5:エルフ、魔法を使う(1)
甲高い警報音が鳴り響き、スーパーにいた人の多くがレジの方に視線を向ける。
「さっさと警報装置を切断しろ!おい!全員そこを動くな!」
レジの前で怒号が響き渡る。
よく見ると、覆面を被った男達が押しかけていた。
ざっと見る限り10人ぐらいはいるだろうか。
全員が目だし帽をかぶり、作業服姿でそれぞれハンマーや長包丁、それに金属バットで武装していた。
まるで強盗ゲームに登場してきそうな格好をしているなと思ったが、ハンマーを持った男達がレジを破壊するのを見て、これはいたずらではないなと確信した。
あまりにも危ない連中が出て来てしまったために、俺は防火シャッターの前で、他のお客さんや店員さんと同じく、刃物やバット、ハンマーを振り回す連中に相手が出来るわけもなく、その場で立ち尽くしてしまう。
男達のうち3人は店員さんに長包丁を突き付けて金銭を要求しており、残りの7人がハンマーを両手で持ってセルフレジを叩き壊している。
セルフレジが破壊されるたびに、周囲からは悲鳴とレジから機械が破壊されたことを叫ぶサイレンが鳴り響くが、そんなことはお構いなしにレジを破壊していく。
「早く金を出せ!警察が到着するまでに金を回収しろ!それから金庫の場所まで案内しろ!おい、お前たちはセルフレジの金を全部開けろ!」
ガシャン、ガシャン、ガシャンとハンマーでレジが壊される鈍い音がスーパーの店内に響き渡り、店員さんに長包丁を突き付けている男が、店員さんに金庫の在処を聞いている。
「おい!早く金庫まで案内しろ!」
「ひいぃぃぃぃ」
店員さんは酷く怯えており、足をがくがくと震わせている。
これはまずい。
犯人たちは組織化されている上に、店員さんに長包丁を突きつけているため、ここからでは手が出せない。
「さぁ、さっさとレジぶっ壊してから金を持っていくぞ。時間を掛けるな」
「警報装置を切断しておいた。警察がくるまであと2分ぐらいだ。それまでにレジの金を回収するぞ」
「おい!てめぇらもぼさっとしていないでさっさとレジの金を出せ!」
男達は手慣れた手つきでレジを破壊したり、セルフレジだけではなく通常のレジ担当の店員さんにまで刃物で脅して現金を奪っていく。
こうも勢いのある強盗は初めて見る。
アメリカとかで見るような強盗スタイルに関心しつつも、何とかしなければならないと思うようになる。
しかし……。
相手は10人もいるんだぞ。
これが1人ないし2人であれば、突撃かませばギリギリ対峙できるかもしれない。
これで魔法が使えたらあいつらを捕まえることも出来るんだろうけどなぁ……。
そうだ。
(……俺の身体がエルフになっているのであれば魔法が使えるんじゃないか?)
そんな失笑されるような中二病のような想いが頭の中でよぎった。
今一度エルフという種族の特徴を思い出してほしい。
マンガやアニメでは、弓矢や短剣……そして魔法の杖を振り回したり、輪唱をしたりして大活躍しているじゃないか……。
時には得意な戦法や魔法を封じられて、触手やオークやゴブリンに捕まって「くっ、殺せ!」というのがお決まりだろう。
いや、それ後半はただ単にスケベなイラストや成年向け漫画の導入部分だろう!
エルフを何だと思っているんだと問われたら、割とそういったイメージが定着してしまっているのが問題かもしれない。
……で、エルフの特徴を挙げれば、魔法も武器も使える万能種族というイメージが強い。
魔法の力ともいえるマナ(?)と言えばいいのか、生まれつき魔法を扱える種族としてファンタジー作品で取り上げられているのであれば、エルフの身体になっている俺も魔法を取り扱うことができるはず。
何の説得力もない考え方ではあるかもしれないが、朝起きたらエルフになっていたんだ。
身をもってして、有り得ないことが起こってしまったんだぞ。
ならば俺も魔法を使えるかもしれない。
なんか、心の中で何かが蠢いているような気がするんだ。
妙に胸元も熱くなってきているし……。
もうなんか非現実的な事がこの身体で起こっている以上、試してみる価値はありそうだ。
もしこれで魔法が使えなかったら、中学生時代に書いた痛い落書きやカッコイイ文字を並べた中二病ノートを授業中に書いていたのを先生に見つかってクラスメイト達の前で「こんなものを書いているんじゃない」と叱られた時のような苦痛を再び味わうことになる(黒歴史)
……うぅ、思い出したらメンタルにダメージが来たぞ(自爆)
右手をコッソリ水平に突き出して、レジを破壊している強盗犯の一人に向けてかざす。
まぁ、これで魔法が使えたらいいのにな。
そう思いながら、心の中で水が一気に飛び出るようなイメージを湧き起こす。
参考にするのは消防車に搭載されているような放水ポンプだ。
火災を納めるために消防隊員の人がホースを使って一気に勢いよく水を噴射するイメージが掴めてきた。
(よーし、まぁ有り得ないとは思うが……試しにやってみよう)
とにかく目の前の強盗犯に当たればそれでいいかなと思い、半ば魔法が使えるという中学生レベルの発想と妄想をしながら、右手から魔法を出すポーズを取った。
『……放水(小声)』
適当に放水という言葉を英語にし、発言をしたその瞬間、右手から強い衝撃がやってきた。
ズドドドーン!ドドドドドドドドドッ!!!
凄まじい音と共に、右手から勢いよく噴射された水がセルフレジを破壊していた強盗に直撃した。