炎上アイドルと始めるVtuber生活
俺の名前は流川海音。年齢は23歳の無職である。
「今日はゲームをでもしながら、アニメを見る予定だったのに…」
現在、俺は母さんが社長を務める事務所に向かって最寄り駅から歩いていた。だが、事務所といってもただの事務所ではない———芸能事務所なのだ。
母さんが運営する芸能事務所は中堅なのだが、大手芸能事務所にも引けを取らない。まず所属人数は十数人なのだが、その全員が第一線で活躍している。
さらに、ここ数年は新規事業にも取り組んでいて、その活動の注目度も理由の一つだ。
「絶対に面倒くさいことだよな…」
事務所の入り口に着いた俺は、大きなため息を吐きながら扉と睨めっこしていた。
脳内で思い返されるのは、以前母さんに呼ばれた時のこと。その時は事務作業が終わらないからと、母さんが強制的に俺のことを車に乗せて事務所に連れて行かれた。
実際のところ、事務作業は数時間程度で終わり、帰りに回転寿司に連れて行ってくれたから、最終的には嫌な思い出にはならなかったけど……今回ばかりは不吉な予感するんだよな。
と、思っていると、扉が開いた。
「そんな所に突っ立っていないで、さっさと中に入りなさいよ。 防犯カメラで見たら、不審者にしか見えないからね」
扉から出てきたのは———事務所の社長で俺の母親だ。
「不審者って…そんな怪しい格好はしていないだろ。それに母親なんだから、すぐに俺だって分かってたんでしょ?」
「あら、警察に連絡しようとは思っていたところよ? だけど、不審者にしては頼りないオーラが見えたから、こうして出迎えているんでしょ?」
まあ、不審者はこの際置いといて、入るのを躊躇っていた俺にとっては有難いことだよな。
このまま扉が開かなかったら、俺は回れ右をして家に帰っていたはずだ。……そして、夜には母親によるお説教があったはずだ。
「まあ、その…最悪の未来を回避出来たことに感謝はしとくよ」
「海音さ、私が来なかったら帰る気満々だったね」
「……何のことでしょうか?」
俺は視線を少し右にずらしてから返答した。
「分かったわ。 このままだと、海音が帰りそうだし、さっさと要件伝えるから来なさい」
「えっ… ちょっと、引っ張らないでー!!」
母さんに腕を組まみ、そのまま引っ張られながら俺は事務所の中へと入っていった。
事務所に入り、すれ違った数人に軽く会釈をしたのだが、皆一様に不思議そうな顔で見ていた。
それもそのはずだ。自分が所属または勤めている事務所の社長が男の人と腕を組みながら歩いているのだ。ちなみに、俺は事務所に来たことはあるが、人がほぼいない時だったので全員初対面になる。
そんな雰囲気で歩き、着いた先は社長室。
母さんは社長だから当然なのだが……先程の不吉な予感が現実味を帯びてきたな。
「母さん。 そろそろ、俺を呼んだ理由を教えてくれよー。 社長室に入る前にさ」
「ダメよ。 ほら、ぐだぐだ言っていないで中に入るわよ」
母さんは社長室の扉を開き、俺の腕を組んだまま室内に入室した。
室内に入ると、中央には二人掛けのソファーが机を挟んで左右にあり、その奥には社長の机がある。
そのソファーには一人の女性が座っていた。
あれは…俺はその女性の横顔に見覚えがあった。
「ほら、海音もそこのソファーに座って」
「分かった」
母さんに言われるがまま、俺はその女性の対面に座った。そして、女性の顔を見て確信した。
やはり“元“人気絶頂のアイドルだった藤島舞優だ。“元“というのは、一ヶ月前にある週刊誌で熱愛報道のスクープを出された。だけど彼女は写真に写っていたのは実の弟と、その日のうちにコメントを出したのだが、何故か炎上して人気が低迷してしまった。
「さてと、ここに集まってもらったのは他でもない仕事の話だ」
「母さん、かの…藤島さんがここにいるのは分かるけど、仕事の話なら俺がいなくてもいいよね?」
「あら、舞優のこと知っていたのね。 それなら、話が早いわ」
知っているに決まっているでしょ。これでも母さんの事務所に所属している人は認知してますよ。
「来週から海音と舞優でVtuberを始めてもらうわ。あと海音は女性アバターでよろしく」
………えっ?俺が藤島さんと共にVtuberをやる?それに俺が女性アバターを使う?
