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死売人  作者: 童の簪
2/22

少年-2


 真昼間にも関わらず、学校に侵入した不審者は逃げおおせたそうだ。

 すごいな。あんな目立つ格好していても逃げ切れるものなのか。逆に関心してしまう。


 なお、防犯カメラにはばっちり写っていたらしく、僕の証言が疑われることは無かった。今後は警察が捜査に当たるらしい。


 遅れに遅れながらも午後の授業は全て消化され、僕は部活に勤しむ里中に手を振って帰り支度をする。あいつ、僕がゲーセンに行くって言ったら部活サボったのかな。

 ちなみに僕は部活に所属していない。強いて言えば帰宅部だ。放課後に学校に残る意味が分からない。


 ひぐらしの声を裂いて自転車を走らせる。


 とは言いつつも、家に帰っても特に何もない。

 パソコンを立ち上げて某動画サイトをサーフィンしたり、ゲームしたりして夕食を待つぐらい。


 『何が楽しくて生きてんの?』里中の言葉が反芻する。

 そんなの僕だってわからない。

 ただのうのうと無関心に生きているこの時間の中に、僕はどんな意味や楽しみを見出せばいいのか。




 僕は自転車を止めた。


 家に着いたわけじゃない。信号待ちでもない。

 ただ、僕の昼飯を邪魔した不審者がいただけだ。


「おや少年。先ほど振りだ。どうしたのかね?」


「お巡りさん呼んでるから待っててくれる?」


「それはそれは。会って間もないというのに随分なご挨拶だ」


 僕がスマホを取り出しているのに、そいつは慌てた様子もなく飄々としている。


 110番の画面で何となく指を止める。

 僕の人生の中で初めて警察を呼び出すという躊躇。それを紛らわすように、僕は口を開かせた。


「死売人ってあんたのこと?」


「これはこれは、ご存じとは光栄の至り。えぇえぇ皆様に死を売りさばき、ご不要になりました残りの生を買い取る商売人こと、死売人は私のことでございます。お声がけくだされば、いつでもお伺いいたしましょう」


 芝居がかった風にお辞儀をする姿は、演舞の一場面を思い起こさせるほど様になっていた。

 まさか現実で見る日が来るなんて思っても無かったけど。


「僕は死ぬの?」


「おや? 押し売りは私の望むところではない。何か語弊があるのではないかね?」


「都市伝説では、見たら自殺するんだってさ」


 閲覧履歴から死売人のまとめサイトを見せてやる。


「ほほう? なるほどなるほど。そういう誤解も生まれよう。だが、勘違いしてもらっては困る。死を望んだのは彼ら自身で、私はその要望に応えただけに過ぎないのだ。故に少年が確固たる意志で私に死を望まなければ、私は少年に死を売ることはしないさ」


「順風満帆で成功人生を進んだ人ですら死んだらしいけど」


 死売人は小さく笑った。


「どの方々のことを記事にしたのかはわからないが、それは周りの見る目が節穴だっただけだよ。本人たちは、切実に死を望んだ。曰く、期待に応えるのが辛い。曰く、最高に目立つ死に方をしたい。曰く、自分の人生を生きている気がしない。エトセトラエトセトラ。死にたい理由なんて死にたい人間の数だけある! 少年。この国において、年間の自殺者数を知っているか?」


「知らないよ。千人ぐらいじゃない」


「随分幸せな人生だったのだな少年よ。およそ二万から三万人だ。そして自殺を考え、未遂に終わった人はその十倍以上いるとされている。どうだ、この国だけでも三十万以上もの死にたい理由がある」


