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掌返しは基本スキル

「あの先輩、怒りましたか……?」


 僕が長いこと黙っていたからか、不安そうに白石さんがこちらを窺ってきた。


「あの、先輩も努力してるだろうってことはわかるのに、こっちの方がいいなんて私簡単に言っちゃって……。やっぱり、気を悪くしましたよね……」


 なにやら勘違いしている様子の白石さん。これは大変よろしくない。


「いやいやいやいや違うんだよ白石さん。逆、逆!」

「逆、ですか……?」

「そう、逆。気を悪くしたなんてことは全然なくて……むしろうれしくすぎて黙っちゃってたんだよ。そんなこと言ってもらえると思ってなかったから。気を使わせてごめんね。今の僕の方がいいって言ってもらえて、本当にうれしかった。ありがとう」


 僕が心の底からの感謝を伝えると、それが伝わったのか白石さんは安心したように笑った。


「それならよかったです」


 いつものわざとらしい笑顔とは対照的にふわりと微笑む白石さんはとても魅力的で、僕は思わず見惚れてしまった。


「ふふっ、今なら先輩の好感度うなぎのぼりな感じしますし、勉強教えてほしいって言ったらOKされちゃいそうですね?」


 気まずそうな雰囲気はなくなり、すっかりいつもの様子に戻った白石さんがそんなことを言ってくる。声の様子から察するに、彼女は間違いなく冗談で言っているし、再び断られると思っているのだろう。

 でも残念。白石さんにすっかり絆されてしまった僕が返す答えは、昨日とはまったくの逆なんだ。


「いいよ」

「なーんて冗談ですよ。さすがに私も終わった話を蒸し返したりは…………えっ!?」

「勉強教えるくらいならかまわないよ」


 既に散々ダサいところを見せた後だ。今後僕が多少失敗しても大きく失望されることはないだろうし、僕自身が白石さんの力になりたいと思っている。

 自分が教えることで彼女の成績を上げられる自信はいまだにないけれど、やれることを尽くそうという覚悟はできた。


「いや、は、え?マジです?」


 自分で言っておきながらいざ了承されると戸惑った様子の白石さん。彼女には基本会話の主導権を握られていたので少しだけ気分がいい。


「……御覧の通り、僕はかっこよくもなければ話が弾む方でもないから、それでもいいならだけどね」

「いやさっきも言った通りそこは全然気にしないんですけど……。え、えー……」


 白石さんは散々迷うようなそぶりを見せた後、やがて意を決したようにこちらを見た。


「じゃあその、先輩、勉強、見てもらっていいですか……?」

「うん、承りました」


 こうして僕は、一度はふいにした白石さんのお願いを改めて了承することになった。


「じゃあその、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願します」


 その後は、白石さんが用事があるとかで今日のところは解散に。詳しい話はまた、と連絡先の交換だけして別れた。

 家族以外の異性と連絡先を交換したのは久しぶりのことだったので、ほんの少しだけドキドキした。




「おにーちゃーん!ちゃんとグッズと入場特典確保してきてくれた!?」


 その日の夜、部活の試合から帰ってきた瑠璃はシャワーを浴びるなりそんなことを言いながら僕の部屋に突撃してきた。


「ふふっ、どんだけ楽しみだったのさ。ちゃんと確保してきたよ」

「ありがとー、お兄ちゃん!……あれ?」

「どうしたの?もしかして、なんか買い忘れとかあった……?」


 今日の戦利品を確認しながら、こちらを怪訝そうな目で見てくる瑠璃。

 もしや何か買い漏らしでもあったかと不安になったけど、そうではないらしい。


「いや、そうじゃないんだけどさ。お兄ちゃんなんか今日機嫌いいね?」

「え、そうかな」

「うん絶対そう!いつもより表情が絶対柔らかいし声も優しい!」


 僕はあまり意識していなかったけど、瑠璃がそう言うのならそうなのかもしれない。


「映画そんなに面白かったの?」

「あー、うん、そうだね。正直めちゃくちゃ面白かったよ。特にハヅキとマフユの絆の深さがわかるラストシーンがね――」


 僕の機嫌がいいのだとしたら映画を見た後の出来事が原因なんだろうけど、それを言うのは気恥ずかしかったので映画が面白かったからということにする。実際すごくおもしろかったし完全に嘘というわけでもない。

 すると、瑠璃は両手で耳を塞いで首を振った。


「まってお兄ちゃん!?ネタバレはだめだよネタバレは!私も明日見に行くんだから感想語るなら明日にして!」

「あ、ごめん」


 オタクの端くれとして、ネタバレは恥ずべき行為だ。


「でもよかったぁ」


 瑠璃に悪いことをしてしまったなと思っていると、瑠璃がホッとしたようにそう言った。


「よかったって何がさ」

「お兄ちゃんが楽しそうにしてるのがだよ」

「え、僕そんな風に思われるレベルで楽しそうじゃなかったの……?」

「だってお兄ちゃんここ数年ずっと気を張ってるっていうか無理してる感じだったじゃん」

「それは……そうかもしれない」


 中学生の時は自分を変えるため、高校に入ってからは自分を取り繕うために必死だったのは確かだ。


「中学生のころはともかくさ、高校生になったらもうちょっと余裕ができるかなって思ってたのにお兄ちゃん全然変わらないし。学校から帰ってきた後もお休みの日もいっつも難しい顔して勉強ばっかりしてるんだからそりゃあ妹としては心配にもなるよ」

「……申し訳ない」


 どうやら思っていた以上に妹には心配をかけてしまっていたらしい。


「でも今日はちゃんと息抜きできたみたいだから安心したよ!頑張るのも大事だけどたまには肩の力抜かないとだからね」


 もしかしなくても瑠璃は僕を気遣って、僕が映画を見に行くよう仕向けたのだろう。今日あったことは全部そのおかげだと思うと瑠璃には感謝しかない。


「ありがとね、瑠璃。おかげで今日はすごくいい一日になったよ」

「えへへ、どういたしましてっ!」


 僕が素直に礼を言うと、瑠璃は少し照れたように笑った。

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