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死売人  作者: 童の簪
14/22

夫婦-1


「私たちに永遠をお売りください」


 居住まいを正した女が言う。


「僕たちを一緒にしてください」


 その隣の男が言う。


「と、言いますと?」


 彼らの正面。漆の塗られた黒光りする机とその上に置かれた高価な茶器を挟んで対面している者はとぼけたように先を促す。


 とある茶屋の一室。

 静けさと煌びやかさが同居する和室に、彼らは居た。


 女は豪奢な着物を身に纏って、落ち着いた空気の部屋の中でその華やかさを一手に担い、凛とした花のような穏やかで音も立てない美しい所作からは育ちの良さが窺える。

 隣にいる男は折り目が正しくくっきりついたスーツを着こなし、彼の身に着ける目立たないながらも品の良い装飾の数々は羽振りの良さが見て取れる。


 場の選択、彼らの言動、身に着けている物の数々。良家の出であることを隠そうともしない彼らとは対に、彼らと向かい合う一人はこの場には似つかわしくない様相だった。


 妙に草臥れた燕尾服。

 室内なのに外さないシルクハット。

 高級茶屋の一室では少々目立つ煤けた男。


 居住まいは正していれど、彼らと比較すれば本来相容れない関係であることは誰の目にも明らかだった。


 だが良家の二人は、彼との対面を待ち望んでいた。



「単刀直入に言えば、私たちに確実な死を売ってください。死売人様」



「そういうことでしたらわかりました。商談といきましょう。あぁ私は様などと付くほどえらい身分でもない。敬称は結構です」


「そうですか。では死売人、と。お噂は以前よりお伺いしておりました。望む者に死を売り、その者の残った寿命を買う、と」


「それはそれは。光栄と言うべきか、お恥ずかしながらと言うべきか。いや、驚いた、と言うべきかね。噂だというのに、私の商売が存外正確に伝わっている」


「あぁ、彼女はそういう噂話や都市伝説って言うのかい? そういう不思議な話を集めるのが得意でね」


「昔の学友が話しているのを小耳に挟んだだけよ。それで、噂は本当なのでしょうか?」


「事実であり、それが私の存在理由だ。先ほどあなたが言った私の商売は一言一句そのままその通りだよ」


 女の視線を湯呑の茶を廻して受け流し、売人は頷いた。


「ね! あなた! 実在したでしょ!」


「あぁ。君の言う通りだったよ」


「これでやっと」


「あぁ。やっとだ。早速だが死売人、僕たち二人に死を売ってくれ」


「一緒じゃなきゃだめよ。ロミオとジュリエットみたいにばらばらで死ぬのは嫌」


「そうだね。僕たちは一緒に死のう」


「ずっと一緒よ」


「もちろんだとも」



「質問が、あるんだがね」



 隣同士で指を絡め合い、身体を寄せ合い、そのままもつれ合いになろうかという勢いだったが、空気を読まない都市伝説は待ったをかけた。


「あぁ、別に君らの要求に否は無い。君らが死を望む限り望み通りの死は約束するし、この商談とは関係なく、はないがただの興味本位の質問だ。答えずとも君らの死に影響はないことは確約しよう」


「まぁそれなら」


「かまわないわ。何が疑問ですか? 死売人さん」


「いやなに、君たちの死にたい理由というのが見えなくてね。見たところ良い家のご子息ご令嬢が御二方、仲睦まじく夫婦と呼べる恋仲になって。将来を憂うことなど何一つ無いカップルが死にたいなどと早々思うモノでもあるまいと思うのだがね」


 彼らは、十人中十人が異口同音に恋人あるいはそれに準ずる関係だと言ってしまえるほどに仲睦まじい。

 さらに二人が二人ともお金持ちの家庭であることも見ていればわかる。


 これだけ好き合う関係で、金銭的な問題もなく、将来も安泰なカップルと言うのも今の世の中そうそうあるものでもない。誰もが羨むお似合いなカップルとでも言える。


 その二人が揃って死にたい、言うなれば心中したいと言う。

 さしもの死売人でも疑問を覚えた。


「あら。死売人さんも色恋にはご興味がおありなのね」


「ご不快かね?」


「いいえ。むしろ聞いてくださいな。愚痴っぽくなってしまうかもしれませんけれど」


「とは言え、そんなに複雑な話でもないさ。事は単純明快。僕たちが真実の愛に出会った。それだけだろう」


「もうっ」


「ははは、叩くなよ。事実そのままじゃないか。僕と君、互いに本当の愛を見た。死売人、僕たちにはね、互いに別々の許嫁が居たんだ。物心付く前から家同士の取り決めでね。まぁ古くからある家だ。そういう話も珍しくもない。むしろ代々そうしてきたぐらい普通のことだ」


 能力や資質は血筋によって受け継がれる、とその思考が強く根付いている家は多い。

 そう言った集団は往々にして、自らの子供を品種改良でもするかのように、都合が良く能力ある他家との婚約を強制することがある。


「昔の僕はそれでもいいと思っていた。色恋娯楽は二の次に、家の事ばかり考えていたからね。だが、彼女に出会った瞬間、僕の価値観はひっくり返った」


 言いながら彼は彼女を抱きすくめる。さながら死売人の目から隠すように。


「彼女と一緒に過ごすうちに、僕の人生に色彩が付いたんだ。がらんどうな僕の心に彼女が花を添えてくれた。彼女こそ僕にとっての唯一無二の存在。一生をかけて一緒に居たい、そう思ったんだ」


「私もよ。あなたと出会えてから、私は生まれて初めて心臓が鼓動した気がしたの。人生に意味をくれたのはあなたなのよ」


 一層触れ合う二人に、死売人は無機質な目で先を促す。


「僕たちは結婚を前提に付き合い始めた。だが、もちろん親は了承しなかった」


「私も彼も、お家同士の取り決めで別に婚約者が居たの。その婚約を反故にするってことはお家の決裂を意味するもの。もっとも、私の婚約者は三つ年上の兄だったけど」


「近親婚も血筋の保存も古めかしく馬鹿らしい。全力で説得に当たったし、可能な限り有力な手段も尽くした。彼女と共にね」


「結局。頭の固い古い世代の人たちは彼の、新しい時代の言い分を理解出来なかった。理解しようとしなかったのかしら? 最終的に私たちが子供を成そうモノなら四肢をバラシて山に生き埋めにするなんて脅して来たわね」


「僕も君の家も極道の血筋は入っていないはずなんだけどな。発想が物騒すぎる。でもそれが出来る金や人材を、奴らは持っている。実現できない脅迫ってわけじゃない」


「どうあっても受け入れない。それが私と彼の家が出した結論だった。さながら戯曲のロミオとジュリエットのように」


「生きている間は家という強大な力に僕らの人生は左右され続ける。そんなのはごめんだ。僕らは僕らの人生を歩みたい。許されないのならば、せめて彼らの様に、死んだ後、永遠に結ばれよう」


「私たちは彼らとは違って、一緒に死ぬの。二人一緒に、ね」


「君は、色恋とは少しばかり縁遠そうだが、どうだい。僕らの言い分は理解できるかな。死売人」


 黙って二人の話を聞いていた死売人は冷めきった湯呑を置き、口を開く。


「なるほどなるほど。確かに私には少々、どころか相当に縁遠いお話でしたが、お二人のご事情は把握しました。アツアツなご様子で大変結構ですね? 確認しますが、お二人でいいんですね?」


「あぁ、僕と彼女。一緒になれればなんだっていい」


 不気味な影は笑う。



「承りました。では、あなたがたに死をお売りします」

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