ダメだ。俺の脳内思考では、この話を理解出来ないようだ。
「全く持って一つも理解できません」
俺は母さんに向けて、満面の笑みを送った。
「仕方がないわね… よく聞きなさいよ?」
ため息を吐き、一つずつ説明を始めた。
「一つ目が海音がこの事務所に所属する。二つ目が海音と舞優がVtuberを始める。三つ目が海音が女性アバターを使い、百合配信をする以上」
「えっと… 何故、俺が事務所に入らないといけない?それに男の俺が女性アバターで百合配信をする? 意味がわからないんだけど!!」
「海音ね…自分の年齢分かっている? 23歳にもなって、無職ってやばいでしょ。 だから、私の事務所に入ってVtuberでもやりなさい」
うっ…反論できない。
確かに俺の年齢的にそろそろ無職なのはやばい。
俺が狼狽えている間に、母さんは目の前にいる藤島さんに話し掛けた。
「そういった理由なんだが、舞優の相方を私の息子にしてもいいかな?」
「社長…何を言っているのですか」
あー。これは断られるパターンだな。
そりゃ、社長の息子だからといって、人気絶頂だったアイドルが了承する訳が———
「この間の話し合いの時にも言いましたが、私はるか…海音さんとやることを了承しましたよ? 何故、同じことを聞いてくるのですか?」
了承したよ…。
マジか。藤島さんがこんな冴えない俺を相方に選んでくれるのは嬉しいんだが…ファンに殺されないよね?
「それは息子のこの驚いた表情を見たかったからに決まっているでしょ」
「ふっふふ。 確かに私の攻めと海音さんの受けなら、この百合配信は間違いなく成功しますね」
「その通り! 私の計画に狂いはないのだ!!」
そうだよ!!女性アバターの件!!
「盛り上がっているところ悪いんだけど、一番重要な女性アバターについて教えてほしいんだけど…」
「だから、海音は女性アバターで女の子のフリをすればいいの。声は変声期で変えれるからね」
「それ理由になっていないよね?」
すると、くすくすと藤島さんが笑った。
「あら? 舞優ちゃん、急にどうしたの?」
「いえ。 とても仲がよろしいようで、見ていて微笑ましくなったもので」
「そんなことないわよ。 この子ったら、時々生意気な時があるんだからね」
「そうなんですね! それを聞いたら、私は海音さんとの配信がとても楽しみになりましたよ!」
いや、生意気な子=配信楽しみにならないよ?
ねぇ、何でそんなに嬉しそうな顔をしているの?
「ほら、こんなに可愛い子からのお誘いを断ることなんて出来ないでしょ。 ぐだぐだ言っていないで、一言返事をすればいいんだから」
母さんに背中を叩かれた。少し痛かった。
くそ…俺が断れないと知っていて…
俺は全てに納得出来ないが、渋々了承することにした。
「分かったよ。 その代わり、ちゃんと給料とかはちゃんと貰うからな」
「当然よ。 私の事務所に所属するんだから、毎月の給料制で貰えるわよ。 その代わり、真面目に仕事をしなさいよ」
「へいへい」
まあ、こんな感じで話がまとまった。
そのあとは藤島さんの目の前で事務所所属の契約者を書き、Vtuber配信や今後のことについて打ち合わせをした。
◇
あっという間に三週間が経った。
この間に何をしていたかというと、Vtuber関連の準備をしていた。
一つ目がVtuberで使うアバターだ。これは母さんの人脈を使い、人気急上昇中のイラストレーターさんに依頼をした。その結果、依頼から一週間で俺と藤島さんのキャラデザが完成した。……自分で使うアバターなのだが、とても可愛かった。もちろん、藤島さんのアバターも可愛かった。
二つ目が配信場所の確認と配信の仕方について。
配信は事務所内にある部屋で行うのだが、配信の仕方が少し特殊だった。まず俺と藤島さんはアバターとシンクロできる特殊な服を着て、頭にも動きを検知できるバングルを付ける。これにより、アバターが現実の俺たちと同じ動きをするらしい。
と、まあこんな感じで準備を進めていき、本番当日を迎えた。
「海音さん。 緊張していますか?」
「当然だろ。 配信するのはこれが初めてだし、上手く受け手を務められるか…全く落ち着かない」
「大丈夫ですよ。 準備期間の三週間で海音さんはとても頑張って練習してたじゃないですか。それに台本があるんですから大丈夫ですよ」
