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待っていたまさかの人物に驚いていると、向こうが先に口を開いた。
「不躾な呼び出しに応じてくれてありがとうございます、冴島先輩」
発言からして、やはり彼女が手紙の差出人らしい。
「えっと、白石さん……だったよね。手紙をくれたのは白石さんってことでいいのかな?」
「そうですよー、先輩の下駄箱にラブレター風の手紙を仕込んだのは私、白石紅葉ちゃんです!ドキッとしました?」
昨日は気づかなかったが、自分の名前をちゃんづけしたり、ほぼ接点のない相手に冗談めかしたことをいってくるあたり絶対変わった子だ……。
どういうリアクションを返せばいいのかわからないのでとりあえず笑っておくことにする。
「ちょっと先輩、人が精いっぱいお茶目してるっていうのにすっごい引き攣った苦笑い!それ結構傷つくんですけど!?」
僕のリアクションは落第だったらしく、可愛らしく怒ってみせる白石さん。ひいぃ……グイグイくるぅ……。
このままだとずっと彼女のペースに乗せられそうなので手早く本題へ入ることに。
「それで、どんなご用件だったかな?」
「つれないですね先輩。可愛い女の子と放課後二人きりっていうシチュエーション、もっとドキドキワクワクしましょうよ」
「それならもうちょっとそういう雰囲気を演出してほしいかなあ……」
自分のことを躊躇いなく可愛いって言い切れるのすごいなあ。
いや、実際その通りなんだけど。
ちなみに挙動不審にならないよう必死に意識してるだけで、ドキドキはしてる。
人と話すことが苦手なのと、相手の得体が知れないってのが理由の大部分を占めてるけど。
「ま、それは今後の課題とさせていただきます。今日先輩を呼び出したのはですね、実はお願いがあるからなんですよ」
「お願い?」
僕と彼女はお願いをしたりきいたりするほど親しくはないし、そもそも僕ごときに叶えられる願いなんて基本的にないのだけども。
「そうです、お願いです。冴島先輩、私の勉強をみてくれませんか?」
「……え?」
「聞こえませんでしたか?私に勉強を教えてほしいんです」
「いや、ちゃんと聞こえてはいるんだけどね」
聞こえてはいるけど、理解ができなかっただけだ。だって、どう考えてもおかしいだろう。
「……なんで?」
「そりゃあ成績を上げたいからですけど?」
何を当たり前なことをという顔をする白石さん。違う、そういうことじゃない。
「どうしてそれを僕に?」
「それはもちろん、昨日の冴島先輩の教え方がすごくわかりやすかったからですよ」
もちろん……と言われるほど当然とは思えないけれど、僕と彼女の接点はそこしかないし、そういう答えになるのだろうか。にしてもだ。
「それだけで普通ほぼ初対面の先輩に教えてもらおうってなるかなあ……」
それも異性のだ。僕だったら絶対気後れするし、そもそも頼もうとも思わない。
「そんな無茶なお願いをするくらい先輩の教え方が美味かったんです!先輩すごい!」
「えぇ……」
自分なりにベストは尽くしたつもりだが、そこまで評価されるものではないと思う。
白石さんはさっきから人好きしそうな笑みを浮かべているが、そのせいで感情が全く伺えない。
さすがに彼女が言ってることが本当だとは思わないが、対人コミュニケーション力クソ雑魚な僕に真意がわかるわけでもなかった。
いったい彼女は何を思ってこんなことを言っているのか……そんなことを考えて、はたと思い直す。彼女の真意なんて別にどうでもいいじゃないかと。
彼女が本当に僕に勉強を教えてほしいと思っていたとしても、それ以外に意図があったとしても、僕の答えは決まっている。
「それで、どうですか先輩?私のお願い、聞いてくれますか?」
それはもちろん――
「お断りします」
「えぇ!?なんでですかー!」
驚愕の表情を浮かべる白石さん。
いや、なんでって言われても、ねぇ……。
「僕は白石さんの成績に責任もてないから」
「だって怪しいし」という一番の本音はさすがに胸のうちにとどめておいた。
今言ったことも本音なので嘘はついていない。
「そんな大仰に考えなくてもいいんですけど……。こんなに可愛い女の子に勉強教えられるんですよ?役得ですよ?」
可愛い女の子相手に勉強を教えるってのは、緊張とぼろ出す可能性を考慮すると差し引きでマイナス査定なんだよなあ。
「役得かもしれないけど、それに報いる自信がないんだよ」
「むー……」
相手をなるべく立てる感じで断ったつもりだったけど、白石さんは不満そうに唇を尖らせた。あざとい。
「成績上げたいならちゃんと塾とかに通った方がいいと思うよ。プロがお金に見合った責任を果たしてくれるんだから」
「私は冴島先輩に教えてもらいたいんです……」
拗ねたようにそんなことを言う白石さん。
どうして白石さんは僕に拘るのだろう。
百歩譲って僕の教え方が本当に白石さんにとってわかりやすいものだったとしても、一度断られてなお食い下がるほどだろうか。
先程は彼女の真意などどうでもいいと切って捨てたが、こうも自分に拘られると少し気になってくる。
「えっと、どうしてそこまで僕拘るのかな?僕の教え方がわかりやすかったって言ってくれるのは光栄なんだけど、正直僕に固執する必要はないと思うんだ」
「それは……」
白石さんは言い淀んで顔を伏せる。
時間としては大したことないが会話の空白としては長いだろう間を置いて、彼女は顔をあげた。
「先輩のこと……かっこいいと思ったんです。だから、先輩に教えてもらいたいんです」
先ほどまでの様子から一転してもじもじと、しおらしい感じでそんなことを言う白石さん。
視線はあちらこちらを彷徨っていて、頬も赤く染まっている。
「え、う、あ……?」
まさかの理由に動揺し、母音しか発せなくなった僕に彼女はさらに畳みかけてきた。
「だから、先輩じゃなきゃダメなんです!納得していただけましたか!?ラブレターっていうのも、案外、冗談じゃ、なかったり……?」
顔をさらに赤くして自棄になったようにそう告げられて、ようやく停止していた思考が動き始める。
つまり、先日の交流授業で僕に憧れを抱いて、接点を持つために勉強を教えてほしいという建前を用意した、ということ……?あまりにも自惚れた感想に自嘲したくなるが、目の前の現実はそれを許さない。
きゅっと、心臓が掴まれたような感覚がした。
「ねぇ、先輩、ほんとにダメですか?」
熱っぽい瞳が、震えた声が、鼓動を加速させていく。
上目遣いに迫る白石さんは魅力的で、僕の人生でこんな機会はもう二度とないだろうと思う。
それなら、僕が返す返事は1つしかない。
「やっぱり僕にはできません、ごめんなさい!」
千載一遇の機会を不意にするなんて勿体ないという気持ちはある。
だけどそんな気持ちよりも、自分に好意を向けてくれた人に幻滅されることの方がはるかに怖かった。




