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死売人  作者: 童の簪
3/22

少年-3


 将来。

 僕の未来。


 順調に、平均的に人生を消化していったとして、僕に与えられた生涯はおよそ七十年前後。

 この国の平均寿命からすれば、まだ二割程度しか生きていない。

 残りは八割。

 膨大な時間が僕の前に横たわっている。


 それなのに人生の大きなベクトルは学校時代で決まってしまう、と前に誰かがTVで言っていた。


 重要な時期だということは重々承知している。

 でも僕にはなりたいものが無い。

 好きなものに執着する熱が無い。


 そういう意味では里中の様に、近い将来だけでも目標があるのはやはり羨ましい。

 その結論に至るまでに、僕の様に悩んだかもしれないが、漠然ながらなりたい職を決められたのならば、その後はきっと生きやすいに違いない。


 僕は目を瞑り、漠然と広げられた数多の道を思い浮かべる。

 なろうと思えば、きっとなんにでも成れる可能性の道。

 けれどどの道も、その先はそれなりに険しい道のりが見えている。僕がその苦難を乗り越えてまで、先に辿り着きたいと思える未来はなんだろう。


 今、僕が見ているTV番組では、ある非営利組織の方が取材に答えている。国境なきなんちゃらというやつだ。

 人生の大半をその職に捧げ、余暇があれば全て、技術の研磨に使うような人らしい。

 僕はそんな生き方は出来ない。というかしたくない。何が楽しくて他人の幸せのために自分を削らなくちゃならないのか理解に苦しむ。


 けれど、画面に映るその人は、そんな僕をあざ笑うみたいに、終始楽し気な様子を見せ、苦悩する姿はカメラに映さなかった。


 多分、この人は強い人なのだと思う。

 僕は僕の未来で手一杯だけれど、この人は他人の未来のために自ら踏み台になることを選べる人だ。

 そういう強い意志を持っていれば、人生の苦楽なんて容易に飲み下せる。と、彼はそう言っているような気がした。


 逆に言えば、強い意志が無いのなら生きている価値がない。僕はそう捕えてしまいそうになる己の感受性を呪った。

 僕にこんな立派な人物を貶せる程に高尚な人間じゃない。思うだけ失礼だ。


 尊重はしよう。でも尊敬はできない。

 僕には理解できないだけで、そういう生き方もある。



 将来の事を延々と考えさせられていると、番組は終わっており、全国ニュースに切り替わっていた。

 ニュースが映したのはスクランブル交差点のライブカメラの映像だ。

 キャスターさんが何か言っているが、僕の頭に留まることなく右から左に流れていく。


 今日は平日だ。スクランブル交差点を歩くほとんどの男性はスーツ姿で、自分がTVに映っていることに気づかぬまま通り過ぎる。

 疲れたような、草臥れたような、諦めたような死んだ目で往来を行く彼らを見て思う。

 僕は将来こんな大人になって、こんな人生を歩くのだろうか。


 それは、なんか嫌だな。


 強い志なんて無いけれど、あんな目をして歩く未来は嫌だ。


 嫌ならどうしよう。

 ここは一つ、正攻法で大人に相談してみよう。

 差し当たっては。


「母さんはさぁ」


「んー?」


 ビールとつまみを傍らに、スマホの画面を懸命に指でなぞってる大人に聞いてみよう。


「高校の進路希望調査って何書いた?」


「就職」


「なんでまた」


「時代ねー。あたしたちの頃はまだ大学なんてほんとーに頭のいい人とお金持ちの人が行くとこだったの」


 参考にすらならなかった。

 そう考えると結構気軽に大学受験が出来るこの時代はなかなか恵まれていると言えなくもない。


 しかし、大学を出ていなければ給料が安いだの黒い企業しか行くとこがないだの言われている所を見ると、一概に喜んでも居られまい。……大学出てもまともな所が無いという意見もあるが、この際は棚に上げておく。


