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テスト結果を見た同級生たちからの過剰な持ち上げ、黒崎さんの宣戦布告という特殊イベントのせいでMPを大幅に消費した状態で迎えた帰りのHR。
学校から一分一秒でも早く離れたい僕は、諸連絡を聞き流しながら、一刻も早く帰らせてくれと心の中で念じまくっていた。
「ほかに連絡があるやつはいるかー?……よし、いないみたいだな。そんじゃあ今日はこれで終わりだ。皆気を付けて帰れってくれ」
担任の清水先生は、長々と話をしたりせず端的に連絡事項だけ伝えてくれる素敵な先生である。
よっしゃ終わった!こんなところにいられるか、僕は家に帰らせてもらうぞ!
「あ、そうだ。悪いんだが、冴島はこの後化学準備室に来てくれ」
今にも立ち上がろうとしていた僕の方を見ながら、清水先生が言った。……どうやら僕はまだ帰れないらしい。
「一体なんだっていうんだ……」
即帰宅が叶わなかったため、僕は不満たらたらな気持ちで化学準備室を目指していた。
化学準備室は四階にあるので、二階にある1年生の教室からはそこそこ遠い。
「呼び出されるようなことは何もしてないはずなんだけどなあ」
階段を上りながら、自分がなぜ呼び出されたのかを考える。
僕は周りが言うような超ハイスペック男子でこそないものの、素行には特に問題がないと思っている。なんてったって悪いことする度胸なんてないからね。
「冴島君、なんか表彰でもされるのかな?」なんて話してたクラスメイトもいたけれど、そんなはずもない。
こちとら部活にすら所属しておらず、表彰されるような実績など1つもないのだ。
というか、先生に呼び出された理由の第一候補が表彰って僕のイメージやっぱりおかしいよぉ……。
呼び出された理由には全く思い至らないまま、目的の化学準備室に到着。
先生からの呼び出しということで多少の緊張はあるが、それでも同級生との会話よりはマシだ。
扉をノックして声をかける。
「1年6組の冴島です。清水先生はいらっしゃいますか」
「おう、入っていいぞー」
ゆるい雰囲気の清水先生の声。深刻な用件ではないのかもしれない。
「失礼します」
許可をもらったので中に入る。
我が担任が根城としている化学準備室はたくさんのモノがあまり整頓されずに配置されていて、混沌とした雰囲気だった。
「わざわざ呼び出して悪かったな」
先生が申し訳なさそうな顔をするものだから、呼び出しに不満を覚えていたことに少し罪悪感を覚えてしまう。
そんな内心を誤魔化すために、さっさと本題へ切り込んだ。
「いえ、特に用事もありませんでしたし問題ありません。それで、ご用件はなんだったでしょうか……?」
「それなんだけどな。冴島、今度西鶴中の3年生たちの勉強をみてやってくれないか」
「え?」
話の内容が全く想像していなかったもので、思わず間抜けな声が出てしまった。
「えっと、その、いきなり言われても何が何やらで……」
「だよなあ。ま、それを説明するためにわざわざ来てもらったんだが。実はだな――」
先生の話をまとめるとこうだ。
西鶴高校と西鶴中学校では定期的に、高校の生徒が中学の生徒に勉強を教える"交流授業"という時間が設けられているらしい。
なんでも、せっかくの中高一貫校なんだしもっと中学と高校の交流を増やしてはどうかと数年前から始まった試みなのだとか。
そして、教えに行く生徒は成績上位者から選ばれるとのこと。
この取り組みの担当を半ば無理やり押し付けられたのだという先生のぼやきは申し訳ないけどスルーして、気になったことを質問する。
「それって黒板前に立って中学生の前で授業するとかそんな感じですか?」
大勢の前に立ってしゃべるとか絶対嫌だし、それなら御免被りたい。
「いやいや、そういうわけじゃない。流石に素人の生徒に授業はハードルが高すぎるからな。中学生にも、教えにいく高校生にもあらかじめ共通の課題を解いておいてもらって、中学生が複数人でつくった班に高校生を1人ずつつけて答え合わせと解説をしてもらうって感じだよ」
「なるほど……。あれ?でもそれだったらほかにも教えに行く生徒がいるはずですよね?どうして僕だけ呼び出しを……?」
「今回選ばれた生徒の中で、冴島が唯一外部生だからだな。内部生は教えられる側としての経験があるから大体の流れや雰囲気をわかっているだろうが、冴島はそうじゃないから軽く説明をしておこうと思ってな」
西鶴高校では西鶴中学校からエスカレーター式で進学してきた生徒のことを内部生、受験して外部から入学してきた生徒のことを外部生と呼ぶことが多い。
公式な呼称ではないし、生徒を区別するような単語を教師が使うのは若干の危うさを感じなくもないが、別に差別的なニュアンスを含んでいるわけではないし、分かりやすいからまあいいのだろう。
「そういう事情が……。お気遣いありがとうございます。というか、外部生で今回声がかかったの僕だけなんですね……」
つまり、内部進学者が成績上位のほとんどを占めているということだ。順位表の名前からうっすらとそんな気はしていたけれど、そこまで偏っているのかと少し驚いた。
でもそれも仕方がないことなのかもしれない。大学進学を見据え、中高6年間を前提とするカリキュラムに沿って教育を受けてきた内部生の方が成績優秀なのは、当然といえば当然のことだ。
「例年どうしても内部生の方が成績がよくなる傾向にあってなあ。だから冴島は本当にすごいと思うよ。今回のテストもあの黒崎を抑えて1位だしな。大したもんだ」
「あー、ありがとうございます……」
先生からみても、黒崎さんはあの黒崎さんなんだな。
自分の頑張りを認めてもらえるのは嬉しかったが、それによって起きている弊害を考えると素直に喜べないのが悲しい。
「っと、話が少し逸れたな。まあそういうわけでだ。冴島さえよければ是非ともお願いしたいんだが、どうだ?」
どうだ、と言われるとぶっちゃけ断りたい。
勉強を教えた経験なんて身内に対してしかないし、よく知りもしない中学生相手に勉強を教えられる自信はない。
仮に自信があったとしても、知らない人と話すのってしんどいし……。
でも、先生の頼みって実質命令みたいなものだしなあ……。
仕方がない感じで断れたらそれがベストなんだけど、どうにかならないだろうか。
「えっと、内部生じゃない僕がいったら中学生の皆さんは困惑しちゃいませんかね。誰だこいつ?って感じで。中学生の皆さんも、内部生の先輩から教えてもらうほうが嬉しいのでは」
一縷の望みをかけてそんなことを言ってみる。
「それは大丈夫だと思うぞ。別に西鶴中を卒業した生徒たちだって後輩全員と面識があるわけじゃないだろうしな」
希望なんてなかった。
そうなると、僕の返答は1つしかない。
「あはは……それもそうですね。じゃあ、はい、やらせていただきます……」
「おお!そうか、やってくれるか!ありがとな冴島!」
嬉しそうな清水先生とは対照的に、僕の顔には乾いた笑みが張り付いていたと思う。




