9:エルフ、事情聴取を受ける(3)
「……ふぅ……満足……」
「あ、あれだけの量を良く食べましたね……」
「いやはや、お腹が空いてホントどうしようもなかったのでつい……」
カツ丼とざるそばセットを平らげた俺は満足していた。
取調室で食べるのも、刑事ドラマのような感じで面白かった上に、目の前にいる枝葉さんが面食らったような顔で見ているのが何とも言えない雰囲気を醸し出していて、内心笑ってしまった。
いや、俺の食べ方があまりにも一心不乱に食べていたからなぁ……。
明らかに女性が食べるおしとやかな食べ方ではないし、もうこれ獣みたいに一心不乱で食べてしまったんだよなぁ……。
しょうがない、昼飯も食べずに色々あったんだもの。
食べ終えて満足してから、枝葉さんが取り調べを再開した。
「では、取り調べを再開してもいいでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。お茶まで用意してくれたんですもの。こちらも誠意をもって取り調べに望みますよ」
「良かった、では……取り調べの続きを行います」
さて、取り調べの続きとなったわけだが、エルフになってしまった経緯や、魔法が使えるところまで話した後、警察では俺が犯人たちを無力化するために取った行動が器物損壊罪に当たるかどうかでかなり悩んでいるらしい。
というのも、施設の消火栓を無断で使った場合等は、施設の所有物を無断で使って損壊させた扱いになるので、これは間違いなく罪に問われるという。
しかし、自分の力で生み出した水を使って犯人を制圧した場合では、現行法ではかなり取り扱いが難しいという。
というのも、「水」そのものを生み出すという現代科学では説明のしようがない現象を産んでしまったが故に、手から発射された水魔法が『偶発的に起こった現象』なのか『店を破壊する意図を持ってやったものなのか』が明確ではない為、どう対応していいのか分からないのだそうだ。
そりゃそうだ。
魔法を使える人間なんてこの世には存在しない。
存在しないが故に、魔法取締法なんてものはないし、現に俺は胸がデカいエルフになっているけど、元の身体に戻れるなんて保証はどこにもないのだから。
「現在の法律では貴方は器物損壊罪で略式起訴される可能性が高いのですが……スーパー側からは貴方に対して訴えを起こさないと申されておりますし、犯人たちもハンマーや金属バットを持っており、他人に危害を加えようとしておりましたので、正当防衛が成立しますね……」
「……とどのつまり、これからどうすればいいんですかね?」
「そうですね、警察としては今後も任意で事情聴取を受けて頂く形になりますが、経験からして不起訴処分となる可能性が高いですね……我々としても、魔法が実際に使われている光景なんて初めて見ますし……」
とりあえず、俺はほぼほぼ無罪同然というわけだ。
警察では今後の捜査をした上で、正式な処分を下すそうだ。
あと、スーパーのオーナーや店長さんがわざわざ警察署で『他のお客様を守って下さった女性の方が行った行為は不問にしてほしい』と言ってくれたお陰で、俺は刑事事件として訴えられることはないという。
スーパーの人達、ありがとうございます。
今後買い物をする時は必ず立ち寄らせていただきます。
それと、後でお礼も言っておかないとね。
お高いお菓子を持っていくのは必須だね。
ただ、今後数回程事情聴取を受ける事になるという事だけは避けられないようだ。
「ただ、状況が状況なだけに、警察としても強盗グループの捜査を行う上で、今回の制圧が適切だったかどうかを判断しなければならないので、今後も聴取を受けていただけますでしょうか?」
「ですね……自分で言うのもなんですが、咄嗟にどうにかしなきゃって……思ったら水が勢いよく噴射してしまったので……自分でコントロール出来ませんでしたし……」
「ええ、警察としては今後数回程ご自宅のほうにお伺いさせてもらうことになりますが、それで同意して頂けるのでしたら、今日はこれで釈放いたします」
「分かりました。必要な書類があればそれに署名します」
枝葉さんは俺の免許証をコピーしたり、今住んでいるアパートの番号や職場の宛先などを控えた上で、逃走の恐れがないことを踏まえた上で、事情聴取に応じる旨を記した書類にサインをする。
これにより、午後1時以降から続いた事情聴取も終わり、午後8時に警察署から解放されたのであった。
あと、ちゃんとファッションセンターで購入したブラジャーも胸を支えるのに欠かせない事を伝えると、これも返してくれた。
受付でブラジャーの入った袋を受け取ると、枝葉さんが出入口で待っていた。
「お疲れ様でした。ご自宅まで車で乗せていきますよ」
「有り難い。お願いします」
「いえいえ、こちらこそ事情聴取に応じてくださってありがとうございます。お陰でこちらとしても助かりました」
どうやら車に乗せてくれるようだ。
黒塗りのセダンカーであり、警察では主に赤色灯を付けたパトカーや、捜査・覆面パトカーとして採用されている車だ。
普通のセダンカーと違うのは、後ろからパトカーの座席が見えないように、スモークガラスで見えにくい黒色で加工されているのが特徴的だ。
警察署に来るときは普通のパトカーで来たけど、今回は覆面パトカー。
すでに事情聴取でクタクタだけど、枝葉さんはこれからさらに報告書をまとめなければならないのでもっと大変なのに、送ってくれるのは本当に有り難い。
「後部座席に座ってください、後ろのほうがゆったりできますよ」
「わかりました」
枝葉さんのお言葉に甘えて、覆面パトカーの後部座席に乗り込んだ後、彼女の運転でアパートに帰ることになり、怒涛の一日が終わったのであった。