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「げっ、雨……」


 随分と生活に馴染んできた白石さんとの勉強会を終えた放課後。

 靴を履き替えていざ帰ろうと玄関を出たところで、ザァーッっという音が聞こえてきた。

 外を見てみると、ついさっきまで天気が良かったのが嘘だったように激しい雨が降ってきており、思わず顔をしかめてしまう。


「いきなり降ってきたねえ。しかもわりと本降りって感じだし……。時期的ににわか雨は仕方ないけど、これはちょっと困るなあ……」


 この雨じゃあ傘をさしても多少濡れるのは覚悟しなくてはならないだろう。

 靴がぐしょぐしょになるのを想像すると、テンションがかなり下がる。

 

 それは僕だけではなかったらしく、白石さんも嫌そうな顔をしていた。


「朝はあんなに晴れてたのに……私、傘持ってきてないんですけど!」


 そう言って頭を抱える白石さん。

 今朝はからりと晴れていたので、傘を持ってきていないのも仕方がないと思う。

 僕も折り畳み傘がなければ、同じように頭を抱えることになっていただろうな。


「親御さんに迎えに来てもらうとかは……?」

「うちの親、この時間帯だと帰ってきてるか怪しいんですよねえ……。一応、連絡は入れてみますけど……」


 どうやら親御さんを100%あてにすることはできないらしい。

 貸し傘なんて気の利いたシステムはうちの学校にないし、となると――


「帰りが同じ方向の友達の傘に入れてもらうとか」

「んー、無理ですかねー。友達っていうと沙枝ちゃんくらいですけど、先輩も知っての通りもう帰っちゃいましたし」

「あー……」


 そうだった。

 そもそも僕と白石さんがこうして一緒に玄関にいるのは灰田さんがいないからだ。

 普段であれば、部室の鍵を返しにいく灰田さんに白石さんがついていく形で、僕と白石さんは部室前で別れることになる。

 しかし今日は灰田さんがなにやら用事があったらしく、部室の鍵だけ僕らに託し、返却はよろしくと言って早々に帰ってしまった。


 そのため白石さんと二人で鍵を返しに行き、流れで一緒に玄関まで来たというのが今の状況。

 

 部員以外が鍵を返しに来たら不審に思われるのではないかとびくびくしていたもののそんなことはなく、すんなりと鍵の返却が終わりあとは帰るだけとなったところで大雨に見舞われてしまった。


「にわか雨みたいですし、すぐに止めばいいんですけど……」

「どうだろうねえ……雨脚はどんどん強くなっているように感じるけど……」


 雨は少しずつ勢いを増しているように見える。それに加え、すでに結構遅い時間だ。

 最近は日が長くなってきているとはいえ、白石さんは女の子だし帰りが遅くなりすぎるのはよくないかもしれない。


「あっ」

「どうしたんですか?先輩?」


 不意に声を上げた僕を小首をかしげて見上げてくる白石さん。

 瑠璃といい、こういうあざとい仕草をどこで習得してくるんだろうか。


「いやさ、ちょっと前に、午前中雨が降ってたけど夕方にはすっかり止んでた日があったよね」

「はい……?確かにありましたけど……」


 突然話を変えた僕に白石さんは戸惑っているけど、それをあえて無視して話し続ける。

 

「あの日、僕傘を持ってきてたんだけど、帰りが晴れてたもんだから教室に傘をそのまま置いて帰っちゃったのを思い出してさ。だから教室に戻れば傘あるじゃんって気づいたんだ」

