5thファイル:『夜の世界』
【前回のあらすじ】
あの凄惨な夜を生き延びた文乃。
あれからずっと彼の中に謎が燻り続けていた。
輝に渡された名刺を頼りに、彼は彼女の所属している事務所、『神園霊能探偵事務所』に辿り着く。
事務所で輝に明るい世界に戻れないことを脅されるも、行方不明の父を探すため…霊障の謎を解き明かすために、文乃は輝と契約を結んだのだった。
「……ということで、教えてもらいたいことが色々あるんだが。」
「なんだい?僕に答えられることなら答えよう。」
「なんで霊能探偵事務所なのに零能探偵事務所って言ったんだ?」
「…それはね、この事務所がほとんど仕事できてないからだよ。」
「……」
やっぱりか、と思いながら、そんな所に入ってしまったことに少し後悔した。
霊関係の仕事なのに、霊が見えないって…正直致命傷もいいところだ。
「うん…まぁ俗に言う蔑称ってやつだよ…まぁ、それも君が来たことによって変わってくれるだろうけどね。」
「俺ただの高校生なんだが…なんでそんなに期待をしているんだ?」
「それは君が…夜の世界を生きるのにぴったりな性格だと思ったから。」
「ぴったり?俺みたいな小僧がか?」
「…時に少年。
君は夜の世界をどう思う?」
「どう思うかって…何も伝えられてないんだから何も分かるわけないだろ。」
「まぁまぁ、文を聞いての率直な感想が欲しいんだ。」
「……夜の世界…か。」
夜。
外出禁止で、そこら中に霊が跋扈している。
到底人が入れるような時間帯では無い。
となれば、俺の出す答えは…
「あいつら…霊たちの世界…だな。」
「ふむ、そうかいそうかい。
では、夜の時間は彼ら霊だけの物だと思うかい?」
…それに関しては、答えを考える必要もなかった。
「それは違う。
夜は奴ら…霊だけの時間じゃない。」
「ふふっ。そういうところがぴったりなんだよ、少年。
夜の世界を生きる『素質』としてはなかなかのものだよ、その思考ができるのは。」
「まぁ…よくわかんないですけど…」
「今は分からないものは、これからわかっていけばいいさ。
さて…えっと、君は『魔臓』について知りたかったんだよね?」
「はい、正直言われてもこう…パッとしないというか。」
「では教えよう。人に稀にできる目にも機械にも見えない臓器だって話はしたね?」
「まぁはい。」
「具体的に言うと、魔臓は『霊がいる環境に適応した結果』できる臓器なんだ。」
「…環境適応能力でそんなのが出来るもんなのか…?」
「できるよ、だから実際魔臓が産まれてる…魔臓は本来目には見えないけど、霊が見える君なら多分見れるんじゃないかな。」
そう言うと、輝さんが服の袖を捲り、腕を僕に見せつけてくる。
その腕には、何か滑らかな線を描くような痣が出来ているように見えた。
「痣が……」
「ん、やっぱり君には見えるか。
僕は腕…それも両腕に魔臓がある。」
「腕…」
そういえば、猟奇霊に対して素手でぶん殴ってたりしてたな…
「霊の環境に適応したからこそ、僕は霊に触れることが出来て祓うこともできるし、君は霊をしっかりと捉えることができる。
…ただ、魔臓には欠点もあってね。」
「欠点…?徐々に魂が蝕まれるとかそういう感じか?」
「漫画の見すぎだよ少年、そんな厨二チックな設定は無いよ。
魔臓は霊に適応した結果出来た臓器…逆に言ってしまうと、霊の最も美味しい部位になってしまった、ということさ。」
「あー…目なし死体といい、腕なし死体といい、『部位』で霊に持ってかれてるのってもしかして…」
「単純明快、その部位が霊にとって最も美味しくて食べやすい部位…魔臓だから、ということさ。」
「俺があの校舎で猟奇霊に襲われたのも…」
「奴が君の魔臓に目をつけたからだろうねぇ。」
「…もしかして、俺この先ずっと…」
「あぁ、霊に襲われ続けるだろうね。
その美味しそうに実っている2つの瞳を狙って。」
「………」
…とんでもないことを言われたような気がする。
本当にあの夜を生き延びられたの、奇跡に近かったんだな…
「でも、だからこそ奴らに対抗出来る術があるとも言える。
肉を切って骨を断つ。
僕はこの力で…霊をぶっ倒すんだ。」
「…で、俺はそのために利用されると。」
「酷いこと言うなぁ少年。君はもう僕たちの仲間なんだから、そんなに警戒すること無いだろうに。」
「するに決まってんだろ、色々急すぎんだよ…」
…ん?僕『たち』…?
