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第11話 魔道具は使ったことがないのです 

 騎士団長が呼んでいますよ、と伝言を受けたリーゼロッテは、いぶかしがらずにはいられなかった。


「……私を、ですか?」


 ナーハ・アームング大騎士に忖度そんたくしなかったせいで注目のまととなっていることは自覚しているが、騎士団長直々にお呼び出しをされるだろうか? 答えは否、なんならつい数日前に「嫌がらせ」を受けたことを考えれば、これもその一環にちがいない。


 というか、この子……。リゼはじろじろと、やってきた女騎士・レナータを観察した。器用な編み込みで華やかに飾った髪は少しくすんだピンク色、それと同じ色の、所在なさげな瞳。どちらにも見覚えがある、まさしくその「嫌がらせ」をしてきた女騎士・フロレンティーナの後ろにしょんぼりとくっついていた一人に他ならなかった。


「……そう、です……えっと、ヴァイス棟の、会議室に来るように、と……」


 そのときと変わらずしょんぼりした顔つきのまま、レナータは目を泳がせる。誰がどう考えても“言わされている”としか見えなかった。


(……嫌がらせって一度や二度で終わるものじゃないんだもんね)


 その目的を考えれば、むしろ執拗しつようにしてこそ意義ありだろう。つまり十中八九嘘だ。


「……分かりました、ヴァイス棟の会議室ですね」

「え? あ、はい、そうです……」


 しかもダメ押しとばかりにレナータが困惑してみせるのだから、これは確定だ。


 とはいえ行かないわけにもいくまい、リーゼロッテは残りの食事を口に入れ「お伝えいただきありがとうございます」と立ち上がった。


「あ、あの!」

「はい、なんでしょう」

「……その、剣を持って行った方がいいと思います。……えっと、これはですね、何か危ないというわけではなく、騎士団長がお呼びなので……いえいつもってわけじゃないですけど、今回はもしかしたら剣の腕を見せろとか言われるかも……しれないし……?」


 早口かつ疑問形、自分でも何を言っているのか分からなさそうな言い訳じみた忠告に、リーゼロッテは笑ってしまいそうになった。どうやらレナータにも嫌がらせの才能がないらしい。


「ありがとうございます。訓練用剣を持ってうかがいますね」

「あ、そうですね、それがいいと思います!」




 そうして指定された会議室に入れば、案の定、中にいるのは騎士団長ではなかった。


「……エルマー・アショフ殿、でしたっけ? そんなに私と決闘をしたいのですか?」

「名前を覚えていただけたとは、光栄だね」


 エルマーは、自信たっぷりに前髪を払ってみせる。無駄に美しいブロンドは窓からの陽光につやつやと輝いた。ちなみに後ろには他にも何人か騎士がいる。


「決闘のつもりではなかったのだが、どうやら君はそのつもりのようだね。まったく無粋ぶすいな女性だ、ろくに男も知らないんじゃないか?」

「それはそうかもしれません。言い訳かもしれませんが、それが私の責務でしたから」


 将来の王子妃が王子以外の男と仲睦まじくあっていいわけがない。リーゼロッテは至極真面目に頷いたのだが、エルマーとその背後の男達はニヤニヤと妙に下卑た笑みを浮かべた。


「責務だった(・・・)、か。そうだろうな」


 あくまでケヴィンの婚約者だったのは過去の話だというだけなのだが、エルマーを始めとした騎士達の妙な動きに眉をひそめざるをえなかった。


「女騎士といえば男漁りに来ているようなものだろう? 喜べ、品定めはこちらがしてあげよう」


 あ、なるほど、そういうことでしたか。リーゼロッテはやっとエルマー達の目的に気付くと共にやはり反省した。呼び出しは暴力と相場が決まっていると思い込んでいたけれど、男だらけの騎士団にいる女なんて狼の群れの中に放り込まれた羊のようなもの。どおりで、レナータも剣を持つように言ってくれたわけだ。


「それは光栄です。私も、次に(・・)添い遂げるなら自分より強いお方と決めているので、ぜひ定めさせてください」

「はっ、相変わらず威勢ばかりはいい女だな!」


 相手はエルマーを含めて5人。えものがある以上、素手で一斉にかかってくることはない。


 ということは、不足はない。リーゼロッテは悠々と訓練剣を抜いた。なんならここ最近ギルベルトに鍛えてもらっている成果を試すとしよう。


 きっと油断しているのだろう。剣を抜いて飛び掛かってきたのは2人だけ。


 その2本の剣を、片手は剣、片手は鞘で防ぐ。ガンッ、と重たい音が響くわりに、リーゼロッテの足はびくともしない。「え?」と間抜けな顔に変わった2人の、1人の横面を鞘で殴り飛ばし、その頭をもう1人にぶつけた。ガァンッ、と痛々しい音を立てて頭をぶつけた2人が崩れ落ちた、その体を踏みつけながら前に出る。


