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 白石さんに連れられるまま入った喫茶店にて、僕は非常に気まずい思いをしていた。


 だってそれはそうだろう。昨日頼みをばっさりと断ったばかりの相手と2人きり。

 ついでに言いうなら、自分のことをかっこいいと言ってくれた相手にクソダサい恰好と挙動不審な振る舞いを晒したわけだ。

 気まずくないわけがない。いろんな感情がぐるぐると渦を巻いて、とにかくいたたまれなかった。

 

「いやー、まさか昨日の今日で偶然出会うなんて、運命的なものを感じますね?」

「そ、そうかもしれないね……僕もびっくりだよ、はは……」

 

 そんな僕の内心を知ってか知らずか、いたずらっぽい表情でからかうようなことを言ってくる白石さん。

 昨日の出来事を掠めるようなその物言いに心臓が大きく跳ねた。

 白石さんが昨日の件をどう思っているのか気になったけれど、そんなことを尋ねようものなら藪から蛇がこんにちはしてくるのは間違いないので、僕は彼女の言葉に相槌を打つほかない。

 幸いにも、この件についてそれ以上話題が広がることはなかった。

 

「先輩は、今日は何しにここに来たんですか?」


 残機1の状態で最終ステージに来てしまったような心持で、早くお開き(ゲームクリア)になってくれと祈りながら雑談をしていると、そんなことを尋ねられた。

 状況を考えるといたって妥当な話題。

 ただ、この先の展開がみえてしまった僕は何とかその未来を変えようと脳をフル回転させる。しかし、ここでパッと機転が利くようならもう少し僕は要領よく生きているはずでして……。

 つまりは、ありのままを言うしかできなかった。


「ちょっと映画を見てたんだよ……」


 別にここで「あ、そうなんですね」で次の話題へ移ってくれたら特に言うことはないんだけど、こんなことを言ったら当然……


「へえ、映画ですか。いいですね!何見たんですか?」


 はい、こうなりますよねー。

 オタクな同志諸君には怒られてしまいそうだが、僕はアニメが好きと口にすることに気恥ずかしさを感じてしまうタイプだ。

 これが海賊王になったり鬼を滅したりするような作品だったらそんなに抵抗なく口にできたかもしれないけれど、ゴリゴリの美少女アニメだからなぁ……。

 妹に頼まれてきたことを言ってもいいけど、「うわ……こいつ、美少女アニメ見てるのバレるのが恥ずかしいからって家族を言い訳にするんだ……ダッサw」とか思われたらなおさら死にたくなるし、僕もノリノリで楽しんでたからそれはしたくない……。

 ごめんよ『みーてぃあず!』……。胸を張ってキミのことが好きだと言えない弱い僕を許してくれ……。


「えっと、『みーてぃあず!』ってアニメなんだけど知ってる……?」

「あー、名前は聞いたことがある気がします。なんか、女の子がたくさん出てくるやつですよね」

「あ、はい、そうです」


 思わずまた敬語になってしまった。

 女の子がたくさん出てくるやつという身も蓋もない言い方にさらに気恥ずかしさが増したが、白石さんは特にそれに関してどうこう思った様子はないようだった。


「なんというか、先輩がそういうのを見るってのはちょっと意外……です、ね……?」


 言葉尻がしぼんでいったのは、学校にいる時の僕と今ここにいる僕の印象に開きがあるからだろう。

 今の僕はいかにもアニメとか好きそうな陰キャだもんね仕方ないね(全国のアニメ好きの皆さんほんとごめんなさい)。


「というか先輩さっきから気になってること、聞いてもいいですか?」


 真剣な様子でそんなことを言う白石さん。

 彼女が聞きたい内容の予想がつくので、思わず身構えてしまう。


「……どうぞ」


 前振りの段階ですでに縮こまっている僕を見て、白石さんは苦笑した。


「そんなにびくびくしないでくださいよ。というかその、そういうの含めて聞きたいことなんですけど、先輩、学校と今じゃ全然雰囲気違うじゃないですか。どっちが素です?」


 やっぱりそこは突っ込まれるよねぇ……。

 彼女からすれば今日の僕と昨日一昨日の僕は大きく違って見えるだろうからそりゃあ気になるだろう。


 白石さんはどっちが素なのかなんて尋ね方をしているが、答えはほとんど確信しているに違いない。

 僕も今更誤魔化せるとは思えなかった。


「どっちが素かっていうと今日の僕が素だよ……。学校にいる時の僕はちょっと……結構、背伸びしてるっていうか、見栄張ってる」


 半ば自棄気味に、自分が学校では取り繕っていることを告白した。


「あ、やっぱりそうなんですね」


 やはり白石さんはそれを予想していたらしい。あまり驚いた様子はなかった。

 そんな彼女を見て、申し訳ないという気持ちが湧いてくる。


「その、ごめんね」

「え、なんで急に謝られたんですか私」


 本当にわからないといった様子の白石さん。確かに説明が足りてないか。


「いや、僕の素ってこんなだからさ、幻滅させたでしょ……」


 昨日、白石さんは僕のことをかっこいいと言ってくれた。

 けど本当の僕がこんなダサくて情けないやつだと知って、さぞかし失望したに違いない。


「……?…………あっ。なるほど」


 彼女はしばらくキョトンとしていた後、どういうわけか申し訳なさそうな顔をした。

 