そう、初回配信に限り進行の台本が用意された。
つまり台本に沿って進めればいい、簡単なお仕事なのだ。……何事もなければの話だけどね。
藤島さんは「それと」と言葉を続けた。
「私は場馴れをしていますので、全て私に任せてください」
「ありがとう。 改めて、今日はよろしくね」
「こちらこそ、楽しい配信にしましょうね」
そして、配信時間がやってきた。
今回の配信はSNSで既に宣伝しており、待機人数は現時点で約一万人いた。新人の初回配信でこの人数は凄いらしい。事務所の力って凄いと感じた。
特にSNS(事務所公式アカウント)で大々的に取り上げたことが大きいらしいのだが…『新人百合カップルがVtuberを始めてみた?!』と恥ずかしい見出しを付けていたのが気になった。
現実世界では男なのにね。しかも、百合カップルとか付けてるし。バレた時とか大丈夫なのかね?まあ、トラブル関係は事務所に任せておけばいっか。
「それでは配信を始めますよ」
俺が頷くと、藤島さんはパソコンの【開始】ボタンを押した。
すると、勢いよくコメントが流れてきた。
【初配信おめでとうございます】
【中の人は誰なの??】
【○○事務所さんの勢い凄いですね】
こんな感じでお祝いしてくれる人やいきなり中の人を聞くなど様々だった。
藤島さんの方に顔を向けると、彼女も同じタイミングで向けてきた。そしてお互いに微笑し、一つ頷いてから画面に向けて挨拶を始めた。
「皆さん、こんにちは。私の名前は冬島セイラだよ。気安くセイラ様って呼んでね!」
藤島さんは準備段階で考えていた偽名で自己紹介をした。
そして俺が“様“付けで驚いていると、コメント欄がさらに爆発した。
【様付けきたー!!】
【これは…お姉様パターンなの…か?!】
【セイラ様!!チャンネル登録は完璧です!!】
コメント欄の通り、藤島さんの自己紹介だけで一気に千人は集まった。……嘘つきアイドル怖い。
「ほら、音ちゃんの番だよ」
「あっ…うん」
俺は一つ深呼吸をしてから、カメラに向けて挨拶をした。
「わ…私の名前は音坂ルミです。セイラお姉様共々よろしくお願いします」
これが俺の———Vtuberとしての名前だ。
そして設定なのだが、音坂ルミの先輩が冬島セイラになるらしい。自己紹介恥ずかしい…。女の子設定で年下にお姉様って言うのはかなり辛い…。
そんな内部事情を知らない視聴者は、さらにコメントを爆発させていった。
【お…お姉様だと…?!宣言通りの百合カップルだ!!】
【既に尊い…ルミちゃん推せる】
【セイラ様とルミちゃんのじゃれあいが早く見たい!!!】
いやいや、男に推されるの嫌なんだが。
俺、男。貴方も男。カミングアウトした時に傷付くのは貴方ですよ?……もちろん、俺もだが。
「もうルミちゃんったら。 そんなことでは、皆さんに覚えてもらえないよ?」
「ちょっ… セイラお姉様…」
突然、藤島さんが俺の背中に手を回し、空いた手で顎クイをしてきた。
それに伴い、アバターも同じように反映された。
【突然の百合!!ありがとうございます!!】
【俺もセイラ様に顎クイされたい!!】
【やばい…女の私でもセイラ様に胸キュン!!】
チラッと横見ればコメント欄は上から下へと凄い勢いで流れていく。
「私の妹はまだ緊張しているようなので、皆さんからの応援をお待ちしております♪」
と、藤島さんが言えば、コメント欄はその通りに動き出した。
【ルミちゃんがんばれ!】
【セイラお姉様に甘えてみようー!】
【ゆっくりとルミちゃんらしさを出していこうね】
視聴者の方々が優しすぎる…。
これには俺も涙腺崩壊になりそうだが、アバターに反映されてしまうので我慢だ。
「セイラ…お姉様。 私はお姉様の応援があれば何でも頑張れます…」
「もうルミちゃんったら。 そんなことを言われると、応援したくなるじゃない」
藤島さんは俺の前髪を少しだけ上にあげ、そして予想外のキスをしてきた。
あまりの衝撃に目を大きく見開き、自分の顔が熱くなっていくのが感じた。
「お…お姉様?! 突然、その…キスとか聞いていませんよ?!」
「あら? ルミちゃんが私の応援が欲しいと言ったのだから、応援の意味を込めてキスをしたのよ?」
「その…応援の意味の捉え方が違いますから!!」
そもそも、キスなんて台本にありませんけど!!