「その三十万人のなかに、大富豪や成功者が居ても不思議じゃないって?」


「その通り。私は彼らの願いを叶えてくれる商品を提供しているにすぎないのだよ」


 わかってくれたかね? と口だけで笑みを作る死売人は言う。

 なるほど。他人の死にたい理由なんて、確かに近しい人でもなかなか理解できるものでもない。

 僕に理解できない思考の持ち主である、大富豪や成功者なんかは尚更だろう。


「でもそれって結局犯罪じゃないの。自殺援助って」


「これはこれは、なかなか手厳しい。しかし少年。たかだか法律に縛られるようなら、私は既に牢屋の中だとは思わないかね」


 何を言っているんだ。と訝しんだ目で死売人を見ていると、僕のすぐ隣を早足の女性が通りがかった。


「やぁお嬢さん。ご機嫌うるわしゅう」


 死売人はきざったらしい動作で、その女性の肩に手を置くが、女性の方はまるで気づいた様子はなく。彼を一瞥すらすることなく通り過ぎて行った。

 徹底した無視。というより本当に見えていない風に感じる。


「と、いった風に、今更ながら少年。オオカミ少年になりたくなければ、警察を呼ぶのはやめておきたまえ。都市伝説には都市伝説たる理由があるのだよ」


「僕は幽霊と話していたのか」


「見える者と見えない者がいる、という点では間違いではないが、私はこれでも生きている」


「今まで霊感なんてないと思っていた」


「霊感は関係ない。私は死にたいと心のどこかで願う者にしか見えないのさ」


 その言葉に、僕は反論する。


「僕は死にたいなんて思ったことないけど」


「おや? そうかそうか。珍しいが、無い事では無い。先ほども言った通り、押し売りはしない主義だ。せいぜい長生きしたまえよ少年」


 そう言うと、死売人は僕に背を向けて軽快に歩き出す。

 僕は、あの不審者をやはり通報すべきかどうか、110番の画面を開いてしばし悩む。警察は果たして都市伝説を捕えることが出来るだろうか。



「ただ。少年が三十万と一つ目の理由を持っていても、私は驚かない。入用とあらば、いつでも伺おう」



 去り際に、不吉な事を囁かれた。

 やはり通報するべきだったかもしれない。






「里中よぉ」


「あんだー」


 死売人と遭遇して翌朝。SHRと朝一番目の授業の間の短い空白時間。

 僕と里中はスマホのゲーム画面を指で操りながら、教室を流れる喧騒の中だらけた声でやり取りをしていた。


「僕、都市伝説にあっちゃったー」


「まじかー」


「自称死売人だったー」


「バニー?」


「ノーバニー。真っ先に気にするとこかよ」


「ノーバニー・ノーライフ。性癖は我が人生の全て」


「楽しそうだねー」


 オールラウンダーだから僕はそこまでこだわりないかなー。


「んで? 佐藤死ぬんか」


「死ぬと思う?」


「案外」


 ゲームを動かす指が一瞬鈍る。

 あっさりと酷い言われ様だ。


「死ぬ予定はないかなー」


「そりゃそうかー」


「おまえは?」


「バニーだったら死んでもいい」


「聞かなきゃよかった」


 人生の楽しみをバニーに注いでいる里中の事だ。どうせさっきの答えも考えての発言ではなかろう。


 と、里中と愉快でも楽しくもないが力を抜くには適した言葉の応酬を繰り広げつつも、僕は目の前のプリントに意識を向けた。




『進路希望調査書』




 僕の進路。

 就職か、進学か。


「里中よぉ。進路書いた?」


「ほらよ」


 聞いたことない学校の名前が第一希望から第三希望まで並んでいた。


「なんの学校?」


「全部料理系の専門学校」


「馬鹿な! その学校にバニーはいないぞ!」


 僕は思わず叫んだ。

 そもそもバニーのいる大学ってどこだ。

 いや料理系なら兎肉はあるのか。


「佐藤よ。俺は気づいたんだ」


「おうどうした」


 悟りでも開いたような顔しやがって。


「バニーのお姉さんは大学にはいないのではなかろうか……?」


「大学にバニーのお姉さんが存在していると本気で考えていたらしい友に僕はどう返したらいいのだろうか……?」


 というかバニーのお姉さんってどこに存在しているんだ?

 キャバか? カジノか?


「まぁ冗談はさておき、料理はそこそこ好きだったからさ。俺のバイト先、ファミレスの料理人だし」


 なんだ冗談か。

 よかったと思うべきか、性癖に人生を捧げた男だと思っていたのに裏切られたと思うべきか。


 そうか、こいつは料理人か。


「具体的になりたい職があるのは羨ましいね」


「そういう佐藤はどうなんよ」


「どうなっかねぇ」


 雑にはぐらかす。


「将来の夢とかなさそう」


「ご明察」


 どんな職に就いて、どんな人生を送りたいという願望。僕にはそんな将来の夢というやつが無い。


 この先の進路、就職にしろ進学にしろ、その将来の、生涯の目的ありきで選択すべきで、僕みたいな自分の未来すら想像できない半端者が薄ぼんやりと決めていいものでもない。


 実際、齢17歳にして将来設計が完成している里中はこんな用紙に迷うことなんて無かった。


 とは言っても僕らはまだ高校二年生、担任教師が「暫定でも良い」と言っている。

 僕にはまだ時間がある。この用紙に、例えば日本一有名な大学を書いたとしても、それが本当に僕の目標になる訳じゃないし、僕が本当に望まなければその大学を受験することは無い。

 担任だって適当に書いたと笑い飛ばすだろう。……一応一度くらいは確認してくるは思うが。


 本番は来年だ。今じゃない。


 今この瞬間、真剣に悩んでも仕方がないのだから、適当に書けばいい。





 そうは思いつつも、僕は嘘でも方便でも適当に書けと言われたこの薄っぺらな紙に、この日何も書けなかった。

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