる。

 私は、「はぁ……」と溜息をつく。

 トーテム頭取は、波風を立てたがらないあまり、やすやすと強い方におもねる傾向がある。


「あなたはどうかしら?」


 (あや)しく微笑む上司に対して、私は毅然と胸を張った。


「お断りします」


 その瞬間、ダマス公爵令嬢から笑顔が消え去り、大きく舌打ちをした。


「ちッ! 後悔するわよ」


 新任女上司はクルリと踵を返して、立ち去っていった。


 それからである。

 地獄の日々が始まったのはーー。


◆3


 ダマス公爵令嬢からの嫌がらせが始まった。


「ハミング副局長。

 あなた、お客様からの礼状に、返答として〈感謝の手紙〉を書いているそうね」


 お客様からのお礼状が、手紙を配達し終えた伝書鳩の脚に括り付けられている。

 そのお礼状に対して、何通かは〈感謝の手紙〉を書いていた。


「でも、何通かに一通ですよ。

 すべてにお返ししているわけでは……」


「あら。遠慮はいらないわ。

 礼状すべてにお返事を書きなさい。

 伝書鳩の宣伝になって、嬉しいんでしょ?

 すべてのお客様に〈感謝の手紙〉を書いて、それぞれの家に届けなさい」


「無理ですよ。何百通もあるんですから」


「それを書くのよ!」


「……」


「あぁ、言っておくけど、魔法を使うのは禁止よ。

 もちろん、礼状に対するお返しなんだから、自筆でお願い。

 伝書鳩も使っては駄目。

 通常業務があるから」


「じゃあ、どうやって届けるんですか?」


「決まってるじゃない。

 あなたの足でじかに届けるのよ」


「……」



 民間相手の郵便事業は始まったばかりなので、お客様たちの間では、お礼状を伝書鳩の脚に括りつけるのが礼儀となっていた。

 だから、昨日だけで百通を超える礼状がもたらされている。

 そのすべてに〈感謝の手紙〉を届けよ、しかも、自分の足でーーと命じられたのだ。


 無茶な命令でも、直接の上司の命令である。

 勝手に無視はできない。

 私は奮起し、午前中すべてをかけて、なんとか〈感謝の手紙〉を書き切った。

 そして、午後には配達だ。

 昼間のうちだけでも、二、三十軒は回らないと、仕事は終わらない。


(これじゃ、何のために鳩を使ってるか、わかんない。

 頭取のハゲも、ったく!

 あんな厚化粧女をのさばらせて……)


 ブツクサと愚痴りながらも、私は〈感謝の手紙〉を詰めた袋を抱えて、銀行を飛び出す。

 そのまま、ランニングしながら、王都中を走り回った。


 王都銀行は、貴族街と平民街の中間地点にある。

 丘の上にある貴族邸を回り終えてから、低地の平民街へと足を運ぶ。


 平民の家は様々な場所にあり、辿り着くためには、階段を幾つも昇り降りしなければならなかった。

 はっきり言って、人間の足で移動するにはキツい道も多い。

 そのせいか、使役魔法の使い手によって指示されて動く動物がチラホラ目についた。

 平民街に入ってから、普通の犬猫だけでなく、飼い主が綱を引かない大型犬や、牛や馬、猛獣すらも見かけるようになった。


 おかげで、自分の足で、平民街の奥深くまで出向くのは、貴重な体験な気がしてきた。

 それゆえ、ほんとうを言えば、どうせお宅に伺うのだから、じかにお客様に〈感謝の手紙〉を渡したく思った。

 けれども、不在かもしれないし、すべてを回り切る時間がなくなってしまうから、玄関脇にそっと手紙を置いていくしかない。


(ハア、ハア。

 いろんな人々の生活が見れて面白いけど、結構、大変……)


