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「ありがとうございます、先輩。私も、先輩と一緒に過ごせてよかったですっ」
そう言って微笑む白石さんは、美少女を自称するのも納得の可愛さだった。
この笑顔がみれたなら、学年首席を死守した甲斐もあったというものだ。
白石さんに言ったことは全て事実だけど、白石さんの涙を見たあの日以降、今までにないほど勉強に打ち込んだのもまた事実だった。
火事場の馬鹿力とやらは僕にも搭載されていたらしい。
とまあ、そんなこと今はどうでもいい。
僕は今、非常に困っているのだ。僕が現在直面している問題、それは――
(え、この後どうしよう)
白石さんの負い目を解消する、という目的は達成できたと思う。
憧れの黒崎さんに勝ってしまったので、白石さん的には内心複雑かなと思っていたけれど、さっきの言葉と笑顔を見る限りそんなこともなさそうだ。
まさにハッピーエンド。それはとても喜ばしいことなのだけど……この後何言えばいいの?
勉強を教える教わるという僕と白石さんの関係は次のテストまでという約束だった。つまり、数日前には終わっている。
僕と白石さんが関わる理由はもうなくなってしまっているのだ。
それでも今日こうして白石さんの教室を訪れたのは白石さんの成績の確認&負い目の解消という目的があったからだけど、それもたった今達成してしまった。
すると不思議なもので、何を話せばいいのか途端にわからなくなってしまう。
え、こういう時どうすればいいの?
それじゃ、お疲れさまでしたーとかで解散しちゃうもんなの?それとも打ち上げとかしちゃってもいい感じ?
1か月間ともに勉強をした関係というのが、どれくらいの温度感なのかがわからない。
僕と白石さんの関係に一区切りがついてしまっただろう今この瞬間に、ふさわしい言葉が見つからない。
一体どうすればいいんだ……。ひとまず〆シメな感じの雰囲気でも作っておくか……?
「えーっと、白石さん。改めてなんだけど、この1か月間本当にありがとうね。楽しかったし、僕自身の勉強にもなったし、すごくいい時間を過ごさせてもらったよ」
「え、あ、はい。私も楽しかったですし、成績もこんなに上げてもらって。その、本当にありがとうございました」
「…………」
「…………」
うん、もうこれ以上は僕には無理だよ。解散だ解散!
白石さんとの関係が終わってしまうのは寂しいけど、いざとなれば連絡はいつでも取れるし。
ここは一度戦略的撤退を……。
「それじゃあ――」
そういって僕が自分の教室に戻ろうとすると、なぜか白石さんに服の裾をつかまれた。驚いて白石さんの方を見てみると、彼女もなぜか驚いたような顔をしている。
「えーと、白石さん……?」
「いえ、あの、そのですね。なんて言いますか、先輩、えっと……」
頬を赤らめ、言葉が出てこないと言った様子の白石さん。それでも、僕の服をつかむ力は弱めないままだ。
僕としてもそれを振りほどくなんて選択肢はなく、かといって何を言っていいかもわからない。
なんともむずがゆくて、どことなく甘さを感じる沈黙。
それを破ったのは、僕でも白石さんでもない第三者だった。
「あ、紅葉、こんなところにいた。あれ……冴島先輩も?」
「ひあっ!?さ、沙枝ちゃんっ!?」
「お、おお、こんにちは、灰田さん」
突如無表情系少女がインして、ラブコメチックな雰囲気が霧散する。
白石さんもいつのまにか僕の手を放していて……ちょっと名残惜しいなんて思ってしまった。
「さ、沙枝ちゃん。どうしたの?こんなところにいたってことは私に何か用だった?」
顔の赤さが抜けきらないまま、どこか慌てた様子の白石さん。
そんな様子を意に介した様子もなく、灰田さんはいつもの淡々とした調子で言った。
「ドラマの撮影をぼちぼち始めたいと思って。冴島先輩に連絡を取ってもらおうと思ってたんだけど手間が省けた」
「ドラマの……」
「……撮影?」
揃ってポカンとする僕と白石さんだったが、すぐにハッとする。
そういえば、この1か月使わせてもらっていた部室はただじゃなかったんだった。
いや、うん。忘れてたわけじゃないんですよ?ただちょっと最近怒涛の展開というかバタバタしてたから意識から薄れていただけでね?
「はあ……。別に忘れるのは構わないけど、踏み倒すのはダメ」
誤魔化すように笑ってみたけど、灰田さんにはお見通しだったらしい。
ジトりとした目で見られてとても気まずい。
「踏み倒そうなんて思ってないって。ちゃんと約束は果たすよ。夏休みに撮る感じ?」
「そのつもり。問題ない?」
わざわざ確認をとってくるのは、せっかくの長期休みを消費させることに対する申し訳なさからだろうか。
だとすれば、僕としては夏休みも白石さんに会える理由ができたわけだからむしろ――そんなことを考えながらちらりと白石さんに視線を向けると、ばっちり目が合ってしまった。なんとなく照れくさくて目を逸らしてしまう。
「二人とも、ラブコメするのはいいけど私のいない時にやってほしい」
「「してないから!!」」
妙に既視感のあるやり取り。
それを見た灰田さんは物凄くわかりづらい微笑を浮かべながら「雨降って地固まったようでなにより。それじゃ、あとは若い者同士でどうぞ」なんて言ってどこかへ行ってしまった。
残される僕と白石さん。灰田さん目、なんて空気にしてくれたんだ。
一体どうすれば――つい先ほどと同じ思考が頭をめぐったものの、今回はすんなりと答えが出た。
それはきっと、確証が持てずにいた僕と白石さんのこれからを、灰田さんが明確にしてくれたから。
これで僕たちの関係が終わってしまうわけじゃない。明日以降も、僕らは関わっていくことになるのだ。
だから特別な雰囲気や言葉なんて必要なくて、いつも通りの軽い調子で別れて大丈夫。
「あー、白石さん。ドラマの撮影とかあるみたいだし、夏休みも――これからもよろしくね?」
「!!はいっ!こちらこそよろしくお願いします!先輩、夏休みはたくさん遊びましょうねっ!」
白石さんの満面の笑みは、ひょっとして僕と同じことを考えていたんじゃないか、なんて勘違いしそうになってしまうくらい眩しかった。
成功しすぎた高校デビュー。
よかったなんて思えなかった僕だけど、それがこんな日々に繋がったのであれば、あながち悪くもなかったかも。
嬉しそうに笑う白石さんを見てそう思った。
読んでくださった方、本当にありがとうございました!




