死売人-2
妄想では無かったことは会場を出て帰路に付く直前に判明しました。
「意外と早かったね」
「わざわざ外で待ってたんですか」
しとしとと泣き出した秋空の元。
神殿風に柱が並んだ葬儀会館の表に、場違いな彼は居ました。
軒下にいらっしゃいますけど、外は雨が降っているのに。
「家族団欒に僕みたいなのが居たら興醒めだろ」
「いえ。別に、団欒するほどの仲でもありませんのでお気遣いは無用でしたよ」
傘差しから安っぽいビニール傘を抜いて広げます。
軒下から一歩外に出ると、アルミの骨で張られた透明な膜が雨に叩かれ、弾ける音を聞く。
「あの人たちの家には片手で数える程度にしか行ったことありませんし、年に一度会うか会わないかの間柄です。父の葬儀の連絡が来たことにも驚いてるくらいです。あの兄は意外と律儀だったようですね」
「そこまで冷めきってる関係なのに出席する当たり、貴女もだいぶ律儀だと思うけど」
同じように黒いこうもり傘を広げた男が並びます。
付いてくるつもりのようです。
「しかし大きな会場を借りたものだ。一体何人の参列者が居たのかな?」
そういえば少し離れた駐車場は入り口以外一センチも動かせない程にすし詰め状態でしたね。
「さぁ? 兄に聞けばわかるかもしれませんが、聞く気にもなりません」
会場内だって席が足らずにやむを得ず立っていた参列者もいたぐらいです。
「さぞや人望溢れる方だったのだろうね」
「腕のいい医者だったそうですよ」
昨日までは普通の医者だと思っていましたが、葬儀の会場に入った時、どれだけの命が彼の手によって救われたのか実感しました。
曰く、医学界では誰もが聞きかじるぐらい有名な医者だったようです。そんな人が父だとは、彼が死ぬまで全く知りませんでした。
やはり私は薄情者ですね。
「そういえば、あなたは参列者では無かったのですね」
「商売相手が居そうだと思ったからたまたま入っただけだよ」
「私の事ですか?」
「貴女の事だね」
雨が少しだけ強くなりました。
雨音が弾ける度に微かな振動が手に届きます。
「下手をしなくても不審者ですよね」
「大丈夫。僕は死にたくないヒトには見えないらしいから」
「都合のいいお話ですね」
兄が見てないと言っていたのはそういうことでしょうか。
単に気配を消すのが上手いだけかもしれませんが。
「それで? 私は死ぬために何をすればいいんですか?」
ビニール傘越しに彼を見ると真っ黒な影が歩いているように見えますね。なんて思いながら聞いてみます。
すると影は答えます。
「なにも。死ぬまでにしておきたいことでもしてればいいんじゃないかな」
平静を装った無感情な声色で言われました。
「君のご要望通り、三日後に死を売ろう。それまでは好きに生きればいい」
「自分が言ったので撤回はしませんが余命宣告みたいでなんか複雑ですね」
持病も大きな病気の経験もないのにあと三日の命。
絶望的に実感が湧きません。
「それにそう言われると何をしようか、困り物です」
「聞きそびれていたけれど、何のための三日なんだい?」
「父の火葬と納骨が終わって、私がお墓参りに行ける大体の日数ですね。最低限そのくらいやらないと苦労を掛けられた責務に反します」
墓まで見届ければ、養われた身として義務を果たしたと思ってもいいでしょう。
「さっきも思ったけど、家族とは不仲なのかい」
「あちらがどう思っているか正確には存じませんが、多分良い印象は持ってないんじゃないでしょうか?」
「血縁なのにかい?」
「戸籍上の血縁ですよ。私と彼らの間に血のつながりはありません」
傘に溜まった滴がシワ無く張ったビニールの上を走り、落ちて行く。
雨が降り続ける限り、無数に落ちて行く滴たちを眺めます。
「養子なんですよ。私」
「それはまた。難儀な立場で」
「養父がかなり頑張ってくれたようで、今はそれほどでもないです。案外気楽に生きてます」
「しかし、団欒する仲ではないと」
「ひと騒動あったらしくてですね。今でこそ律儀で分別のつく兄ですが、昔は他の姉二人同様。蛇蝎の如く嫌われてましたよ。おかげで書類上の実家を離れて中学を卒業するまで施設に居ました。今ではそこも追い出されて気楽な独り暮らしです」
物心がつく前だったので覚えてもいませんが、私を養子にするに当たり、養父と養母の間で相当揉めに揉めたらしいです。
説得の結果。赤子の私は養われる事になったのですが、そうしたらすぐ養母が倒れてしまい、そのまま死去。
当時、まだ若かったり幼かったりした兄や姉からは養子として引き取られた私が原因で母が死んだと思ったらしく、酷く恨みを買ってしまったようです。
人伝の話ですので何処から何処までが事実かは存じませんが、嫌われていたことは事実なので似たようなことはあったのでしょう。姉二人に関しては会うたびに鋭い視線を投げて来ますしね。
「貴女が死ぬのはそれが理由なのかな?」
「そんな訳ないじゃないですか」
本当にほんの一部もありません。
ほぼ他人にどう思われていようとも正直どうでもいいです。
所詮は書類上の血縁。養父も死んで、相続権の破棄を宣言した今、彼らと顔を合わせること自体極めて少なくなるはずです。
今後例えこの先、生きていたとしても未来に影響することはほぼないでしょう。
だから死ぬ理由に彼らが関わることも全くありません。
私はそこで足を止めました。
葬儀会館から雨に打たれながら徒歩三十分。
ひっそりと佇む錆色の建物の前。
「付き添いご苦労様です。何か御用があれば二〇一号室に来てください。それでは」
「……廃墟しかないが?」
「アパートです」
「いや、」
「アパートです」
「廃墟でなくとも倉庫……」
「アパートです」
錆が浮いてところどころ剥がれ掛けたトタン板の外壁。
遠目からも穴の開いたトタン板の屋根。
一室を除く全ての部屋から外されたガラス窓。
なるほど。区内人口千人の内、九百九十九人の方々は異口同音に廃墟だの倉庫だの幽霊アパートだの好き勝手に言うでしょう。
しかし、区内に住む千人の内の一人である私は言い張ります。
「アパートです」
あと三日の命だろうと、唯一人の住める部屋を維持するため、このアパートを廃墟と認めるわけにはいきません。