 銀行に帰るときには、私はヘトヘトになっていた。


 一方、私が戻るのと入れ替わるように、ほかの従業員たちは帰宅を始めていた。

 同僚の男性たちが、ダマス公爵令嬢に露骨におもねっていた。


「みんなで飲みに行こうぜ。

 ダマス様もいかがですか?」


「そうね。部下と親交を深めるのも悪くないわ」


 ダマス公爵令嬢は、私をチラ見して、フフン、と勝ち誇った笑みを浮かべる。


 不愉快な光景を目にして、私はドッと疲れが増した気がした。



 その日の夜ーー。


 定刻より遅く、私は帰宅した。

 一応、私も伯爵令嬢なので、それなりの邸宅に住んでいる。

 だけど、諸事情があって、現在の私は、執事や侍女を除けば、事実上、独り暮らしだ。


 老執事が心配してくれる。


「いつもより遅いご帰宅ですね。

 お疲れのところ、失礼ですが、銀行から手紙が届いております」


 封を開けてみると、給料が下がる通達だった。

 書類の最後には、ご丁寧に、ダマス郵便局長のサインが記されてあった。

 思わず、嘆息する。


(ほんと、次から次へと、やってくれるわね……)


 通達書を握り締めて、ゴミ箱に捨てる。


 それから気を取り直して、食堂へ向かった。

 料理長が調理した、おいしい食事が待っている。

 今夜は、私の好物ーー牛ヒレのステーキだった。


 が、身体中が筋肉痛で、食欲が湧かない。

 フォークを入れるのに、一瞬、躊躇する。


 すると、傍らに立つ老執事が気遣ってくれた。


「今宵は、殊の外、お疲れのようですがーー」


 私は笑顔をみせた。

 

「大丈夫よ。私、頑張る。いただきます!」


 いつも通り、明日に備えて、ガッツリ食べた。


◆4


 翌日ーー。


 朝から、またもや山のようなお礼状が、机の上に積み上げられていた。

 机の前で、私が呆然と立ち尽くす。

 すると、周囲から、失笑する声が漏れ聞こえてきた。


 遠くの席から、ダマス公爵令嬢が笑みを浮かべ、二本の鍵をチラつかせている。

 トーテム頭取は、執務室に閉じこもったまま、顔を見せない。

 私が同僚たちに顔を向けると、彼らは、みな、居心地が悪そうに、視線を逸せた。


(いじめなんて、学園のとき以来だわ。

 ったく、良い大人にもなって、何してんだか。

 でも、これ以上、嫌がらせを受けないように、手配しておかなきゃね)


 私はトイレに行った隙に、一羽の鳥を放った。


(しっかり働いて、私を助けてね)


 それから私は仕事場に戻って席につき、腕まくりして、〈感謝の手紙〉を書きまくった。



 今日も、配達に出るのは、昼過ぎになってしまった。

 昨日と同じように、貴族街を回ってから、平民街へと降りていく。

 階段の昇り降りを繰り返し、さすがに息が上がる。


 配達途中、空を見上げれば、鳥たちが舞い飛ぶ姿が見えた。


(良いわね、あの子たちは。翼があって……)


 そんなことを思っていたとき、いきなりドンと猫がぶつかって来た。

 衝撃で、〈感謝の手紙〉が袋から飛び出し、地面に散らばってしまった。


「ああ、ヤバッ!」


 落とした場所によっては、手紙が泥まみれになりかねない。

 が、幸いなことに、落とした現場は石畳の上で、しかも昨日今日と晴れ続きだった。

 私は慌てて手紙を拾う。

 手紙は汚れていなかったようで、安堵する。


(もう、踏んだり蹴ったりだわ!)


 改めて汗を拭い、足を棒のようにして、配達して回った。



 そして、赤い夕陽が沈みかける時刻ーー。


 本日最後の配達先ーーテバリア商会という名の、大きな商館に辿り着いた。


 見れば、灯りも点かず、門番もいない。

 もう閉館かと思い、〈感謝の手紙〉を玄関脇にでも置いて、立ち去ろうとする。


 ところが、そのときーー。


 ふと見れば、大きな玄関扉が、少し開いたままなのに気がついた。


(不用心ね……)


 扉の向こうには、薄らと明かりが灯っている。

 玄関などの外周りには灯りがないが、中は違うようだ。

 その割には、人がいる気配がない。


 不思議に思いながら、私は足を踏み入れた。


 もう夕刻だ。

 もし、ご主人がいるなら、〈感謝の手紙〉を直接手渡したいと思ったのだ。


「ごめんください。玄関扉が開いたままですよぉ」


 身をかがめ、周囲を警戒しながら、廊下を進む。

 明らかに雰囲気がおかしい。

 私は生唾を飲み込んだ。


「誰か、いますかぁ?」


 突き当たりの部屋を覗く。

 部屋の奥には、いかにもな鉄製の金庫が鎮座していた。

 が、その金庫の鉄扉が、開いたままになっていた。


(これは……!?)


