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死売人  作者: 童の簪
9/22

お嬢さん-4


 父は友人たちの活動を大いに喜んだ。


 もともと父の生活を切り詰める程、私の入院は負担だった。

 さらに手術にはもっとお金がかかる。難病の手術となれば父一人の収入だけでは到底足りないほど。


 現状を維持することは辛うじて出来る。しかし、年単位で続ければいずれ破綻が見えている。

 そんな状況で降って沸いた友人たちによる募金活動。


 父が喜ばない理由は無い。

 その活動を喜んで支援した。


 活動場所の選定、ボランティアの増員、SNSを通した宣伝活動。


 私は最初。一過性のブームのような物だと思い、下手に触るでもなく静観する立場を取った。

 悲劇のヒロインみたいな立場は心地悪いけれど、いずれ熱も冷めて適当なところで落ち着くだろうと思ったのだ。


 けれど彼らはそんな達観した思想など置いていく勢いで活動に打ち込んだ。


 大学生になり、テンションがハイになっているのか、抑圧された衝動が爆発するが如く、彼らの影響力は私の想像を大きく上回った。



 それまで、彼らが募金活動を始めようとも、成果が分かるのは通帳の数字だけだと思っていた。


 別段変わらない、いつも通りの入院生活で、いつも通りの浅い微睡、いつも通りにラジオの電源を入れた時。


 聞こえてきたのは友人らの声。


 番組を進行するパーソナリティの傍らで、ぎくしゃくと話す彼らは、誰に対して話しかけているか明確だった。

 いつか聞いた入院中の誰かに向けての応援などではなく、私個人に対するメッセージだ。


『もう非力な子供じゃない』


 あの時の言葉を、そっくりそのまま公共の電波を使って大声で言ってきているようだった。



 正直言うと。ちょっと舐めてた。

 どうせすぐ飽きるだろうと高をくくっていた。

 多少、父の負担が減る程度だと思っていた。



 ここに来て、私は初めて彼らの行動力が恐ろしいと思った。



 そこからの入院生活は目まぐるしく変わっていった。


 初対面の人が面会しに来たと思ったら、それが地元の新聞記者だったり。

 なにやらスーツ姿の人たちが院内で散見するようになったと思ったら、いきなりテレビ取材の申し出が来たり。

 とりあえず当たり障りなく対応していたら、来客の多さを理由に四人部屋から個室に移されたり。


 病気が悪化しそうな勢いだ。

 特に地方テレビとは言え初めて見る大型カメラとやたらふさふさするマイクを向けられた時は緊張で胃痛がした。


 どうしてこんなことに?