「その、先輩が謝ることは何もないです。幻滅とかも全くしていません。いやほんとに。むしろ私がごめんなさい」

「え、え?あ、はい、お気になさらず……?」


 なぜか僕と同じような表情をする白石さんに、おそらくズレているのであろう返事をして、再び沈黙が降りた。

 さっきよりもいたたまれなさが増したこの空間をどうしたものかと思っていると、とある疑問が浮かんだのでそれを尋ねてみることにした。


「……あの、白石さん。ちょっと聞いてもいいかな?」

「はい?なんですか?」

「その、妙な質問にはなっちゃうんだけどさ。その、白石さんはなんで僕が僕だってわかったの?いやほら、今の僕って白石さんの言う通り白石さんと学校で会ったときとは結構雰囲気違ってると思うんだけど、よく気づけたなって思ってさ。もしかして、意外とわかりやすかったりする……?」


 見栄という鎧を纏っていない状態の僕は妹が太鼓判を押す陰キャメガネであり、なんかよくわからん集団幻覚を見ているクラスメイトなんかに万一出会ってしまっても、僕とは結び付かないと考えていた。

 要は自分の冴えなさにはある程度自信があったからこそ、僕はろくに身だしなみも整えず外に出ているわけで。

 それがつい最近出会った白石さんにもバレバレだったとなれば、認識を改めなければならない。


「いや、別にわかりやすいとかそんなことはなくて、普通は気づかないと思いますよ。んー、強いて言うなら声、でしょうか」

「声……?」

「ですです。声でもしかしてって思って、名前を呼んでみたら反応したのでほぼ確信した感じです。見た目の印象はかなり違いますけど、そうかもって思って見てみたら一応同一人物ってことはわかりますし」

「なるほど……」


 まさかの決め手は声だったらしい。


「……もしかして、僕の声って変?」

「いや、声そのものが変とは言わないんですけど…なんて言えばいいんですかね。学校での先輩の話になるんですけど、見た目とギャップがあったので結構それが印象に残っていたというか」

「ギャップ?」

「失礼な話ですけど、初めて学校で先輩を見た時に真っ先に受けた印象は鋭さとか冷たさとかそういう感じだったんですよね。でも、実際に話してみた先輩は印象とは対照的に柔らかく喋る人だったので……それで印象に残ってました。あとは、昨日先輩とお話したばかりだったのも大きいと思います」

「おお……」


 こちらの問いかけに思ったよりもちゃんと答えてくれたことやその内容に驚いていると、白石さんがさらりと告げた。


「でも、今日の先輩を見てるとそんなに意外とは思わないです。メガネのせいなのか目つきの鋭さが和らいで見えますし、学校での鋭利な感じもいいですけど、こっちの先輩の方が親しみやすくていいじゃないですか」

「えっ」


 白石さんの告げた言葉に、一瞬、息が止まった。

 

 素の自分がろくでもないことなんて、他でもない僕自身が一番よくわかっている。

 本当の僕は醜くつまらない人間であり、そんな本性が他の人にバレてしまうことが何より怖い。

 

 だから偽って、繕って、着飾って。

 自ら施した虚飾の重さで潰されそうになりながら過ごす日々の中で、ふと考えてしまうことがあった。


 ――ありのままの自分を受け入れてもらえるようなことがあれば、きっと幸せなのだろうと。


 こんなことを思ってしまう自分は、やっぱりどうしようもない人間だ。

 素をさらけ出す勇気も持てないくせにそんなことを願うなんて、おこがましいにもほどがある。


 そう自嘲しながらもどうしても捨てることはできず、それどころか日に日に大きくなっていた願い。

 それがあまりに唐突に叶ったものだから、感極まってうっかり呼吸の仕方を忘れてしまうくらいは許してほしい。

 

 白石さんに僕を喜ばせようというつもりじゃなかっただろう。

 さらりとした口ぶりや、僕のリアクションにきょとんとしていることから、他意がないことはわかる。

 でもだからこそというべきか、彼女の言葉は僕の心の深い部分に突き刺さった。

 救われたような気持ちになってしまった。


 別に恋をしてしまったとか、そういうわけではないけれど。

 目の前の女の子のカテゴリーが得体の知れない後輩から恩人に変わってしまったあたり、どうやら僕は相当チョロいらしかった。

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