アドリブでの行動はやめてください!!
俺の心の声が聞こえたのか、藤島さんはクスクスと微笑した。そして、画面の方に指を指した。
【俺のHPはもう瀕死になりかけてます】
【お姉様からのキス…!私もキスで応援して!!】
【セイラお姉様の攻めがもっと見たい!!】
あー。これは視聴者もノリノリだ。
ここまで来ると止めることも出来ないし、何だったら画面外にいる社長(母さん)もサムズアップしてノリノリだもんな。
そして藤島さんと社長(母さん)が頷き合うと、俺の方に顔を向けた。
「そろそろ、私たちの関係を宣言しましょうか」
「宣言って、何を宣言するのですか?」
質問に質問で返したけど、大体の予想はつく。
きっと、この配信の題名にもなっている事だ。
「この配信は新人百合カップルの配信なのよ?宣言と言ったら、視聴者の方に公認を貰いましょう」
やっぱり、その話だよな。
てか公認を貰う必要ないと思うのだが…社長(母さん)が考えた台本にあるので指示通りにしないといけない。……何度目かの辛さだな。
「そうですね。 セイラお姉様との公認が貰えたら、私とても嬉しいです!」
「あらあら、何で可愛らしいことを言ってくれるのかしら。 ルミちゃんを離したくないわ。 皆さん、公認くれますか?」
藤島さんからの質問に対して、コメント欄は今日一の物凄い速さで動いていた。
【始まった時から公認だよ!】
【公認するからこれからも配信よろしく】
【途中から参加しましたが、異論はありません】
今までのコメント欄見ていれば分かるけど、視聴者の人たちは途中から公認してたよね。わざわざ聞かなくてもよかったのでは?と思いつつも、配信の流れ的には仕方がないと納得させた。
「ルミちゃん、視聴者の方々から公認百合カップルを貰えたわよ。 初配信でこれは快挙だね!」
「はい!セイラお姉様!! 私もセイラお姉様との関係が公認貰えて嬉しいです」
「視聴者の皆さんのおかげで、私たちは公認百合カップルになりました。 これからも私たち姉妹をよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
俺と藤島さんは同時に頭を下げた。
【もちろんだよ!次の配信も楽しみにしているね】
【次は私たちの呼び名を決めてね!】
【公認百合カップル最高!!!!】
コメント欄の盛り上がりを見届けながらお別れの挨拶をして、藤島さんは【終了】ボタンを押した。
「海音さん、お疲れ様でした。 最初から女の子だったのではと思うほど、とても良かったですよ」
「その…どうも」
人から褒められることに慣れていない為、思わず素っ気ない態度をとってしまった。
てか、第一線で活躍していた人から褒められるのはなかなか悪いものではないな。
女の子とかそーゆうのは一旦置いといてだけど。
「これからも最高の公認百合カップルとして頑張りましょうね!」
藤島さんの瞳の輝きに断れることもなく、苦笑しながら俺は返事をした。
「………頑張りましょう」
その後、俺と藤島さんは社長(母さん)と反省会をし、今後の配信内容を決めていった。
そして、この配信はSNSでトレンド入りをし、一夜にして一躍有名になったのだが———ここから色んなVtuberの人たちとコラボしたり、Vtuberのイベントに参加、藤島さんとの関係の変化が起こるとはこの時の俺には夢にも思わなかった。




