25:エルフ、勝利を祝う(5)
日本酒を飲めば、酔いが回ってくる。
エルフって思っていた以上に酔わないのだ。
確かに日本酒の味やから揚げの味はしっかり感じている。
だけど、どれだけ飲んでも酔いがあんまり感じないので、かなりの酒豪ではないかと言われるレベルで飲んでいる。
俺の飲みっぷりを見ていた田城が、流石に飲み過ぎではないかと忠告を入れた程であった。
「土江……それもう一升瓶(1.8リットル)レベルじゃないか?」
「うーん、といっても10杯頼んでもあんまり酔いが回ってこないんだよなぁ……」
「いやいや、普通どんな酒豪でも2合(360ミリリットル)から顔が赤くなるのに、全く顔赤くなっていないじゃんか!」
「やっぱり?どうも食い意地だけじゃなくて酒に対しても耐性があるみたいだな」
エルフの身体になってから、背丈は10センチ以上大きくなるし、胸もデカくなるし……。
反面、食欲旺盛になってしまったので、から揚げだけではなくて居酒屋のメニューから焼き鳥や串カツも頼んで食べているが、それでも腹一杯にはならない。
目の前にいる小田さんですら、もうお腹が一杯なのか先程とは打って変わってチビチビとハイボールを飲んでいる。
小田さんはハイボールを飲み終えると、畏怖するように語った。
「それにしても、土江さんすごい飲みますね……」
「ああ……マジでお前さんのエルフはチートじゃないかね?」
「田城、小田さん、ホンマモンのチートだったら今頃俺TUEEEEE!みたいな事しているはずだぜ」
「それもそうか、土江は流石にそういうの好きじゃないのか?」
「いや、無双系だったりチートみたいな能力を使うのは問題ないさ。ただ、それだと敵がインフレしやすいんだよ」
「あー、物語の中盤とかで敵の配役に困るやつだな」
「そうそう、強すぎても敵をもっと強くしないと読者に飽きられてしまうってやつ」
知り合いの作家曰く、自分を強くし過ぎた結果、敵を滅茶苦茶強いキャラクターにしないと、読者は納得しないそうだ。
全く、作家というものも楽じゃないな。
これで11杯目の日本酒を注文し、口に付ける。
「やっぱエルフになってからスゴイ飲むようになったな……」
「そうか……?まぁ、なんか酔った感じがしないからなぁ……美味しいんだけど」
「それはそれで大変ですね……今後も土江さんは色々と私生活も大変になるのでしょう?」
「まぁね……」
「エルフになってから、今後もトラブルが起きるかもしれないですけど……土江さんはそれでもいいのですか?」
「そうだね、確かにトラブルは起きるかもしれない……でも、それでもいいさ……」
「……?」
「エルフになったのは衝撃的だったけど、別に悪い事ばかりじゃない。こうして飲んでも誰からも石とか投げつけられるわけじゃないし、周りからも受け入れてもらったからね」
「……」
この身体を周囲が受け入れてくれた。
それだけで十分だ。
辛いことがあれば、それだけで気分も悪くなるが、結果として会社の風紀も変わるだろうし、社長の改革を後押しすればいい。
皆に感謝しないとね。
「……すみません、少しお手洗いに行ってきますね」
小田さんはそう言って、席を離れた。
小田さんがいなくなったのを確認してから田城に尋ねる。
「……なぁ、やっぱ小田さん怒っているのかな?」
「どうだろうな……あのセクハラをもっと懲らしめたかったんじゃなかったのかな」
「やっぱりそう思えるか?」
「ああ……なんというか、復讐の機会を逃してしまったという感じだよな」
「そう思うか……うーん……謝ったほうがいいかな?」
「いや、下手に謝罪したらそれこそ蔑ろにされたと思われるぞ。そっとしておいてやったほうがいいさ」
田城に言われたので、俺はそのまま彼女の帰りを待つことに。
5分……。
10分……。
15分……。
20分……。
「なぁ、今何時だ?」
「午後8時15分だな……」
「なぁ、いくらなんでも時間経ちすぎじゃね?」
「具合が悪いのかな……」
小田さんがトイレに行ってくると言ったまま、もう25分が経過している。
具合が悪くなったとしても、流石に長すぎる。
「ちょっと様子見てくるよ」
「お前が?」
「ほら、ここの居酒屋は男女別のトイレだろ?男のままだと下手したら通報されるぜ」
「た、確かにそうだな……とりあえず小田さんの具合悪そうだったら介抱してやってくれ」
「おう、任せておけ」
見かねてトイレに行って様子を見てみることにした。
大丈夫なのだろうか……。
そう思い、居酒屋のトイレを開けた。
トイレといっても個室がいくつか完備されているので、ドアを開けたら用を足している最中に出くわすことはない。
「……小田さん?大丈夫です……か……」
トイレを開けた瞬間。
俺はこの場所に来たことを後悔した。
そこにいたのは、黒くて大きな翼を生やした異形の生き物が壁に張り付くように鎮座していたからだ。