 私は、灯火魔法を使って、周囲を照らしてみた。


 すると、部屋の中には、何人もの血塗れの死骸が散らばっていた!

 商会の従業員と思しき男女が五、六人、猛獣か何かによって、鋭い牙で食い散らかされていたのだ。


「キャアアア!」


 私は両手を口に当てて、絶叫する。

 思いもしない光景を目にして、ビックリした。


 そして、そんなところに、ガシャガシャとした金属音が鳴り響き、後ろの玄関方面から、大勢の男どもが乱入してきた。


 彼らは全員、白い甲冑を、身にまとっている。

 街の治安を預かる第三騎士団だ。


 私は両手を振って、声をあげた。


「ちょうど良いところに来たわ。

 押し込み強盗よ! 強盗殺人!」


 死体を指さして、私は叫ぶ。

 ところが、その瞬間、いきなり視界が大きく揺れて、全身に衝撃が走った。

 私が強引に床に押し倒されたのだ。


 腕を後ろに捻じ曲げられる。


「痛い! なにすんのよ!?」


 私は涙目になって、背中にのしかかる騎士に向かって、甲高い声を張り上げる。

 すると、髭面の騎士は、怒鳴り声を返してきた。


「この不審者め。強盗殺人容疑で逮捕する!」


「はい?」


◆5


 少し前、街の治安を預かる第三騎士団に、伝書鳩による密告があったという。


 手紙には、


「夕刻、テバリア商会に、猛獣使いの女性がひとりで押し込み強盗をするから、注意せよ」


 と記されていた。


 半信半疑で出向いたら、案の定ーーということらしい。



「違う。私は嵌められたの!」


 強引に連れ込まれた騎士団の駐屯所で、私は必死に主張したが、誰も聞いてくれない。

 騎士たちは、みな、すっかり私を犯人と決めてかかっていた。


 それでも、私が貴族令嬢だからか、特に拘束することなく、椅子に座らせたままで尋問する。

 髭面の騎士が、息が吹きかかるほど、顔を近づけて言った。


「オーク伯爵家のハミングちゃんかーー可愛い顔して、恐ろしいお嬢さんだ。

 他にも罪を犯したようだな。

 銀行の貸金庫から、顧客の資産までも奪ったそうじゃないか。

 被害総額は十億を超えるってなぁ!?」


 私は椅子ごと後ろに倒れんばかりに、のけぞった。


「嘘でしょ!?

 貸金庫は、私の鍵がなければ……。

 私が持ってる鍵はーーあれ、ない!?」


 私は、上着やスカートのポッケ、持っていた袋の中にまで手を突っ込んだが、鍵を紛失していた。

 マスターキーの一本だから、当然、銀行に保管すべきだが、ダマス公爵令嬢が信用ならないから、ずっと肌身離さず持っていたのだ。


(いつ無くした? 落とした?

 ーーあ! 猫にぶつかって、手紙を落とした。

 あのとき、猫に盗まれたのね!?)


 あの猫ーーそういえば、青白い毛並みで、ほっそりとしていた。

 あれは、ダマス公爵令嬢が、初出勤したときに使役していた猫だ!


 迂闊だった。

 だとすれば、あの新任上司ダマス・ドミー公爵令嬢が、私を嵌めた犯人に違いない。

 伝書鳩を使って騎士団に手紙を送ったのも、猫を使って鍵を奪ったのも、みんなあの女なんだ!


「私、濡れ衣を着せられた!

 真犯人は、私の上司よ!」


 私は椅子から立ち上がって訴えた。


 ところが、周りを取り囲む騎士連中は、やれやれといった表情だった。

 若い騎士なんかは、唇を噛んで、悔しそうにしている。


 髭面の騎士は、真面目な顔付きで言った。


「お嬢さんは、お貴族の娘さんだ。

 俺たち第三騎士団の騎士には、問いかける権利はあるが、拘束する権利はない。

 おまけに、弁護士を呼ぶことも止められない。

 好きにするが良いさ。

 でも、明日の朝には、お貴族様を拘束する権限のある第一騎士団に引き渡されて、監獄送りとなるだろうから、そのつもりで」


「わかったわ。今晩中に決着をつけろっていうわけね!」


 即座に、使役魔法で銀行の伝書鳩を呼びつけて、トーテム頭取に渡りをつける。

 そして、銀行の顧問弁護士を呼び出し、身柄を解放してくれるように依頼した。


 ところが、断られた。

 ダマス郵便局長が強硬に反対するだろうから、顧問弁護士はつけられない、という。

 しかも、


「幾つもの貸金庫が空っぽになっていたんだ。

 やはり、君が盗んだんじゃないかね?

