11:エルフ、会社に出勤する(2)
外に出ると、普段と変わらない街並みが広がっている。
スーツ姿の俺は普段と同じように歩く。
駅までの足取りも慣れたものだ。
エルフの身長が普段の俺の身長よりも高いこともあってか、少しだけ普段の光景が違って見える気がする。
幸い、ズボンや上着のサイズ等は問題なかったので、男物のスーツを身に着けても特に違和感なく着用できた。
……ただ、胸元がデカい故に、ネクタイの部分が飛び出しているように見えるぐらい大きいので、注目されてしまうかもしれない。
ブラジャーを着けていても大きいのが分かるので、これはもうしょうがないと割り切る。
ただ自らの意志で性転換をしたわけではない上に、男の身体ではあったはずの部位が無くなっているのも、正直言ってしんどい。
(やっぱ、変わってしまったのは俺の身体かぁ……まぁ、早々異世界に転生するような事態に陥ることはないだろうからねぇ……)
そう、無かったのだ。
男のシンボルが……無くなっていたんだ。
昨日はとにかくエルフで胸がデカい姿になっていることに驚いていたけど、それ以上に男には必要不可欠な部位があっさりと無くなってしまった事に愕然としたのだ。
これに意識して気が付いたのが警察署での身体検査をした時だった。
女性……それもエルフになった事を最初は半信半疑であった枝葉さんが、取り調べをする際に念の為身体検査をしておきましょうという事になって、検査をした際に自分のアレが無くなっていたことに気が付いた。
……そんなこともあってか、やはり歩き方も少し女性らしくなっている。
今後は女性として生きていくことになるかもしれない。
再び元の姿に戻れるという確証もないし、このままエルフとして一生を終えることになる可能性が高い。
故に、この姿に慣れるしかないのだ。
あまり気が進まないがセクハラ上司に説明した上で、当面は普段通りにしていくしかない。
さて、気持ちを切り替えていこう。
大学生活を終えて社会人になってから、平日はいつも駅まで徒歩で歩いて、そこから電車で20分程かけて都心のオフィスに向かう。
そんな日常生活をずっと繰り返していた。
エルフになってしまっても、日常生活をする上で出社することは大事なことだ。
とりあえず自分が女性……それもエルフになってしまった事。
これを丁寧に説明した上で、今後も仕事はとりあえず継続して勤務する旨を伝えなければならない。
(おまけに身体が変わって魔法が使えるだけでもかなりスゲェ事だからなぁ……まぁ、魔法が使えることは黙っておいたほうがいいかな)
そう、魔法が使えることを公言したらそれこそマズい事になりかねない。
現に、枝葉さんからも「魔法が使える事は周囲の人に当面の間伏せていてください」と念押しされた程だ。
昨日スーパーで強盗団を物理的に撃退したことが大きな要因だろう。
昨日の事件がネットニュースで記事になっており、強盗団に対して『同時多発的にスーパー内の水道設備が故障した影響で水が放出され、強盗が怯んでいる隙を見計らって周囲にいた人々が取り押さえた』という内容になっている。
警察も、今回の事件関してスーパー内にいた人達に緘口令を引いたようだ。
目撃者にも一律でお金を支払って、今回の一件が偶発的な状況によって発生した案件であるという事にしたいようだ。
それだけに、俺も昨日みたいな派手な事は出来ないというわけだ。
さて、通勤時間帯ということもあり、最寄り駅は混雑している。
バスや自転車を使って駅に来た人達と一緒になって駅構内に向かう人達に俺は混じる。
スーツ姿のサラリーマンや、制服を身に着けた学生たちと共に駅構内に入る。
駅に入るまではそれ程気にしていなかったが、駅構内に入ると周囲の空気が少し変わった。
「ねぇ、あの人スゴイよね……」
「ホント、美人だし背が高いし……あの耳ってエルフみたい」
「外国の人かな……なんだかスゴイよね」
「まるでファンタジーゲームから飛び出してきた感じだね~」
そう、かなりの人が俺に視線を向けている。
答えは簡単だ。
サラリーマンや学生集団の中に、エルフが混じっているとどういう反応のされるのだろうか?
割と視線が集まってくるのだ。
駅に着いてから、電車を待ってホームで並んでいるだけでも、周囲の人の視線が気になる。
女子高生や女性に関しては顔を……それでもって健全な男子やサラリーマンの人達は顔だけではなくて胸元に向けて視線を移している。
バッタリと目線が合ってしまった男子高校生に至っては、顔を真っ赤にして慌ててズボンを抑えるようにして視線を逸らしている。
うむ、しょうがない。
ただでさえエルフの格好で目立つのに、更に胸がデカいんだからもうこれは目立ってくださいと言わんばかりに目立つ。
どうしようもないぐらいに周囲から見たら「なんかすごい人がいるな」という認識がされているに違いない。
ホームの上に設置されているスピーカーから、列車が到着することを知らせるアナウンスが流れてきた。
『間もなく、1番線に電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側までお入りください』
さて、これから会社だ。
これから乗り込む列車はまさに高難易度ダンジョンに挑む気持ちで乗らなければならない。
呼吸を整えてから、ドアが開くと同時に人波に飲まれながらも電車に乗り込み、会社に向かっていくのであった。