「なにー? あんた進路まだ決めてないの」


「ぜんぜん」


「あんたねぇ。もう二年生でしょ」


「まだ二年だよ」


「もう、でしょ。来年卒業じゃん。一年なんてあっと言う間よ」


「わかってるわかってる」


「あんたねー。やりたいことないの」


 やりたいこと。

 やりたいことねぇ。

 強いて言えば。


「偶に贅沢できるぐらいの不労所得でのんべんだらりと人生を消化していたい」


「ばかじゃない」


 食い気味に罵られた。

 僕もそう思う。

 けどそんな妄言を割と本気で言ったのはあなたの息子ですよ。罵倒にタイムラグが無さすぎやしないかい母よ。


「別にあんたが何して生きようがかまわないけどさ。今からそんな枯れた考えでどうすんの」


 至極真っ当なお考えです母君。



「僕は何したらいいんだろうね」



 陰気で不景気な情報ばかりを垂れ流すニュースを、聞くでもなく見るでもなく、ただ視線の行き場を作るためだけに付けている僕を、母は酒交じりの息を吐いて眺めてくる。


「あんた。何が楽しくて生きてんの」


「生きてるだけで楽しいよ」


 里中からもよく言われる事に、特に考えもせずいつも通りの返答をした。

 真面目に会話する気がないことをお互いが察し、僕の相談は終わった。



 ——逆に教えてほしい。僕は何を楽しみに生きればいい?



 浮かびかけた言葉は呑み込んだ。

 知ったことか、と一蹴されるのが目に見えている。


 聞くだけ無駄。


 僕はそう結論付け、この話題はもう誰にも話さないことに決めた。

 どうせ、似たような言葉しか返ってこない。







 進路希望調査には、一応進学と書いて出した。

 具体的な大学の名前は一切書いていないが、まだ二年の夏だ。考える時間は山ほどある。


 それに高校はもう少しで夏休みだ。

 どうせ悩むなら、学校の無い日に存分に悩めばいい。夏休みの予定なんて何も立ててないのだから。

 毎年恒例、だらだらと青くも赤くもない夏をエアコンの下で過ごすことだろう。


 朝も無く夜も無く、寝て起きて食って寝て。

 怠惰に自堕落に、死にも生きもしない楽な生活。


 そんな予定を里中に話していると、彼は呆れた風に言った。


「楽しいか? それ」


「さぁ? でも楽だよ」


「いや楽だろうけどさ。夏休み明けたらカビでも生えてそうな生活じゃん。それ」


「生えたことないけどね」


「生やして来たら食器用漂白剤ぶっかけてやる」


「せめて浴室用にしろよ」


「それでいいのか佐藤」


「臭そうだから嫌だよ」


 カビを生やすのも漂白剤かけられるのも。

 まぁしかし一理ある。確かに不健康そうな生活だ。年中そんな日常を送っていれば、そのうちカビどころか茸も生えてしまうだろう。

 さすがにそこまで行かない自信はあるが。


「ということで、佐藤よ。俺んち来ない?」


「どういうことだ里中よ」


「いや。料理でも教えてやろうかと」


「里中料理教室?」


「そ。魚のさばき方でも教えてやんよ」


「……」


 全く興味が無い。といえば嘘になる。

 しかしいつか家を出て自立するときに、自炊するスキルは有用だ。

 未加工の魚を入手する機会があるかと言われれば疑問だが、知っていて損にはならない。


「家で腐ってるよりゃいいだろ?」


 里中なりに気を使ってくれている、と思う。

 でも。


「お誘いのところ悪いけど、今年の夏はオープンキャンパスでも回るよ」


 進路希望調査書を提出した時、ご丁寧に担任教師が作って配布してくれた一枚のプリント。主だった大学のオープンキャンパス日程一覧をひらひらと揺らす。


「真面目かよ」


「まぁね」


 今、決めた。

 別に、里中の誘いに乗って彼の料理教室を受けるのも悪くないと思う。

 決して不快だったり余計なお世話だったり、なんて思ったわけじゃない。

 それはそれで楽しそうだとも思う。


 だから僕自身、逃げる言い訳をするように予定を差し入れたのはちょっとだけ驚いている。


 けれど、なんとなくわかっている。

 僕はなんだかんだ言いつつも焦っているんだ。


 二年の夏、まだ一年ある。

 一年あればやりたいことの一つや二つ決まるだろう。



 そんな考えで中学から今までなんの進歩もしていないことは僕自身が一番よく理解している。

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