 貸金庫のシステムを考案したのも君だし。

 でも、まさか、平民相手とはいえ、人殺しまでするとは思わなかったがーー」


 などと、手紙に疑念を書いて寄越す始末だ。

 トーテム頭取は、私を窮地から脱け出すために、役立ちそうもなかった。


 時間がない。

 即座に、私は頭を切り替えた。


 顧問弁護士がダメなら、通常の弁護士が乗り出しやすくなるよう、探偵に状況を調べさせようと思った。

 父の代から懇意にしている探偵事務所があり、情報通でとおっている。

 今回の事態にも、打開するための有益な情報をもたらしてくれるかもしれない。

 

 ーーだが、これまた空振りに終わった。

 代替わりしたばかりの、若い探偵が、すぐに駆けつけてくれたが、首を横に振るばかりだった。


「いくらお嬢様が、

『真犯人はダマス・ドミー公爵令嬢だ!』

 と訴えても、騎士団は動いてくれませんぜ。

 相手はドミー公爵家のご令嬢なんですから。

 ドミー公爵家は、政府のお偉いさんとつながっている。

 そればかりか、ダマス公爵令嬢は、いずれ王太子殿下とも婚約すると言われていまして」


 私は、「はぁ……」と溜息をついた。

 できれば使いたくはなかったが、最後のカードを切るしかない状況だった。

 私は若い探偵に頼んだ。


「仕方ないわね。

 私の家の執事を呼んできて」


◆6


 翌日、早朝ーー。


 通常の出勤時間よりも二時間早く、ダマス・ドミー公爵令嬢は王都銀行に出勤した。

 そして、頭取がいる執務室に、得意満面で直行する。

 そのまま、トーテム頭取に抱きついて、キスをした。

 頭取も事件発生以来、気に病んで一睡もできず、早朝出勤していたのだ。


 そんな憔悴するハゲ男に、妖艶な女性が身体を絡めながら、ささやきかける。

 

「トーテム頭取。これから忙しくなるわよ。

 ウチの従業員が、押し込み強盗を働いたうえに、殺人まで犯したんだからーー」


「でも、貸金庫から宝飾品を盗むのはわかるが、あのハミング嬢が、人殺しをするなんて。

 何人もの男性を殺してのけるほどの腕力があるようには……」


「彼女は、優秀な使役魔法の使い手なのよ。

 狼でも虎でも、どんな猛獣でも使いこなせてよ。

 それに、貸金庫から十億以上の大金が奪われたのは、大失態でしたわね。

 いくら平民用の貸金庫だけの被害といっても、これからは貴族の方々も金庫を借りるのは控えるでしょうし、解約も相次ぐでしょう。

 とりあえず、あの女が平民の商会に強盗殺人を仕掛けたうえに、平民用の貸金庫から窃盗したのですから、平民相手の融資や営業は停止せざるを得ないでしょうね……」


 禿げ頭の頭取と、若い公爵令嬢が、むつみ合いながらも、あれこれ思案しつつの会話を交わす。

 だが、その会話のすべてに、聞き耳を立てる女性がいた。

 私、ハミング伯爵令嬢だ。


「あら。いつから、ここは頭取の執務室じゃなくて、娼婦の濡れ場になったのかしら」


 私がドアを開けて問いかけると、ふたりは抱き合ったまま、目を丸くする。


「な、なによ! あんた、どうして、ここに!?」


「ハミング嬢!?」


 私は、驚くふたりを見据えて、冷静に説明した。


「私に、王家から直々に捜査依頼が出ました。

 だから、真犯人を逮捕するための調査をしに来たんですよ。

 はい、頭取。これが依頼書」


 頭取は依頼書を受け取り、マジマジと見詰める。


「これは王家の紋章印ーー本物だ……」


 頭取は、依頼書を手にしたまま、身を凝固させる。

 私は、そんな頭取は無視して、もっぱらダマス公爵令嬢を見据えて、指をさした。


「あなたを訴えに来ました。公爵令嬢ダマス・ドミー!

