1:俺、エルフになる
☆ ☆ ☆
「あれ……なんか変だな」
午前7時……いつも通りに朝起きた後、俺は身体に違和感を覚えた。
普段なら苦しくも何ともないはずなのに、妙に身体が暑い上に、胸の辺りが引っ張られているような感覚に陥っているのだ。
胸焼けか?
それとも飲みすぎて胃腸をやられたか?
うん……昨日酒を飲み過ぎたのが原因か?
おまけに頭が少しズキズキするし……起きた直後は二日酔いで頭が回っていないんじゃないかと思った。
だが、胸のあたりに触れた途端にその違和感はより一層激しくなる。
――ボイン……。
ん?今、胸が揺れなかったか?
意識をした事は無かったが、胸のあたりに何やら二つほど風船を詰めたものをぶら下げているような気がするんだ。
胸のあたりに右手を当ててみると、確かに自分の胸が大きくなっているようだ。
妙に柔らかくて……シリコンみたいなブヨブヨ感ではなく、しっかりと掴むと程よい脂肪を揉んでいるみたいだ……。
うん、明らかにおかしい。
俺は男だし、性転換手術を行った事はない。
これが夢であったとしても、ここまで自分の膨らんだ胸の感覚がリアルに伝わる事ってあるのか?
(ははは……きっと夢だ。そうに違いない)
そうだ、いくらなんでも昨日酒を飲んで眠った男が、今日になって急に女性の身体になるなんてことはない。
(全く、バカバカしい。俺は二度寝するぞ……せっかくの休みなんだから)
これはきっと疲れているからに違いない。
俺はベッドに包まって、二度寝をすることにした。
どっちにしろ、今日は休みだ。
遠慮なく眠ることが許された貴重な日なんだ。
平日は毎朝8時に出勤して、夜11時に帰宅する……。
なんてことは無い、限りなく黒に近いグレーな企業で働いているからな。
そうした普段の疲れが一気に噴き出してしまっただけかもしれない。
再び目を瞑り、俺は寝る事にした。
― 3時間後 ―
再び目が覚めた。
時刻はデジタル時計の表示で「10:17」と映っている。
さっき起きた時みたいな頭痛や胸の違和感も無くなったような気がする。
……やはりあの胸が膨らむ感覚は幻だったのだろう。
そう思って右手を胸の部分に触れる。
――ボイン……。
訂正、夢であってほしかったけど夢じゃなかった。
パジャマの上から触っても分かる。
今度は意識がはっきりとしているので間違いない。
これ、女性の胸だ。
柔らかくて弾力があって……それでいて、シリコンのようなぷよぷよではなくてずっしりとくる肉厚。
妄想したり、想像したりこそすれど、実物なんて一切触ったことがない俺でも理解してしまう。
自分の胸が膨らんでそんでもって谷間が出来るまでに成長している姿を真上から見ているんだ。
間違いない……これはちゃんとした女性の胸だった……。
それとも専門用語で乳房と言ったほうがいいか?
いや、胸でいいや。
一々乳房というのは面倒くさい。
それにしても、これは明らかにボインボインのデカい胸だ。
身体を動かすたびに、胸が葡萄のように揺れている。
――たゆん、たゆん……。
こんなにずっしりと弾力を感じる上に、揺れる度に胸の辺りが引っ張られている感じがする。
最近はテレビCMでも公共交通機関の広告でも、胸の谷間がデカいというだけでアホみてぇなクレーマーのせいで公開中止になったりする息苦しい時代に立ち向かうようなデカさだ。
何処かで『ご立派ァッ!』という声が聞こえてきそうだ。
(……このデカさは間違いなくヤベェ……Eカップは……いや、それより今の俺の姿どうなっているんだ?か、鏡で確認しなきゃ……)
一番気になっているのは胸の大きさもさることながら、俺の顔がどうなっているのかが気になる。
こんなにパジャマを着ているだけでも、起き上がる際に胸が重くてずっしりと弾ませて動いている。
もう、色々と自分の脳みそが理解に追いついていない。
追い打ちをかけたくはないが、もし何らかの理由で女性に性転換してしまっているのであれば、顔も大きく変わっているはずだ。
そう思い、ベッドから歩いて30歩ほど先にあるユニットバスにある洗面台の鏡を覗き込んだ。
「……なにこれ、嘘だよな?」
洗面台の鏡の前で俺は愕然とした。
夢でもなければ、妄想でもない。
思わず口に出してしまった自分の声が完全に女性だった。
「えっ、えっ……本当に声も変わっているし、これが今の俺の姿なのか?」
色っぽい声で催眠音声として採用されそうな良い声なのもさることながら……。
今……鏡の前にいるのは、ファンタジーゲームから飛び出してきたかのようなエルフの美女だった。
長い耳に日焼けをしたような褐色肌、背中に届く程の長い白銀色の髪の毛……そして極めつけは凛々しくて綺麗な顔をしている。
(これが今の俺の姿……すっごい美人だな……)
まるでゲームの世界から飛び出してきたかのような姿をしている。
これが自分の身体だなんて想像もつかない程に、鏡の前に映るエルフとなった自分の姿に思わず見とれてしまう。
そっと顔の頬を触る。
――ぷにっ。ぷにっ。
頬はぷにぷにしていて、モチモチ肌だ。
うん、美容に気を付けている感じの肌だね。
一通り、自分の姿を確認してからこれからどうするか考えるべく、一旦洗面台を後にしてソファーに腰掛けることにした。
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