「ひ、え?」


 2人()かりで制圧できぬはずがないと油断しているその眼前まで間合いを詰め、1人の顎を剣の柄で殴り上げ、その流れで1人の腹部に膝を叩き込めば、残るはエルマーのみ。勢いを失っていないうちから目を合わせると、その顔は血の気が引いて真っ白だった。


「ま、待ってくれ!」


 その顔に向けて切っ先を――つきつけようとして、リーゼロッテはピタリと止まった。エルマーが狼狽しながら丸腰で諸手もろてを挙げたからだ。


「もう品定めは終わったのですか?」


 じとりとめつけると、エルマーはヒッと呻き声を上げながらさらに一歩下がった。


「そう……そうだな、どうやらナーハ・アームング大騎士に勝ったのは本当らしい。まぐれや運もあるだろうが……」

「それは何よりです。しかし、そちらの用事が済んだのなら次はこちらの用事です」


 じろりと、リーゼロッテはエルマーを睨み付けた。


「ここに呼び出したのは騎士団長ではなく貴方なのですよね、エルマー・アショフ。別の方に伝言を頼んだようですが、なんと伝えたのですか?」

「レナータ・トートのことかい? かの有名なリゼ・ノエレをここに呼んでくれと伝えただけだ、こころよく応じてくれたよ」

「快く? 本当にそう見えているのだとしたら貴方の目は眼窩がんかから腐り落ちていてもおかしくありません」


 リーゼロッテにとって、自分がエルマーら他の騎士に乱暴されそうになったことはどうでもよかった。問題は、困ったように眉間にしわを寄せ、所在なさげに視線をさまよわせていたレナータである。


「先日、私が誘いに応じなかったことを受け、彼女を利用したのでしょう? 女性を脅迫して自らの鬱憤晴らしの道具に使うなど、帝国騎士の風上にも置けませんよ」

「脅迫だなんて人聞きの悪い。君は道具と言ったが、まさしく彼女は道具のように言うことを聞くのさ。それが彼女の生きがいなんだよ」


 確かに、レナータはフロレンティーナの後ろにもくっついていた。今更なにも言わずとも唯々諾々(いいだくだく)と従ってはくれるのだろう。しかし、それは脅迫の存在を否定しないし、こんな暴挙に出たエルマーが何を言おうと信じられるわけがない。


 そもそも、リーゼロッテに剣を持つように忠告してくれるレナータが“道具”であるわけがない。


「レナータがそう言ったのですか? 勝手な思い込みで他人に役目を押し付けないでください」

「君は騎士になったばかりだから知らないのだろう? 天下の帝国騎士とはいえ、うだつの上がらない連中はいるものだ。特に、女騎士は男騎士に劣ることはよくよく知っておいたほうがいい」

「では今しがた私に劣ったこちらの男騎士はいかがしましょう?」


 構えた剣を降ろさず、むしろその喉元をいつでも突けるように、リーゼロッテは足を一歩踏み出す。


「“今しがた劣った”?」


 途端、エルマーは、フン、と打って変わって得意気に鼻を鳴らし――魔道具を発動させる。リーゼロッテは驚く間もなく、その腕を鎖にぐんと引っ張られてしまった。


「キャッ」


 思わぬ方向から引っ張られ、剣を取り落としてしまう。バンッと大きな音と共に、そのまま壁に叩きつけられてしまった。


「いっ……たあ……」

「まったく、これだから女は軽薄けいはく浅慮せんりょ、生き物として根本的に騎士に向かないのだ。もちろん魔法にも」


 むう、とリーゼロッテは唇をへの字にした。確かにこんな罠に引っかかってしまったとは間抜けとしか言いようがないけれど、戦闘用の魔道具はほとんど使ったことがないから警戒していなかったのだ。ついでに、そのせいでこの魔道具が拘束以外にどんな機能を持つのか判断がつかない。


「リゼ・ノエレ、噂によればナーハ・アームング大騎士を誘惑し、まんまと闘技大会優勝を勝ち取ったそうだな」

「誘惑ですか?」

「ああ。青のネズミは寝室では随分優秀らしいと、騎士団内では専らの噂だが」


 壁にはりつけにされたまま、リーゼロッテは呑気に首を傾げる。名もなき少女に打ち負かされ憤慨していた彼を掌で転がしたことを“誘惑”というのならそうかもしれない。


「まったく、いやしいことだ。帝国騎士を絶好の婿がねと狙う淫猥いんわいなハイエナめ」


 歩み寄ってきたエルマーは、躊躇ためらいなくリーゼロッテの胸座に手を伸ばした。

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