 私に濡れ衣を着せたこと、すでに調べがついてるのよ」


 私、ハミング伯爵令嬢は、上司ふたりに向けて、滔々と解説した。


 ダマス公爵令嬢は、数頭の猛獣を使役して、一攫千金を目論んだ。

 まず、私が〈感謝の手紙〉を届けるはずのテバリア商会に、使役魔法をかけた猛獣を先行させて従業員を殺し、金庫から金目のものを奪う。

 それから、第三騎士団に伝書鳩で「女が押し込み強盗をする」と伝えて待機させた。

 罠にかけられてるとも気づかず、その殺人現場に、私がノコノコやって来て、捕まってしまったーーというわけだ。


 ほかにも、猫に使役魔法をかけて私から鍵を盗ませて、自分の鍵、頭取の鍵と合わせて三本の鍵を揃えて、貸金庫からの出し入れを自由にした。

 それで貸金庫の中身を盗んでおいて、これまた私のせいにするーー。


 そこまで話してから、私はコホンと咳払いした。


「ほんと、このまま私に罪を着せられたら、莫大なお金や貴金属を懐に入れられて、万々歳だったわね。

 でも、ダマス公爵令嬢。そうは、うまくいかないものよ。

 私の執事が集めた情報によれば、あなた、かなり色んな前科があるわね。

 もっとも、ご実家のお力で、様々な犯罪が揉み消されてるけど。

 それでも、きな臭い噂は後を絶たない。

 そんなあなたが、この銀行の郵便事業に目をつけた。

 それは、人の不在を確実に知って、その場所に、使役魔法をかけた動物を送って、盗みを働くためだった。

 伝書鳩は受取人がいないと、そのまま帰ってくる。

 あなたは、そこに目をつけた。

 鳩が戻ってきたら、その住所の家には誰もいないということーーつまり、金目のモノを好きに盗める、ということ。

 それに気がついた。

 貸金庫についても、たった三本、鍵を揃えるだけで、好きにお宝をゲットできる。

 頭取を丸め込み、私を排除できたら、好き放題に私腹を肥やすことができたでしょう。

 ーーでも、貸金庫のお金にまで、手を出したのがいけなかったわ。

 ここにある資産は平民のモノだけじゃないの。

 貴族のもあるし、王家のもあるのよ」


 そこで初めて、ダマス公爵令嬢は、一歩前に出て抗弁した。


「なに言ってるの。

 マスターキーがあるのは、平民の貸金庫しかないって知ってるわよ!」


 ハミングは、フンと鼻を鳴らした。


「残念でした。

 じつは、ある王家のヒトも、こちらに平民の名前で資産を預けていたのよ。

 内密にね。

 トーテム頭取も知らないことよ」


 ダマスの隣で、頭取が、目を丸くして驚いている。

 そんな初老の彼に向けて、私はニッコリと微笑んだ。


「頭取。どうですか?

 今までの受け答えで、このダマス嬢自身が、貸金庫に手を出したのを認めたも同然じゃありません?」


 乗せられる形で、トーテム頭取は、疑惑の目をダマス公爵令嬢に向ける。


「ダマス嬢ーーまさか、そんなこと……」


 私と頭取、ふたりに見詰められ、ダマス嬢は居直った。


「ふん。証拠でもあるわけ?」


 私は、待ってましたとばかりに、パチンと指を鳴らす。

 すると、開け放った窓から、一羽の白い鳥が舞い込んできた。


「あなたを、この子につけさせていたの。

 この鳥は知ってるでしょう?

 九官鳥よ。

 見たままをしゃべってくれるわ」


 嫌がらせを受けてから二日目、トイレに行った隙に、私は九官鳥を放った。

 九官鳥の聴覚と知能を大幅に拡張させたうえで、使役魔法で、ダマス公爵令嬢が語る言葉を完全コピーさせたのだ。


 それを今、ダマス公爵令嬢本人の前で再現する。

 ちょうど、銀行を脱け出し、建物の裏に、使役する大型犬や狼どもを呼びつけ、命令を下した際に放った言葉だった。


『さぁ、テバリア商会の場所は覚えたわね?

