第10話 死体扱いしたつもりはないのです
これが美少女……。怪訝通り越して珍獣を見る目を向けてしまった。“リゼ・ノエレ”は、確かにシュトルツのいうとおりリーゼロッテ・ノイン・エレミートだとしても納得の美少女なのだが、捨て犬のような髪型とネズミのような恰好のせいでよく分からなくなってしまっている。これでは誰も美少女などと目に留めないのも頷けた。
「ギルベルト様、何か気になることでも?」
「……いや。相変わらず大騎士を負かした女には見えないなと思っただけだ」
「あれはナーハ・アームング大騎士が手加減してくださっただけですから」
「そんなこと言っても、第十三部隊所属の決定は覆らないと思うよ」
パンをかじりながら、シュトルツは他人事のように言ってのけた。
「上手く立ち回っていたけれど、アームング大騎士はそう寛容じゃあないからね」
帝国騎士団第十三部隊は、通称“他隊の足を引っ張り隊”。問題児ばかり集められたとんでもないお荷物部隊らしかった。
それを聞いたリーゼロッテは、なぜシュトルツらが第十三部隊と予想したのか納得した。ぽっとでの平民 (ということになっている)で大騎士の顔に泥を塗った少女に相応しい隊というわけである。
「いえ、私は第十三部隊でまったく構いませんので。それより、シュトルツ様とギルベルト様がどうして第十三部隊なのですか?」
それはそれとして、シュトルツはアインホルン王国第一王子、ギルベルトはフェーニクス帝国第二皇子。本来ならお荷物部隊なんかに配属される謂れはない。
「俺達もねえ、ナーハ・アームング大騎士に嫌われちゃって」
「王子と皇子がそんな個人の感情で配属を決められるものでしょうか? まずシュトルツ様はアインホルン王国王子、丁重に扱う必要があるのでは?」
「どうして?」
リーゼロッテの言明に、シュトルツはいささか驚く。シュトルツ達の推測が正しければ――いや十中八九正しいはずだが――リーゼロッテはグライフ王国王子の元婚約者。政治情勢を知っているはずはない。
「シュトルツ様がフェーニクス帝国にいらっしゃっているのは長きに渡る同盟の一環なのでしょうし、帝国騎士に叙すのも帝国なりの優遇措置でしょう。しかしあえて悪い噂のある第十三部隊に配属させて戦線に出すのは、手柄を立てさせまいとしているか、そうでなければ死体となって王国へ帰ることを望まれているように見えるのですが」
「ゴフッ」
突然死体呼ばわりされてしまい、シュトルツはグラス片手に咳き込んでしまった。それを見たリーゼロッテはハッとする。
「も、申し訳ありません、私、世間知らずとよく言われるのですが、その、お気を悪くすようなことを申しましたでしょうか!」
「まあ死体呼ばわりされて気分を良くするヤツはいないだろうな……」
「いえそれは仮定の話でございます!」
ボソッとギルベルトが呟けば、リーゼロッテはバタバタと両手を激しく横に振る。こうしていると、余計に大騎士を負かした少女はもちろん、元公爵令嬢にも見えない。婚約破棄の理由は知らないがケヴィンと仲は悪そうだな、とギルベルトは勝手に想像した。
「あくまで帝国とアインホルン王国の関係に鑑みた推測……いえ想像でございまして!」
「うん、まあ、あながち間違っちゃいない」
いつの間にか笑い出していたシュトルツは、まだ軽く咳き込みながら、口元を乱暴に袖で拭った。
「まあ俺の立場はさておき、ナーハ・アームング大騎士の発言権に関していえば、彼は皇女タベア殿下の婿の弟なんだ」
「あ、なるほど。それは部隊長や騎士団長も気を遣うわけですね」
「さすがに皇女の婿の家までは知らないか」
他国の王や皇帝ならまだしも、その息子娘の名まで知っているのは珍しい。
「シュトルツの立場といい、政治に詳しいな。なぜ知っている」
リーゼロッテ・ノイン・エレミートで間違いない、しかしなぜ帝国騎士としてここにいる――? それは疑惑の目に他ならなかったが、リーゼロッテは「そう言って頂けると光栄ですが、私、大変無知でして」と少ししょんぼりしてみせた。
「それを恥じて学ぼうとはしたものの、何から始めればよいか分からず、手あたり次第ものを調べ、知り合いの家庭教師に興味が赴くままに訊ねて回っていたことがあるのです」
“王子殿下”の家庭教師の間違いじゃないか、と2人は察したが、黙っておいた。
「そのせいで少々無用なことにまで首を突っ込む癖がつきまして。お恥ずかしい」
「無用とは言ってない。珍しいなと言っている」
「女が政治を学ぶのは良しとされないもんなあ」
特に王子妃となれば、王妃となった後に政治に口を出されては困るのでむしろ疎いほうがよいとさえ言われるが――と口を滑らせそうになり、シュトルツは慌てて言葉を呑みこんだ。
「ええ、でも、世間が良しとせずとも良いのです。世間に良しとされても満足することなどありませんから、私は自分で自分を良しとしたいのです」
2人がいささか呆気に取られているうちに、リーゼロッテは「では私は新人研修がありますので、お先に失礼いたします!」と素早く食事を終え、食堂を出て行った。
「……王子の元婚約者には見えないな。所作こそ優雅だがどこにパンに野菜も肉もすべて挟んで丸かじりする公爵令嬢がいる」
「斬新な食事の摂り方だったね。しかしあれは片手が空いてよさそうだ、今度真似してみよう」
なお、以後シュトルツとギルベルトがパンを半分に切って野菜と肉を挟んで片手で食べるようになり、彼らに尊慕を抱く帝国騎士内で同じ食べ方――“サンドイッチ”が流行したのは余談である。
「そういう話はしていない。怪しいと言っている」
「帝国の皇子様は警戒心の塊だね。しかし、本当に彼女は面白い」
改めてグラスに口をつけ、シュトルツは台詞のとおりの笑みを浮かべる。
「グライフ王国の公爵令嬢で元王子の婚約者だったのに、なぜよりによってフェーニクス帝国の騎士をするのか。間者には見えないし、どういうつもりだろう」
「世間知らずだと本人が言っていたじゃないか。社会勉強のつもりなんじゃないか」
「だからって帝国騎士は選ばないだろう。前線に出て傷物にでもなったらどうするのか」
「……楽しそうだな」
二文以上の意味を込められていることを敏感に察知して顔を上げると、シュトルツは、これまた意味深に微笑みかけた。
「まあね」
これ以上畳みかけてもろくな返事はないなと判断したギルベルトは食事を続ける。その後ろを、女騎士の囁き声が通り過ぎた。
何の気なしにそれを耳に入れていたギルベルトは、ふとリーゼロッテとの会話の違和感に気が付く。
「……そういえば彼女は俺達の顔を褒めなかったな」
「ブッ。気付いた?」
「なぜ笑った」
「字面が面白いからだよ。いや俺も不思議に思ったけどね?」
馬を預けるとき、シュトルツの顔を見てろくに反応しないし名前を聞こうともしなかった。去り際に呼び止められたかと思えば、名前は名前でも馬の名前を伝えるときた。略綬を返すためにと最後に名前を訊かれはしたものの、リーゼロッテがシュトルツに興味を持たなかったのは明白というほかない。
「だからちょっと楽しみだ。彼女がこの騎士団でどう振舞うつもりなのかね」
「……まあ、そうだな」
今しがた後ろを通り過ぎた女騎士を視線だけで追いかけながら、ギルベルトはわずかに首肯した。




