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死売人  作者: 童の簪
19/22

死売人-4

完結まであと少し。

ここから毎日投稿して走り抜けます。

よろしくお願いします。

 欠席と言った手前。

 顔を合わせてしまうのは少し気まずいものがあります。


 未練がましくも制服を着て、さも故人の最後の姿を見届ける親族の様に来ているのです。


 誰も気づかなければいい。幸いなことに私と死売人のいる一角は列の進行から見えづらい場所です。

 通りがかっただけの他人を装い、視線で気づかれないよう視界の端で列を追っているとピタリと列が止まります。


 足を止め、こちらを見ているのは先頭の兄一人。目ざといことです。

 釣られて後続の方々がこちらを見て、隠そうともしない侮蔑の目を寄越します。


 どうぞ、お気になさらず。そういう意を込めて目礼を返すと、列はそそくさと動き出し、誰も居なくなりました。


 骨壺を抱えた兄を残して。


「皆さん行ってしまいましたよ」


「先に行っててもらったんだよ」


 私の意を介さず、彼は近づいて来て二つほど隣のベンチに座ります。


「欠席と聞いていたが」


「気が変わりました」


「歩いてきたのか?」


「徒歩が好きなもので」


 趣味の余裕がない私の唯一の趣味です。


「年寄り臭いぞ」


「放っておいてください」


「帰りは車に乗りなよ」


「断固として遠慮します」


 気まずいどころか針の筵です。

 流石に善意で言っているのでしょうが、いい迷惑です。


 少し前までは会話するだけでも悪意全開だったというのに、久しぶりに対面したら妙な変わり様で正直驚きです。

 何か心境の変化でもあったのでしょうか。

 だとしても正直不気味です。


 養父とよく似た、穏やかに笑うようになった彼から目をそらして、未だに抱え持っているツボを見やります。

 真っ白で修飾も無い無垢な陶磁の壺。


 大の大人が入っているなど考えられない大きさですが、その中に養父がいるはずなのです。


「持ってみるか?」


 言うや否や、膝上にそこそこの重量物が置かれました。

 痛い、と感じるほどではありませんが、ずっと持ち歩くのは少々辛い重みです。


「意外と重いだろ」


 正直に言えば重いです。

 一抱え程もある陶器の壺が軽いわけがありません。


「随分と軽いです」


 見上げるばかりだった生きている頃の養父と比べれば、女子供が抱えられるほどに小さくなっているのだから。


「随分と、軽くなりました」


 持ち上げたソレを兄に向けます。


「お返しします」


「軽いならそのまま持っていてくれ。どうせ暇なんだろ」


 暇なんだろ。の続きは、このまま一緒に来いよ。でしょうか。


「皆さんお待ちですよ」


 あんな居心地の悪そうなバスに乗るのはごめんです。

 お待ちしている皆さんは養父と兄を待っています。

 イレギュラーである私はお呼びではありません。


 出口付近で止まったバスを見やった兄は深いため息と同時に骨壺を受け取りました。


「明日の十一時頃に納骨するんだが。来るか?」


「そうですか。いつ終わりますか」


「……そのあと全員で昼食を取りに行くから、一時間ぐらいで終わる予定だ」


「わかりました」


 お墓参りは午後ぐらいが良さそうです。

 バスに向かう兄を見送りつつ、明日はお昼まで惰眠を貪ろうと考えていると。


「今度食事に行こう」


「はい?」


「また連絡する」


 聞き返す間もなく、彼はバスに乗り込んで、飽きもせず人を人として見ない視線を送る方々を乗せたバスは走り去っていきました。


「デートのお誘いかな? よかったね」


 兄に気づかれることなく堂々と会話を盗み聞きしていた都市伝説がからかい交じりに言ってきます。


「デート、デートですか。あれはそういう意味だと思います? 皮肉でも揶揄でもなく」


「いや、戯言を真顔で返されても困るんだけど。真面目に答えるなら義理とは言え兄妹が一緒に食事するのは普通じゃないの」


「そうですか。普通ですか」


「なんで不思議そうな顔するんだい」


「いえ、別に。ただ、記憶に残る兄はあんな事を言う方ではなかったので。驚きついでに疑問を覚えまして」


「昨日から思ったんだけど君嫌われすぎじゃない」


「私も好きか嫌いかで言えば嫌いなのでお互い様ですよ」


 図らずも養父の入った骨壺と義理の家族とも会い、ここに居る意味も無くなった私は帰るために傘を広げます。


「そういえば」


「どうしたんだい?」


 まだ火葬場を見学するつもりなのか、見送る体勢の死売人に大変どうでもいい事を聞いてみます。


「連絡すると言っていましたが、うちって固定電話も携帯電話も無いんですよね。どうするつもりなんでしょう」