 あいつが手紙を配達するより先に、駆け走って荒らしちゃいな。

 商会にひとり、人間の仲間が潜んでいるから、現場では、その人の指示に従いなさい。

 目撃者をひとりも残さぬよう皆殺しにして、金目のモノを全部いただいちゃって、あの女に濡れ衣の着せるのよ!』


 九官鳥の発する言葉を耳にして、頭取はビビッて、部屋の隅で震え出す。

 一方で、私は手のひらに九官鳥を乗せて、ダマス嬢の前に突き出した。

 

「ダマス・ドミー公爵令嬢!

 どうですか。あなたの口調そのままよ。

 観念しなさい!」


 だが、悪女は、そう簡単に観念しない。

 ダマス嬢の全身から、じわりと魔力が発せられる。

 私は、依然として九官鳥を手に乗せたまま、強く警戒する。


(私の使役魔法を解除しようと?

 九官鳥の意識を乗っ取る気ね。負けないわ!)


 こちらからも、魔力をぶつける。

 が、彼女はいきなり魔力を引っ込めた。


(あれ?)


 私は拍子抜けする。

 その隙を突かれた。


「かかったわね!」


 ダマス公爵令嬢は素早く手を伸ばす。

 そして、眼前に突きつけられていた九官鳥の首を鷲掴みにする。

 そして、思い切り力を込め、九官鳥の首を絞め始めたのだ。


「こういうのは、物理攻撃が一番なのよ!」


 グエエ、と九官鳥は苦しみの声をあげて、白目を剥き、息絶えた。

 あっという間に、私が使役していた九官鳥が、くびり殺されてしまったのだ。


「あんた、なんてことすんのよ!

 それでも、使役魔法の使い手なの!?」


 涙目になった私を、悪女は嘲笑う。


「はあっははは!

 さぁ、これで証拠がなくなったわ。

 これであなたにはどうにもできない!」


 勝ち誇ったダマス公爵令嬢は、勢いに乗って、トーテム頭取を恫喝した。


「頭取!

 こんな女の言うことなんか、聞かなくていいわよ。

 そもそも、貸金庫に銀行職員が手を出したなんてことが世間に知れたら、銀行は信用をなくすでしょうから、どうせ王家も、この事件を揉み消すに決まってるわ。

 考えてもみて。

 この女は、たかが一介の伯爵令嬢にすぎない。

 王家も貸金庫の件を調べるよう、依頼しただけ。

 この女は使用人のように、使われてるだけなのよ。

 私は公爵家、彼女は伯爵家ーーどちらの言い分が通るか、公爵の爵位がおありの頭取なら、わかるでしょ?

 しかも、私はどうせ近いうちに王族になるのだから、こんな程度揉み消してやる。

 王太子殿下の婚約者になるんですからね!」


 ダマス嬢は私の方へ向き直る。


「そもそも、あなたこそ、どうやって逮捕から逃れたのよ!

 まさか、監獄から脱走してきたんじゃないでしょうね!?」


 悪女の難癖に、私は予言者のように言い放った。


「監獄について、あなたが心配する必要ないわ。

 これからあなた自身が中に入って、じっくり見聞することができるんですから!」


 私はパンパンと手を叩く。

 それを合図に、老執事が出てきて、ずっと執務室の壁にかけられていた鏡を取り外す。

 そして、私にその鏡を手渡した。


「それはーーまさか!?」


 さすがにダマス公爵令嬢は青褪める。

 私は胸を張った。


「貴女も魔法使いなら、知ってるでしょう?

