死売人-7
「こんばんわ」
草木も眠る丑三つ時。
何もかもが息を顰め、何の気配も無いのに、何かが隠れてこちらを見ているような不気味さを持つ霊園。
その、とある一角。
誰も居ないと思ったそのお墓の前には、男性が一人佇んでいました。
誰かも知らずに声をかけてみると、その人物は一瞬の硬直の後勢いよく、懐中電灯の光ごと振り向いて来ました。
「っ……雪華?」
「雪華ですけれど、眩しいです」
「あ、すまない」
光に当てられた目をしばたたき、再び闇夜に目が慣れたところで私は彼を認知します。
「昨日振り、いえ。もう一昨日で振りでしょうか。奇遇ですね兄さん」
山月家の、意外と几帳面だった長男。私にとっての義理の兄は幽霊でも見るような目で見返してきました。
「お前、今何時だと思ってるんだ」
「午前二時ぐらいでしょうか? 季節が若干外れましたけれど、肝試しには良い時分ですね」
「肝試しに来たのか?」
僅かながら怒気が込められた声色。
近親者が死んだ方にはちょっと不謹慎でした。
「いいえ。深夜のお散歩です。足が自然とこちらを向いたものですから、立ち寄っただけです。肝試しの意図はありません」
「そうか。だが警察に見つかったら補導だぞ」
「ただ歩いているだけじゃ見つかりませんよ。そんな兄さんはこんな時間にお墓参りですか?」
深夜にお墓参り程不審な方はそうそういらっしゃらないと思いますけど。
「俺は、まぁ、いいんだ。もう、どうにもならないから」
暗がりで目を逸らす兄。
視線の先には養父の入っている山月家のお墓です。
「お悩みでしたら聞くだけ聞きますよ。何にもなりませんけれど」
せっかく来たので、そのお墓に手を合わせながら言うと、視界の外で小さく笑う気配がしました。
「何とかしてくれないのかよ」
「すみません。耳障りの良い言葉は苦手なものですので。それとも身勝手で無責任で向こう見ずなお言葉がご所望ですか?」
ちょっと先に聞いたことない怪しげな宗教の集会場がありますけれど、ご案内しましょうか?
すると兄は首を振り、口を開きます。
「じゃあ聞くだけ聞いてくれ」
「はい」
「俺さ。医者になったんだ」
「それはそれは、父と同じご職業ですね」
「まぁ、な。おかげでいろいろ引き継がなきゃいけなくなったわけだ」
兄は深々とため息を吐き、お墓の縁石に座り込みました。
墓石と、その前に居る私に背を向けて続けます。
「財産だのカルテだの書きかけの論文だの。そういう引き継いだ中にさ。父の受け持ってた患者もいたんだ。特に重篤な病気じゃない人だったんだけどさ。忌引きで休んで、喪主として駆け回ってる間に急変してさ、俺がようやく駆け付けた時に、ものすごく苦しそうな表情して死んだ」
兄の声は一段と力を失い、項垂れて私からは背中しか見えなくなります。
「慢心していたつもりは無かったんだけどさ。何回考えても過去の俺なら問題ないって言うだろうけどさ。お前ぐらいの歳の子を、あんな惨い表情で死なせちまった。死体なんて見慣れたと思ってたんだけどな。デスクに戻るとき思わず膝から崩れ落ちたよ」
乾いた息がまた霊園に響きます。
私の口からは慰めが出てきません。
先の言葉通り、私にどうにか出来るお話ではなく、そんな事を期待されて言っているわけでもないでしょう。
私は医者ではないですし、兄の苦悩を理解は出来ても共感はできません。
これは全て、どうにもならない過去のお話なのですから。
だから未来の話を振りましょう。
「お医者さん、辞めるんですか?」
そう聞くと、微かに頭が上がります。
しかし応えは無く、また頭を下げてしまいます。
独り言を言っているような気分になりながらも私は言葉を紡ぎます。
「私は医者という職業をほとんど知りませんけれど、医者になるまでも、なってからも気が休まらない大変忙しい職業なのは存じ上げています。そういう苦労と他人の命という重荷を背負ってなおも医者であり続ける方々には頭が上がりません」
最期まで医者であり続けた養父のお葬式には、だからあんなにも人が集まったのでしょう。
「その重荷はきっと想像を絶する苦痛でしょう。私ならば早々に降ろしてしまいますが」
想像で言っているので実際はどうか知りませんけどね。
「兄さんは、今まで積み上げて背負い込んできたものを、今ここで降ろしますか? それとも今後も頑張って持っていきますか? 例え、救助隊ですら目を背ける惨状の急患を目の前にしても、医者としての志を持ち続けられますか?」
医者と言うのは最も尊い職業の一つです。
彼らは多くの命に触れ、その後の人生を左右する知識を持っています。
故に彼らは数多の人生を背負わされる。
それを期待と捉えるか重荷と捉えるかは人それぞれではありますが、少なくとも私から見た兄は後者のように見えます。
養父はどちらだったのでしょうか。
「俺は、」
思考が逸れた時、兄は立ち上がって私を見据えて言いました。
「俺だったら、両方助ける。人を食った女だって、その中にいる未熟児だって助ける。後先なんて考えず、俺は全員を助けたい」
そういえば、兄の顔を正面からまともに見たのは初めてかもしれません。
どこか、昔の養父の面影が残る、寝不足気味な眼で私と、その後ろの墓石を捉えています。
「俺は医者を続ける。父の残した初めてを俺が確立する。そしてお前に施した施術を、いつか誰かの選択肢にしてみせる。だから雪華、どうか、」
生きてほしい。
その告白と共に伝えられ、養父の声を重なった、彼と同じ言葉。
「私の事だなんてひと言も言ってませんし、兄さんの口から父と同じお願いを聞くとは思いませんでした。私ってそんなに死にたそうですか?」
「まだ物心もついて間もないはずのお前が、縊死しようとするのを父が髪を掴んで引っ掴んで止められてただろ。覚えてないのか」
「いえ、覚えてませんけど。……あぁ、なるほど」
あの幻覚も幻聴も、幼いころに刷り込まれた私の記憶だったんですね。
どれだけ死を望もうとも出てくるわけです。
余計な事を、と以前の私なら思うのでしょうけれど。
今では……、どうでしょう。素直に感謝するにしてはちょっと複雑です。
一人で納得していると兄はどこか罪人のような面持ちで呟きます。
「今にして思えば、お前にとってどれだけ酷い環境だったかは想像に難くない。今更だが、すまなかった」
「謝られても昔の事なんて覚えていないので私のことで気負わなくていいですよ」
深々と頭を下げる兄の横を通り過ぎ、振り向いて彼と墓石の前に立ちます。
徐々に夜明けが近づいているのか、空はほんのり明るくなり、兄の表情がよく見えます。
「それに今謝るのは私です。実は深夜のお散歩は嘘です」
「やっぱり肝試しだったのか?」
肝試しにはいい時分って発言、実はちょっぴり怒ってます?
