15:エルフ VS セクハラ上司(1)
「はぁ……土江君、君は中々話が上手いみたいだね?」
「えっ?そうですか?」
「私の説明よりも君の説明のほうが皆から同情を寄せていたからね……全く、私がこうして色々とやってくれたお陰でもあるんだから、少しは感謝しなさい」
「すみません二糖部長、お陰で助かっています」
朝礼が終わって会議室に呼び出されている最中、部屋の通路を歩いている二糖は少し不機嫌であった。
どうやら、朝礼の途中から俺の独壇場となったことが気に食わなかったようだ。
このセクハラ上司が不機嫌になると、必ずと言っていいほど眉毛がつり上がる。
漫画やアニメで怒り心頭のキャラクターの眉毛がつり上がる描写があるが、実際に今それなりにつり上がっている。
ふむ……これは八つ当たりされるパターンかな?
適当にそれらしい言葉を繋ぎ合わせて謝っておいたが、効果はあるだろうか……。
「さっ、はいりたまえ」
会議室に入ると早速ドアをちゃっかりと閉じた二糖は会議室の椅子に俺を座るように指示した。
「まぁ座りなさい……土江君の今後について話をしたいからね……」
「今後……ですか?」
「そうだとも、このまま会社でいるとなれば色々と支障が出てしまうだろう……そうじゃないかね?」
「確かにそうですが……」
「話は少し長くなる。いいから座りなさい」
コイツに話の主導権を取られたくはないのだが、言われた通りにしないと子供みたいに癇癪を起こす事があるので、渋々言われた通りに座る。
そして二糖は机と向かい合うように対面側にある椅子に座った。
二糖は俺の胸元を注視しながら、今後の対応とやらを話し始めた。
「まず……仕事の件についてだが……今まで通りやっていけそうかね?」
「ええ、とりあえずは問題ないと思います。身体がエルフになってしまっただけですから」
「まぁ、その通りではあるんだがね……それにしても、少しばかり目立つのではないか?」
「目立つとは……?」
「その胸だよ。まるでスイカみたいにデカいじゃないか。目のやり場に困るんだよ……この仕事ではなくて別の仕事に就くという事も考えたらどうだね?」
あんた……。
人が一番気にしている身体に関する事をあっさりと言い出すとは。
やはりセクハラ上司だ。
昨日の電話で1マイクロメーター程期待した俺がバカだった。
配慮の「は」の字も感じさせない程の清々しい言い出し方だ。
「それは……仕事を辞めろという訳ですか?」
「いや、そうじゃない。ただ、土江君の将来を思っての事だよ」
「おれ……いえ、私の将来?」
「そうだとも、女性……ましてやエルフなんて世間一般からしたらファンタジーのお話だよ。この会社をクビにでもなったら住んでいけないんじゃないかな?」
俺だって好きでこの姿になっているわけじゃないし、現にどうやったら元に戻るか考えているのに、何という事を言ってくれるのだ。
女性差別ならぬエルフ差別だよなソレ。
種族差別みたいな事を言って脅しをしているのか?
だが、ここで短気になって怒っては駄目だ。
一度冷静になれ!
鎮痛魔法があれば掛けてみたいが、それは悪手だろう。
何故なら今の俺は魔法の加減が分からない。
万が一自分自身に掛けた魔法の効き目が強すぎて昏睡でもしてしまったら、目の前にいるセクハラ上司になにをされるか分かったもんじゃない。
最悪の場合、身体を介抱するという名目で性的暴行を受けてしまう可能性だってあるんだ。
ここは手を握り拳にしてギュッと抑える。
息を吸ってから、冷静に返答をする。
「お言葉ですが……今のところ、職場の方々とはコミュニケーションも取れていますし、問題はありません」
「そうか……土江君の仕事は確かに不備はないが……だが、今後仕事をしているうちに万が一という事もあるだろう?」
「万が一……?」
「例えば、本来であれば商談成立が確実に出来るはずだったのに、ミスで台無しになったとか……会社に意図せず不利益を被ってしまった場合に、土江君は不利になるんじゃないかね?」
「……!」
「どこまでサポートできるかは分からないが、私であれば上層部に掛け合うことが出来る。土江君は大事な部下だからね……」
二糖はニヤニヤしながら言っている。
そこで二糖の意図が読めた。
『会社をクビになりたくなければ、俺の言う通りにしろ』というわけだ……。
全く、つくづく最悪な奴だと認識させられる。
俺が女性……それもエルフになってからこの態度だ。
きっと以前から他の女性にも今の言動と似たような事を言ってセクハラ行為に及んでいたんだろう。
いや……それ以上の行為を受ける代わりに会社にいることを認めてやると言わんばかりの言い方をされたのだ。
身体を差し出す見返りの安泰か……。
こいつに身体を弄られるなんてまっぴらごめんだ。
二糖に言い返す。
「この胸ですが、好きで望んでなったわけではありません。それに、性別だって朝起きたら変わってしまったんですよ?」
「それは知っているよ。だからこそ私に頼って欲しいのだよ?会社が、何なら一族が最高の治療を施しておくことを約束する。その見返りに土江君の身体を私が……」
「……診てあげるよ」
ゾクッと背筋が凍った。
やはり身体目当てで言ってきた。
それも俺に向かって。
ふざけるのも大概にしろ!
グッと耐えていた堪忍袋の緒が切れた瞬間でもあった。