〈見たまま、聞いたままの鏡〉よ」


 この〈見たまま、聞いたままの鏡〉は、録画と録音の機能を持つ、有名な魔道具だ。

 ダマス公爵令嬢が、九官鳥による言葉の再生だけで観念しない場合に備えて、あらかじめ探偵に命じて、夜のうちに銀行に忍び込ませ、壁にかけさせておいたのだ。


「貴女が今まで言ったセリフのすべてが、証拠になるわ。

 ほら、見て。九官鳥をくびり殺す場面もバッチリ映ってる」


 私の言葉に、一瞬、怯んだ表情になったものの、すぐさま悪女は笑みを浮かべ、居直った。


「フン。魔法の記録は、証拠能力ないわよ。

 九官鳥のセリフも、鏡の映像だって、証拠にはならないわ。

 だって捏造できるもの」


 魔法学園卒の先輩であるダマス公爵令嬢は、しぶとかった。

 実際、使役魔法をかけた動物は、主人が望むように言葉を発する可能性がある。

 それに、〈見たまま、聞いたままの鏡〉についても、強力な魔法使いなら誤作動させたり、偽の映像や音声を映し込ませることもできる、といわれている。


 でも、私には余裕があった。


「そう。それが難点なのよね。

 でも、それ、法廷での話でしょ?

 私がこれを提出したら、私の信用において、私の言うことを信じるヒトもいるのよ」


 私が手を挙げて魔力を発すると、屋上で待機していた鳩たちがいっせいに四方八方に飛び立つ。

 それを合図に、ドドッと、大勢の騎士たちが、銀行の中に押し寄せてきた。


 執務室に突入してきた、黄金甲冑の連中を目にして、トーテム頭取が腰を抜かした。


「そ、その黄金甲冑はーー近衛騎士団!?」


 近衛騎士団は、本来なら王家を守護する精鋭騎士団だ。

 街中の事件に、首を突っ込んだりはしない。

 ところが、ハミング伯爵令嬢の発した合図で、近衛騎士団が突撃してきたのだ。


 ダマス公爵令嬢の目の前で、若い近衛騎士が逮捕状を突きつけた。


「ダマス・ドミー公爵令嬢!

 王家の資産を盗んだ罪、および強盗殺人教唆の罪により逮捕する!」


 悪女は諦め悪く、逃げようとするが、黄金甲冑の騎士らによって、あっという間に取り押さえられてしまった。

 そして、拘束され、引っ立てられる際、ダマス公爵令嬢は、キッと私を睨みつけた。


「悔しい!

 あなた、いったい、何なの?