「貴女はそれを僕に聞いてどう答えてほしいんだい?」



 聞いてみただけです。





 整然と並べられた黒い石塔。

 痛いほどに静寂を保つ人々。

 今日も鈍色をした空は泣く。


 正方形の広大な土地に、上空から見れば碁盤の目を思わせる等間隔に引かれた通路。

 通路と通路の間には、一メートル四方の狭い空間に立つ、背が高く黒光りする墓石。

 しかしすべてが黒ではありません。お墓の所々には、白を中心とした落ち着いた色。


 白、紫、黄、ごく薄い紅。

 そして線香が吐く白い煙。


 しばらくぶりの霊園は寂しげな色合いしかありません。


 立ち並ぶ死者の眠る住居を横目に、今日だけは、どの墓よりも多くの花や供え物が飾れらた一つに足を止めます。


『山月家之墓』


 その、慎ましくも豪奢な墓の前には私以外に人はいません。

 納骨式を終えた方々は兄の言う通り、食事会に行ったのでしょう。


 人がおらず何も供えられていないお墓の中、一つだけ修飾されているだけにどこか虚し気に見えてしまいます。


 供える花も菓子も線香も持ち合わせがないので、手だけを合わせます。

 神も仏も死後の世界も信じない不届き者の、作法も無視した心無いお祈りなんて、どれだけの意味があるかは知りませんけど。一応、お墓参りなので形だけは従います。


 当然ながら、死者の姿を見ることも、その声を聴くこともありません。

 その所作は所詮生きている人たちの自己満足に過ぎないのですから。


 磨き上げられた墓石を少しだけ眺めた後、特に感傷も無く養父の墓を後にしました。


 帰路に付く道中。

 比較的新しい墓石群が立ち並ぶ区画に、こんな場所でも目立つ彼を見つけます。


「何をしているんですか」


 霊園を気軽に散歩でもしているかのような足取りで墓石の間を闊歩する燕尾服の男性。

 目で追っていると人様の墓石を値踏みするように眺めたり裏に回ってみたりと挙動不審だったためについ声を掛けてしまいました。


「やぁ、貴女か。お墓参り?」


「それ以外にどんな用があるんですか」


「新しい墓石の観察」


「石材店か何かですか」


 それとも彫刻師でしょうか。

 暇なんですかね。


「貴女が三日後なんて条件を付けるから、僕はやることが無くて時間を持て余してるんだ」


 暇なんですね。


「はぁ。お墓を見て楽しかったですか?」


「そこそこだね。古いお墓は一辺倒なデザインだけど朽ち方に個性があって面白いし、新しいお墓は同じに見えて凝った彫刻が入れてあって楽しいね」


「墓石の展覧会では無いんですよ」


「他所の墓地なんてそんなモノでしょ」


「不謹慎ですよ」


「思っても無いくせに」


 図星だったので言葉に詰まりました。

 私にとって墓地と言うのは、ただ成形された石が整然と並べられている所という認識です。

 この幾百と並べられた石の一つ一つに人の死があるなんて実感が湧かないのです。


「それで? 父君のお墓はどうだったのかな」


「貴方に関係あるんですか」


「貴女が入る墓でもあるんでしょう」


 私はこの人から死を買った。

 今更後には引きませんけれど、ふと思います。


「あぁ、言われてみればそうですね」


「考えてなかったの」


「死後なんて正直どうでもよかったので。考えてみれば私も死んだらお墓ですよね」


「何言ってんの」


「いえ。実感が全くなかったもので」


「実感が湧いたところでもう一回お墓見に行くかい?」


 私が来た道を覗く彼に、しかし私は首を振ります。


「結構です。どうせ中から飽きるほど見ますから」



 それに、養父の墓だというのに特別な何かも感じられなかった私がまた行っても仕方ない事ですから。



「そう。話はズレるけれど、貴女は明日死ぬのかい」


「そうですね。別に今日でも構いませんよ」


 養父より長生きするという、私が勝手に課した彼に対する最低限の義務は果たしました。

 あとはいつ死んでも構いません。


「じゃあ今夜零時頃にしようか。場所は貴女の部屋。今日と明日の境目に、貴女は首を吊る」


「ではそれで」


 まるで友人同士が待ち合わせ場所を決めるような気安さで私の死が決まります。


「緊張感ないなぁ」


「死ねればそれでいいですし」


 実感の無さが興味の無さに繋がっているようです。

 逆でしょうか。


「貴女がそれでいいなら良いんだけどさ」


「いいと言っているでしょう」


 死を売りたいんですか売りたくないんですか。




「ならせめて、後悔の無きよう」




 重々しくつぶやいた死売人に、私は作り笑いで応えます。

 今夜零時に私は死ぬ。


「死んだら後悔も何もありませんよ」

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