「そういえば、あんた以外にここに所属してる奴はいるのか?」
「あぁ勿論いるよ、1名ほどだけど。」
「すっくな。」
「君たまにストレートに酷いこと言うよね、率直に意見を伝えられるのはいいことだけどそれはそれでこれはこれだよ?」
「少なくとも変な男装趣味の人にだけは言われたくないんだが。」
本当になんのために男装してるんだこの人は…
「……まぁ、ともかくそのひとりは今は副業で忙しくて復帰できない、当分の間は僕ら二人で事件を解決することになる。」
「まぁそれはいいですけど…あ、ちゃんと給料とか報酬出ます?そこら辺ハッキリしときたいんですけど。」
「出るしなんなら君の補習もなかったことにしてあげよう。
お国直下の組織だからそういう事もおちゃのこさいさいさ。」
「マジっすか!?」
「僕今回の君の1番の反応がそれで少し困惑してるよ…」
本当にそれが通るなら俺の夏休みは非常に楽しいものになる……!
「夜の世界に足を踏み入れる必要があることも忘れないでね。」
「ッスー…うす。」
まぁ…そうなるよな。
無から有が生まれることはないんだ……
「さて、そろそろ日も暮れる時間だ。
質問会はもう少ししておきたいんだけど…まぁ夜になったら忙しくなるしね。」
「まぁ、そうだな。母さんとも夜までに帰る約束しちまったし。」
「せっかくだし、ちゃんと今回のことを母親にも伝えるといい。
君が夜の世界に足を踏み入れるにあたって、1番心労がかかるのは君の母親だろうからね。」
「……そう、だな。」
「君の携帯電話の番号は知ってるから、今日はゆっくり休むといい。何かあったらまた連絡するよ。」
「なんで知ってるんだよ…」
「そりゃ僕腐っても探偵だしね。甘く見てもらっちゃ困るよ。」
個人情報保護は何処へやら。
何から何まで掌握されてそうで怖いなこの人。
そんなことを思いながら、俺は出されたお茶を一気に飲み、出入口のドアへ向かう。
「少年。」
そんな俺に、輝さんが声をかける。
「『夜の世界は、かの者らの世界だとしても。
夜の時間は、かの者らだけの時間では無い。』」
「…いきなりなんだよ。」
「僕の自論さ。君と似てて、少し嬉しかったよ。」
「……よくわかんねぇよ、全く…」
そうしてそれを聞いた俺は、外に出てそのまま帰路に着く。
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文乃がいなくなった神園探偵事務所。
彼女はゆっくりと立ち上がり…
裏返してあった写真立てを元に戻す。
そこには青髪の1人の子供と、警官の服を着た1人の男性が写っていた。
「…ふぅ、少年が父親の事を探していることは知っていたからね。
乗ってくれるとは思ったけど、少しヒヤヒヤしたよ、センセイ。
あなたが残した彼は…少し口は悪いけど、やっぱりとてもいい子だったね、さすがはセンセイの子だ。
…この自論も、元々は貴方の物でしたね…そういえば。」
彼女は自分に入れたお茶を一気に飲み干し、写真立てに向かって、決意を込めた表情で言う。
「…だから、彼の為にも…僕は絶対に貴方を見つけ出してみせる。
貴方の残してくれた、彼と一緒に。」
今日もまた、日が暮れていく。
彼らの世界が…始まっていく。
次回
6thファイル:初めての霊能依頼