 単なる伯爵令嬢にこんなことができるはずがーー」


◆7


 早朝からの大仕事を終え、私、ハミング・オーク伯爵令嬢は家に帰った。


 老執事が自室のドアを開ける。

 すると、部屋の奥で、ひとりの男が椅子に座っていた。


 私は溜息混じりに、問いかける。


「あら。どうして、こんなところにまで来たの、王太子殿下。

 ここは淑女の部屋でしてよ?」


 バニリア王国の王太子アトム殿下は、苦笑いを浮かべる。


「貴女の活躍がすぎるからさ。

『働きたい』と君が言った時、僕が反対したのを忘れてるんじゃないかな。

 きっと、こういう荒事に巻き込まれると思ってたんだーー」


 私は仁王立ちしたまま、応じた。


「あら。

 私は貴族令嬢だからといって、籠の中の鳥になるつもりはないのよ。

 独り立ちできる人物になりたいの。

 ーーそれにしても殿下。

 いつの間に、あんなのを婚約者候補にお入れになったのです?」


「あんなの」とは、ダマス・ドミー公爵令嬢のことである。

 探偵の調べでも、彼女が殿下の婚約者になるのは時間の問題となっていた。


「俺に言うなよ。王妃様(お義母様)に言ってくれ」


 アトム王太子は吐き捨てる。

 実際、現在の王妃様は、殿下ばかりか、私にまで風当たりが強い。


「そうね。あの王妃様のことですもの。

 自分の言いなりになる貴族の中から、私と似た魔法を使える者を選び出して、私に嫌がらせしようと考えたんでしょうね」


王妃様(お義母様)は、どうしても自分が腹を痛めた生んだ実子ーーつまり、僕の弟に王位を継いでもらいたいのさ。

 そのためには、僕と君が結婚することが邪魔らしい。

 苦労をかけるね。王太子の許嫁(いいなずけ)には」


 そうなのだ。

 私、ハミング・オーク伯爵令嬢は、現在、アトム・バニリア王太子殿下の婚約者なのであった。

 でも、この婚約を破棄させようと、王妃様をはじめとした様々な勢力が躍起になっている最中でもある。

 おかげで、王太子殿下と私の婚約はすでに解消した、あるいは、初めからなかったこと、と世間では思われていた。

 でも、当事者のふたりにとっては違った。

 今でも、硬い絆で結ばれている。


 椅子に腰掛け、笑みを浮かべる婚約者に向かって、私は指を突き立てて注文をつけた。


「私、あなたの許嫁をやめるつもりはないけど、後ろ盾になってもらおうとは思わないの。

 あなたに頼りっぱなしじゃあ、様々な障害を突破できないもの。

 できるだけ、自分の力だけで生きていきたいのよ。

 ーーもっとも、今回は、あなたに助けてもらうしか手がなかったんだけど……」


 婚約者は苦笑する。


「君の自立心は尊重したいが、今回は手出しさせてもらうよ。

 実際、君が投獄されそうになってるって、伝書鳩で報されたときは驚いたよ。

 貸金庫からの窃盗のみならず、強盗殺人の嫌疑までかけられてたなんて。

 相手がドミー公爵家だろうが何だろうが、婚約者としては、動かざるを得ない。

 もっとも、ドミー公爵家の令嬢を銀行に送り込んだのは王妃様(お義母様)だろうから、君が危険に身を晒すことになったのは、僕が義母を牽制し損ねたせいーーつまりは王太子である僕の責任でもある。

 それに、君に頼んで平民名義で貸金庫を借りて、資産の一部を秘匿させてもらったのに、それまでも盗まれたとあっちゃあ黙っていられない。

 とはいえ、こうした融通を利かせてもらってるから、君との繋がりが見つかってしまうんだろうけど……」


 私も大きく息を吐く。


「ほんと。おかげで、邪魔立てする(やから)が、後を絶たないわ。

 だから、せめて経済的に独り立ちできるように、と努力してるんじゃないの。

 あなたも少しは王太子らしく、王妃様の横暴を食い止める努力をしてよ。

 おちおち仕事もしてられない」


 アトム王太子は肩をすくめる。


「君に言われるなら仕方がない。

 とりあえず今回の事件を立件して、ゆっくりと手筈を整えるさ。

 王妃様(お義母様)に隠居してもらうようにーー」


◇◇◇


 結局、捜査は進展したものの、糾弾の手は王妃にまでは届かなかった。


 だが、ダマス・ドミー公爵令嬢は、王家に対する謀叛(王太子の資産を貸金庫から盗んだ)により、貴族位の継承権を剥奪された。

 さらに、貸金庫から奪っただけの金額を、借金として、その返済を命ぜられた。

 返済方法を問わずとしたから、今では娼館で働きながら、相変わらず悪知恵で犯罪行為を行ないながら、借金を返済しているという。



 そして、私、ハミング・オーク伯爵令嬢自身は、表向きにはトーテム公爵から郵便・宅配事業を譲っていただき、今日も元気に伝書鳩を飛ばしている。


 それでも、以前と変わったこともある。

 貸金庫事業は、とりあえず休止となった。

 今回の事件が表面化したので、民間の商会が軒並み金庫を借りることをやめてしまった。郵便や宅配便の依頼も、グッと減ってしまった。

 でも、これらは生活にも必要な事業なので、いずれは元のように盛況になるだろう。


 ただ、私は、たくさんの礼状を受け取っても、さすがにトラウマになったから、〈感謝の手紙〉を書くことは、すっかりやめてしまった。

 もちろん、その手紙をじかに届けに行くことも。


 そして、おそらく、この銀行に勤めるのも辞めてしまうかも、と思っている。

 ケチがついた気がするからだ。

 結局、使役する鳥や動物たちに囲まれながら、これからも独り立ちして生きていく方法を模索する日々が続くのだろうと思っている。


 いつになったらアトム殿下と結ばれるのかーー。

 まったく予想できないが、それでも明るい未来が待っている気がするから、これからも頑張ろうと、私は今日も鳩たちに餌をやっている。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 2025年も、どうぞよろしくお願いします。


 気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。

 今後の創作活動の励みになります。


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『同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!』

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『生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!』

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https://ncode.syosetu.com/n7992jq/


『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』

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『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』

https://ncode.syosetu.com/n7773jo/


『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』

https://ncode.syosetu.com/n6820jo/


『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』

https://ncode.syosetu.com/n2323jn/


『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』

https://ncode.syosetu.com/n1348ji/


『噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……』

https://ncode.syosetu.com/n1407ji/

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