「いいえ。勇気がいる点では似ていますけれど、父の願いを叶えに来ました」
「父の願い?」
「はい。そして貴方も願ってくれたことです」
今度は、私が兄と父の墓石を正面から見据え、静かにかつ強く言葉を作ります。
「山月雪華はここに宣言します。私の始まりを願ってくれた人、そして今、これからを願ってくれた貴方に誓って、私はこの生涯、例え人間に絶望し人生に失望し死を切望したとしても、この世の終わるその瞬間まで生き抜くことをここに宣言します」
大声で、とは言いませんが。
それでも夜明け前の静かな霊園では良く響きます。
死売人という都市伝説は彼の代で最後にする。
これが不死者となった私の覚悟です。
死ぬのが怖いからなんていうちっぽけな理由なのが冴えませんが、それでいいのです。
突然のことで目を白黒させている兄が、少し可笑しいです。
少しだけ、頬が緩むのを自覚しながら、私は言います。
「こんな無価値な私に願ってくれた誇り高い父の後を継ぐ人。どうか、その生を、その望みを全う出来ますよう。私は切に願います」
私を見失った兄の気配を背に、霊園を後にします。
日の出はもうすぐそこ。
今日は久しぶりに晴れそうですね。
☆
『次のニュースです。数か月前から行方不明になっていた、佐藤大輝さんが遺体となって発見されました。現場はアパートの一室。首を吊った状態で発見されました。関係者によりますと、女性が入居していたとのことですが、現在連絡が付かない状態です。警視庁は事件と自殺、両方の面で捜査するとともに、行方不明中の足取りと現場となった部屋の住民の行方を追っています』
「意外と見つかるの早かったですね」
二日後。
そんなニュースをラジオで聞きながら、私は元我が家、現廃墟の建物の方角を見やります。見えませんが。
「最後の最後にとんでもない迷惑を置いていった気がします。これ返した方がいいでしょうか」
部屋から持ち出した数少ない私物の一つ。
銀行通帳。その欄に印字された最新の数字はちょっとゼロが多いです。
間近の入金には兄の名義で『相続金』とだけ書かれています。
放棄したのに律儀にも分けて送金してきたみたいです。
迷惑料として送金し返すのは簡単です。
しかし善意を突き返すようでなんだか悪い気もします。
壁に背を当てて、秋の色を濃くする空を見上げてしばし思考にふけります。
うん。お金は大事です。餞別として有難く貰っておきましょう。
それにお金は心の余裕です。
一文無しではろくに観光もできません。
よし。と世界一高い電波塔と名高い建物の外壁から背を離し、また歩き出します。
次は何処に行きましょうか。
とりあえず世界遺産を全制覇してみますか。
全部見たら、今度が海外に出て見ましょう。
時間はたくさんありますし、死にもしないなら色んな事を見て回りましょう。
生きましょう生きましょう。
死が訪れないというのなら、私は最後まで歩き続けましょう。
もし神話の通り、老い枯れ果て蝉になってしまうというのなら、今度は空を旅しましょう。
飛ぶのに力尽きたなら海流に乗って世界を巡りましょう。
きっと辛いでしょう、苦しいでしょう、痛いでしょう。
しかし譲る気はありません。
無価値な私に生きてほしいと願ってくれた方が居た事を、生きている限りいつまでも大切にしていきたいと思うのです。
だから私も願いましょう。
どうか、生を選んだあなた方が、その人生を全うできますよう。
そういえば、最初の死売人はナニに死を売ったんでしょうね?
ご読了お疲れ様でした。
今年の初めから書き始めて早八月、ようやく完結です。
プロット自体はそれなりに作り込んであったんですが、技量不足とモチベーションの問題でお筆が止まっておりました。それだけではありませんけど言い訳を重ねればリアル事情が延々と垂れ流されますので自重いたしまして。
当作品でだいたいプロットにあったやりたいこととオチまで書けたので作者としては満足しています。面白いかは別ですけれどね。
ちなみに時系列ですが夫婦→お嬢→少女→少年→死売人になっております。めんどくさい事やってますね?
最後に、稚拙かつ牛歩の進歩に完結までお付き合いいただいた方々。
誠にありがとうございました。
次は合作で青春物っぽいののプロットが手元にあるので、何か閃かなければいずれ投稿を始めます。いつになるかは私もわかりません。
死売人のコンセプトは「生きてほしい」と「願い」です。
最初の死売人は一体ナニに死を売ったんでしょうねー。