「……え?あの、いや――」 

「というわけではい、この折り畳み傘使って。ちょっと小さいかもだけど、びしょびしょになるのは防げるはずだから」


 困惑気味な白石さんに、自分が持っていた折り畳み傘を少し強引に押し付ける。


「え、ちょ、先輩!?」

「僕は置き忘れてた傘取りに教室戻るからさ!これ以上雨がひどくなっても困るし、さっさと帰ったほうがいいと思うよ!」


 一息にそう言い切って、僕は後ろを振り返ることなく校舎の中に駆け込んだ。


「ぼちぼちいいかなー?」


 白石さんに傘を押し付けてから十五分ほどたった後、僕は再び玄関に戻ってきていた。

 そこにはすでに白石さんの姿はない。

 そのことにホッとしつつも空を見上げてどうしたものかと考える。

 僕の手には以前置き忘れていた傘が握られている――なんてことはなく手ぶらのままだ。

 とはいえ、傘がないと嘆く後輩を尻目に自分だけ意気揚々と折り畳み傘で帰るなんてわけにもいかないので、あの場の選択は間違ってはいなかっただろう。


「雨、また強くなってるし。白石さん、濡れてなきゃいいけど」

「私がどうしたんですかー?」

「ふあああああっ!?」


 不意に後ろから声をかけられて肩が跳ねる。なんならちょっと腰を抜かしそうだ。

 振り返ってみるとそこには笑いをこらえている白石さんがいた。


「ぷっ、くくっ、ふふふっ。先輩、ふわあああって、すごい情けない声っ、ふふっ、あはははははっ」


 訂正。全く笑いをこらえられていない白石さんがいた。

 どうやら僕のリアクションがたいそうお気に召したらしい。

 けらけらと笑う白石さんに抗議してやりたい気持ちもあったが、それよりも気になることがある。


「白石さん、なんで……」

「下駄箱の裏に隠れて先輩のこと待ってたからですけど」

「いや、なんでまだ帰ってないのって意味だったんだけど……」


 僕がそう言うと、白石さんは笑顔のままこちらの目をじっと見つめてきた。


「むしろなんでって聞きたいのは私の方なんですけどねー。先輩、教室に置いてたって傘はどこにあるんですか?」

「あー、それは、えー、ははは……」


 先ほどまでの楽しそうな笑顔とは違い、圧を感じる笑みをたたえた白石さんに僕は引き攣った笑いを返すしかできない。

 これは、うん、あれだね。ばれてるね。


「先輩、私に何か言うことは?」

「嘘ついてすみませんでした……」

「よろしい。……私に気を遣ってくれたのはわかってますし、その気持ちはうれしいですけど。つくならもうちょっと上手に嘘をついてください……」

「そんなにバレバレだったかな……?」

「そもそも、先輩が傘を置いたまま帰ったっていう日、私は先輩に会ってますし傘をちゃんと持ち帰ってたこともこの目で見てますからね?なんでそれでいけると思ったんですか」


 呆れた様子の白石さん。

 何日も前、他人が傘を持っていたかどうかなんて覚えていないだろうと僕は踏んでいたが、しっかり覚えていたらしい。

 なんなら、僕の嘘に気づいてもなお嘘に乗ってくれるかなとも思ってたんだけど……そうだよなぁ、白石さんいい子だし。冷静に考えてみればそれはないか。


 さて、それはそれとしてこれからどうしよう。


「一応聞くけど白石さん、その傘使って帰ってくれたりは……」

「それするならとっくに帰ってると思いません?」

「だよねぇ。先輩がせっかく強がってみせたんだからその顔を立ててくれてもいいと思うんだけど」

「逆に訊きますけど、先輩が私と同じ立場だったとしてそれできます?」


 それを言われると弱い。


「できないかなあ……。でも実際問題どうしようって感じなんだけど」

「んー、相合傘とか?」

「いやいやいや。いやいやいやいや。僕と白石さんの帰る方向って逆だし。いや、別に白石さんを送っていくのは全然構わないんだけど、そもそもこの折りたたみ傘じゃ小さすぎて2人とも濡れちゃうのが目に見えてるっていうか」


 しれっと提案された内容を、早口で拒否する。

 そんな僕を見て白石さんはけらけらと笑った。


「あははははっ、先輩、顔真っ赤!パッと見冷静キャラなのに、初心なのあざといですよねぇ。そんなに慌てなくても冗談ですよ。先輩の言う通りこの傘のサイズじゃ厳しいって私もわかってますし」

「あ、そう、だよね……冗談だよね……あはは」


 てんぱってしまった自分が恥ずかしくなる。そりゃそうだよね。

 年下にからかわれてあたふたしてるようなやつとの相合傘なんて、白石さんも嫌だろう。


「あ、お母さんが迎えに来てくれるって連絡が」


 穴があったら入りたい……なんて思っていると、白石さんがスマホを見ながらそう言った。

 ……どうやら二人とも無事に帰路につくことができそうだ。迎えはもうすぐに来るらしい。

 「先輩のお家まで乗せていきましょうか?」という提案を感謝しつつ辞退して、僕は彼女を見送ることにする。


 別れ際、いたずらっぽい表情を浮かべた白石さんが顔を寄せてきた。


「もし、次同じようなことがあったら……その時は、相合傘しましょうね」


 耳元で囁かれたその言葉にフリーズしてしまう。

 そんな僕を満足そうに見やって、迎えの車に乗り込む白石さん。

 僕は車の中から手を振ってくれる彼女に手を振り返しながら、その姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。

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