26:エルフ、戦う(1)
「なんで……なんで……」
黒く、異形の怪物はそう呟きながら嘆いていた。
前髪で顔の表面はあまり見えないが、すすり泣きしている様子だった。
怖い。
それが第一印象であった。
声からして女性っぽいことは確かなのだが、それでも声が震えている。
悲しんでいる。
そして、その声は次第に大きくなってきた。
ギロリと充血をした目で俺を見つめている。
いつの間にかホラー映画みたいな事をしないでくれるといいたくなったが、声といい、顔の輪郭から小田さんではないかと思った。
人外化するにも化け物みたいな姿になっているのが恐ろしい。
恐る恐る、俺は目の前にいる異形の生き物に尋ねた。
「もしかして……貴方は小田さんか?」
「そうよ……ねぇ……なんでなの……貴方は……」
「小田さん?あの……大丈夫?」
「貴方は、あれだけのことをされたのに……平気なの……?」
「……?もしかして、二糖からされたセクハラの事か?」
「なんでなのよ……なんで……なんで……」
しきりに俺にギロリと鋭い視線を向けて恨むような口調で尋ねてきた。
俺だってアイツから受けたセクハラは平気だったわけじゃない。
身体を触れられる感触は未だに覚えている。
忘れられないだろう。
「平気だったわけじゃないよ。元々俺は男だし……」
「でも、平気そうにしていた……貴方は……なんで、なんで……」
「お、小田さん……」
「違うッ!そんなんじゃないのに!!!」
マズい……。
ゆっくりと、のしのしとこちらに近づいてきている。
悲しみと怒りが声に籠っている。
それよか、トイレ壊れるんじゃないかな。
なんかトイレの壁がミシミシと音を立てているし……。
ダメもとで、小田さんを静止しようと試みてみた。
「小田さん、とりあえず話し合いましょう……まだ間に合うはずですから……」
「話す……?話すって何を……?貴方の自慢話かしら?もう嫌よ。誰だって理解しようとするフリをしているじゃないの!」
「フリって……」
「嘘言わないで……みんな……みんな嘘つきなのよッ!!!」
駄目だ。
聞く耳を持たない。
これは説得に失敗してしまったようだ。
小田さんは耳を抑えるような仕草をしている。
異形の身体になってしまっても、人間らしい仕草は変わらない。
いや、そこに注目している場合じゃないんだった。
「みんな、みんな嘘つきなのよ……そうやって私を……私をおいつめて……」
「小田さん!」
「もう嫌!誰も分かってくれないんだからッ!」
バキバキバキバキと音を立てる背中。
蠢く無数の羽根。
これを見た瞬間、俺はこう思った。
(あっ、これはマズい……)
もう、小田さんはヤバいことになってしまった。
どうにかして、これに対処しなければ……。
そう思った矢先に、小田さんは突然大きくなった右腕で殴り掛かってきたんだ。




