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「ただいまぁ……」


 詳しいことはまた明日に連絡するとのことで、化学準備室から解放された僕は、ようやく愛しの自宅へ帰ってきた。

 現在時刻は18時過ぎ。いつもよりだいぶ遅い帰宅だ。


「お兄ちゃんおかえりー」


 そう言いながら僕を迎えてくれたのは妹の瑠璃(るり)。年は1つ下で、現在中学3年生。

 年が近い兄弟は喧嘩しがちなんて聞くけど、僕と妹はこうして出迎えてもらえる程度には仲がいい。


「ただいま、瑠璃。今日は帰りが早かったんだね。部活は?」

「点検だかなんだかで体育館が使えなかったからなかった。大会も近いから練習したかったのにー!」

「ありゃ。まあ、その分明日いっぱい練習すればいいんじゃないかな」


 瑠璃はバレー部に所属していて、僕と比べるとかなりアクティブな方だ。

 同じ家庭環境で育っても性格が似るとは限らないらしい。妹の社交性が僕にもあればと何度思ったことか。


「逆にお兄ちゃんはいつもより帰り遅いよね?なにかあったの?」

「ちょっと放課後先生に呼び出されてね……なんか、中学生相手に勉強教えることになった」

「え、なになにどういうこと」


 瑠璃に事の顛末をざっくりと説明する。


「へぇ、中高一貫校だとそういうのもあるんだね……お兄ちゃんにはぴったりじゃん」

「それ本気で言ってる?それとも煽ってる?」

「なんで煽ってるって発想がでてくるのさ……。本気だよ。お兄ちゃんが勉強みてくれる時いつもわかりやすいし、ばっちりな人選だと思うよ私は」

「そういってくれるのはありがたいんだけどね……。瑠璃に教えるのと初対面の子に教えるのはまた勝手が違うだろうし、不安は尽きないんだよなぁ……」

「お兄ちゃんならきっとできる!でもどうしても不安だったら、予行練習として後で私に勉強を教えてくれてもいいよ」


 家族に教えるのとは勝手が違うと言ったばかりなのに、しれっとそう言ってのける瑠璃は強かだと思う。

 とはいえ、断る理由もない。


「了解。あとでそっちが都合いい時間に声かけてよ」

「うん!ありがとね、お兄ちゃん」


 嬉しそうに笑う妹。

 受験も控えているし、気合を入れて勉強をみてやらねばと思いながら自分の部屋に向かう。

 日課の筋トレをすましたら、すぐにお風呂場へ。

 コンタクトレンズを外し、整髪料を落とすとようやく等身大の自分に戻れた感じがする。


 さっぱりした気持ちでリビングに顔を出すと、妹がちょうど夕食の用意をしてるところだった。


「夕飯準備してくれてたんだ。ありがとね」

「いつもはお兄ちゃんがやってくれてるし、早く帰ってきた日くらいはね」


 うちは両親共働きであり、ともに帰りが19時から20時とわりと遅めなので、早く帰ってきた人が夕食の準備をするようにしている。

 冴島家の長男――兄が実家にいた時は作ってくれることも多かったのだけど、今は他所の大学に通うために一人暮らしをしているので、普段は帰宅部で帰りが早い僕が夕食を作ることが多い。


「今日のメニューは何でしょう?」

「今日はカルボナーラです。ソースは作ったからお母さんたち帰ってきたら麺ゆでてベーコンと和えたら完成だよ」

「おー楽しみだ」

「濃厚にできたから期待していいよ!……それにしても」

「……?」


 言葉を途中で切ってこちらをじっと見てくる瑠璃。その意図がわからないので首をかしげてみる。


「いや、お風呂入る前と後でやっぱ全然違うなって思って」

「あ、そういうこと」

「いつもなら私が帰ってくるころにはお兄ちゃんの余所行きモード解けてるからさ。ビフォーアフターみれるのちょっとレアかも」

「ビフォーアフターねえ……。アフターの方がグレード下がってる感じするんだけどどう?」

「まーカッコよさとかそういうのは確実に落ちてるよね。クールぽい見た目だったのが一気に陰キャメガネって感じになるの、逆にすごいと思う」

「自分でも自覚はあるけどそんなバッサリ言う?」


 僕が愛用している太い黒ぶちのメガネは、僕以外からダサいと評判である。

 長く使っていもので愛着もあるし、武骨なデザインもシンプルでいいと思うのだけど誰も共感してくれない。


「いや、だってそのメガネお兄ちゃんの顔に致命的に合ってないし。なんでよりにもよってそれを気に入っちゃったの?」

「ぐう……容赦ないね……いいじゃん、家の中でくらい好きなもの使ったって……」


 ガチトーンでの指摘にちょっとへこんでしまう。

 そんな僕をみて思うところがあったのか瑠璃が焦り気味に付け加えた。


「い、いやでもほら!ダサいけどダサい故の親しみやすさみたいなのがあるというか!私としてはダサいお兄ちゃんのほうが付き合い長いわけだし、安心感あるよ!」

「フォローにみせかけた追撃だよそれ!ダサいって言葉の毒をそんなふわっとしたフォローで打ち消せると思うなよ!?」

「あははー……あ!お母さんたち帰ってきたみたいだよ!私出迎えに行ってくる!」


 都合よく響いた鍵の音を聞きつけて、ぱたぱたと玄関にかけていく瑠璃。逃げたな。

 このお礼は後で勉強を教える時にでもするとしよう。たまにはスパルタ教育も悪くないと思う。


 妹お手製の夕飯に舌鼓を打った僕は、いつもの5割増しくらいの厳しさで妹に勉強を叩き込んだ。

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