 簡単だ。募金活動していた友人らが人の目を引きすぎたのだ。


 『高校をギリギリで卒業できなかった難病の同級生を救うために、一足先に大学生や社会人になった友人らが一丸となって頑張っている』


 如何にも地方新聞記者が好きそうなネタだ。注目を集めているならなおさら、食いつかない訳がない。

 そして美談が好きな人々は挙って彼らを称賛し、支援し、拡散する。


 SNS、ラジオ、新聞、テレビ。多くのマスメディアに取り上げられたこの活動は、地元だけでなく全国に広がった。


 自然と、私への面会を希望する人も増えた。


 主に記者やテレビスタッフと言った取材陣。

 友人たちの面会ペースはそんなに変わらないのに、他の面会が多すぎて顔を合わせる機会が減ったと錯覚してしまう。


 私は必死に対応した。


 出来るだけ愛想よくそして弱弱しく、友人たちの努力を裏切らないために悲劇のヒロインを演じた。

 退院出来たら、多分私は役者になれる。



 そして話を聞きつけて面会を取り付ける人たちはまだ居た。

 全国から話を聞きつけた医療関係者の方々だ。


 わらわらと押し寄せたと思ったら症状について質問され、全て正直に答えたら、今度は病室内で議論を始めた。

 私の存在を忘れたように難しい単語を連発し激しく紛糾されると、一応ここが病室であることを抗議する気力も失せた。



 私の周りは絶えず状況が動き続けた。

 台風の目にでもなっている気分だ。きっと遠目で見ている人もそう見えている。特に面会者の対応をしている看護師の方々はさぞ迷惑していることだろう。


 最近、最低限しか顔を合わせてくれなくなった看護師さん達を見ると謝りたくなってくる。



 こんな状況がいつまで続くのか、そう思いを馳せた時、唐突に終わりの兆しを見せた。




 そろそろ学校は夏休みに入ろうか季節のその日、妙に慌ただしく父が病室を訪ねた。

 ここ最近、父の顔色は健康的な状態にまで戻り、友人たちの活動を知ってからはやたらと元気だ。あの時のいつ倒れるやもしれない顔とは似ても似つかない。


「麻衣! ようやく。ようやく治るんだね!」


 父は本当にうれしそうに言った。

 私は特に大きなリアクションもせず言った。


「そう、よかったね」


 この難病をどうにかする手術の目途が立ったことは知っていた。

 その手術を受けるための費用を賄って余りあるほどの募金が集められていることも知っていた。

 おしゃべりが好きな記者が病室の前で話していたのを聞いたからだ。


「明日には始められるらしい。完治までもうすぐだよ麻衣!」


「うん。ありがとう。皆にもお礼言わないとね」


「もちろんさ! 麻衣の友達のお陰だ。ほんと、いい友達を持ったね」


「うん」


 莫大な手術費用を集めて来た友人たちの活躍には驚かされた。

 たった一人のために行動を起こし、やり遂げた彼らは本当に良い友人なのだろう。


「退院したらやりたいことはあるかい?」


「ちゃんと高校卒業したい」


「あぁ、頑張ろうな。僕もサポートするよ」


「ラジオのパーソナリティになってみたい」


「大学か、専門学校があるのかな? 今度一緒に調べような」


 その日はもし退院出来たら、の話ばかりをした。

 父は終始前向きに意見を言い、手術に向けて励まそうとしていたのだと思う。


 どうあっても娘を優先して考える優しい父らしい。


 だから、父が帰った後、弱弱しい笑みばかりを浮かべていた自分が嫌になる。

 取材してくる記者の期待に応えるため、友人たちの活動の妨げにならないために身に着けた『病弱な笑み』の仮面。



 そう、私は期待に応えなくてはならない。



 友人たちの努力と時間のために。

 活動に協力してくれた見知らぬ人のために。

 台風の目になった私を治そうと勤務する医療従事者のために。


 色んな人達からお金を貰った。

 色んな人達に迷惑を被った。

 色んな人達の時間を削った。


 私が返せる物なんて何一つないのに。

 誰にも得なんて無いくせに。


 だから生きなければならない。

 明日の手術が成功しようが失敗しようが、生きて期待に応えなければ。


 そうしなければ————。



「こんばんわ」



 いつの間にか夜は更けていて、消灯した病室の僅かな非常灯の中に彼は居た。


 カラスのような燕尾服。

 目深に被ったシルクハット。

 妙に目立つ白い手袋。


 いつか会った時のように、不気味に不謹慎に、その都市伝説は立っていた。


「……死売人」


「はい。生を買い死を売り歩く商人、死売人でございます」


「何の用?」


 ナースコールに手を伸ばす。

 この病室は個室だ。周りには誰も居ないし大声だって締め切ってたら誰にも届かない。

 万が一にでも襲われたらたまった物じゃない。


「いえいえ。ただあいさつに、と」


「あいさつ?」


「この間会った"ただの"お嬢さんが、あれよあれよという間に有名人。そんな物語のような人生を歩んだ人に興味が無いというほど世に飽いてはいないのだよ」


「意外とミーハーなのね。てっきり営業しに来たのかと思った」


「一度きっぱり断られた人に押し売りはしないさ。ただ、私はもうこの辺りから離れるからね。私が見えて、存命のあなたには伝えておこうかと」 


「案外紳士なのね。噂を聞くと殺人鬼なのに」


「何度でも言うが、押し売りはしない主義だよ。これまでも、これからも変えるつもりはないね」


「嘘っぽい」


「売人を始めてから嘘を吐いたことはないのだがね……。やれやれ、どうせ私は悪役だよ」


 肩を竦め、苦笑の息を吐く彼は妙に人間臭かった。

 都市伝説として語られるのに、まるで変な格好をしたただの苦労人のような印象だ。


 一応、すぐさま危害を加えられることがないらしいので、ナースコールからは手を離した。


「間接的かもしれないけれど、人の命を奪う存在を良く言う人はいないと思うわ」


「ごもっともなご意見だね。まぁそんな悪役な私はこの辺からはお暇させていただくさ。手術の成功を、心から祈っておくよ。おっと、悪役から祈られるのは不謹慎かな?」


「本当に何しに来たのよ」


「興味本位以外何ものでもないよ。君の言う通り、私は結構ミーハーなのでね」


 そう言って彼は背を向けて、音を立てず廊下の扉を開けた。

 廊下の暗がりからこちらに振り向き、芝居がかったお辞儀を披露する。


「ではでは、またいずれお会いできることを」


「待って」


 彼の姿が完全に去ってしまう前に、私は引き留めた。


 この売人は危険な存在。そんなのはわかっている。


「なんだね?」




「ねぇ、死を売って」

次でお嬢さん編〆です。

切りどころ悪くてちょっと短めになるかもしれません。

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