少女-3
「死は特別な事象ではない。人間はいつか必ず死ぬ。生きとし生けるものが辿る珍しくもない平凡な終わりだ。だが君はそれを特別だという。なぜか?」
「何言ってんの。自分が死ぬんだから特別に決まってるじゃん」
「それは君の主観だね。第三者の目線で見れば君一人の死など、例え君にとって壮絶な最期だろうとただ一人死んだだけ。さして印象に残る物でも無かろう。まぁ、君のご家族やご友人らにとっては少しばかり違うだろうがね」
「じゃあ、どうして麻衣先輩は……」
あんなに特別に見えるの。
その質問を見透かしたように彼は嘲笑う。
「大衆はドラマが好きだろう。あれは死に触れているから注目を集めているのではない。死に瀕し生きている様に注目しているだけだ。闘病、苦悩と苦痛、そして叶わなかった夢。そして差し伸ばされる級友達の手。まさしく大衆が好きな喜劇ではないかね」
「じゃあ、あたしも同じ様になれば」
「なれると思うのかね?」
なれる。と答えられず息が詰まった。
今から麻衣先輩と同じになる、特別なあたしを想像出来なかったからだ。
あたしが普通ならば、あたしの周りは平凡だ。
あんな活動をしてくれる友達もいなかれば、盛り上げてくれる周りの人たちも想像できない。
あたしと彼女では、生きている環境が根本から違いすぎる。
「なれるはずがないだろうね」
本当にあたしを知っているかのようにこの都市伝説は喋る。
「君みたいな年ごろの人間が特別になりたいと言う気持ちはわからなくはないがね。その執着が終着するところが死なのは軽率が過ぎるね。短絡的とも言える。考えてみたまえ、君の身の回りに死が無いと言えるかね? ……まぁ言えたなら君はまともな人間ではないのだがね。特に食物なんてのは想像しやすいだろう。ほとんどの物が生き物の死骸から構成されているはずだ。もう少し視野を広げれば、君が生きているだけで死んでいる人間もいる」
「……あたし人殺しなんてしてないし」
彼は嘲笑いを崩さず小ばかにしたように頭を指で叩く仕草を見せる。
「その短絡的な頭で考えてみたまえ。君の"普通"で豊かな生活基盤を支えているモノの下にあるものを。技術や歴史、そういった知識の他に、多くの労働力と人間の死がある。幸いなことに君の生活するこの国は先進国と言われる、いわば搾取する側の区分だ。はてさてこの国の生活を支える物品を輸入しているのはどんな国があるだろう。異民族を差別し無償奉仕を強制させる国か? 子供を奴隷のように扱う国か? 内戦が勃発する危険な国か。君が享受する普通の中に、遠くとも間接的に殺した人間の屍が、どれほど積み重なっているか、想像できたかね?」
薄暗い瞳があたしの目をのぞき込む。
その瞳の奥に幾百もの死が犇めいて、怨嗟の声を叫んでいるような気がして寒気がする。
「この世に生きている人間で死に触れていない者など一人もいない。君が特別になるために死を選ぶならば、私は無駄で愚かな行為だと断じる。それでもなお死にたければ、一人で頑張りたまえ」
死が、遠ざかっていく。
犇めいていた何かも、怨嗟の声も錯覚の様に消えて行って。
都市伝説は再びあたしに背を向ける。
幾人もの命を消した彼の背は、酷く煤けて見えた。
もう振り向くことはない、そう思えども、あたしは彼に聞きたかった。
「待、って。あたしは、とくべつに、なれないの……?」
どうせ教えてはくれない。そうも思った。
「生きればいいのではないかね?」
でも、彼は割とどうでもいいように、当たり前の事を背中越しに返してきた。
「普通を覆せるように生きればいい。普通も覆せず死ぬよりは特別とやらに近づけるのではないかね? まぁ難しいとは思うがね。頑張り給えよ。それは生きるモノの特権だからね」
☆
あたしの死は特別になれやしない。
確かにそうだ。
平凡なあたしが死んでもそれは人の記憶に残るドラマにはなり得ないだろう。
このスクランブル交差点で行きかう人たちの一人が通り魔の誰かに刺されて死んだところで、一時は注目を集めるけれど、きっと一年、いや半年もしないうちに記憶のどこかに埋もれてしまう。
あたしが死ぬときはたくさん人にずっと覚えていてほしい。
でも今死んだら半年も経たずに忘れられる。あたしの価値はその程度だ。
そんなの悔しいじゃないか。
せっかく一生を棒に振るんだから国中の人たちに死ぬまで覚えていてほしい。
スクランブル交差点を無秩序に流れる数百の人と車を眺め見送って考える。
あたしが特別になれる方法。
死の価値を上げればいい。
どうすれば上がる?
「ん-ーー頑張りますかっ!」
生きて頑張ってみる。
普通の脳みそが弾き出した答え。
がむしゃらに頑張ってやる。
なんでもいい。
あたしに出来ることをなんだってやってやる。
そんで特別になるまで生きてやる。
見てろよ世界。
あたしは頑張るぞ。
迷惑だって言われてもやめてやんない。
都市伝説すらも目がくらむような特別になってやる。
「よしっ」
突然声を上げたあたしに胡乱な視線がちらりと突く。
気にしない。だってこれから人の視線なんて腐るほど浴びるんだもの。
信号は青。
誰よりも先に横断歩道を進む。
まずは何から始めよう。
音楽、写真、動画撮影。
まだやれるのにやったことないモノはたくさんある。
全部やる。
それで楽しかったら全力でやる。
そうしていつか特別になる。
☆
昼下がり。都心部の排気に煙る怠けた空を悲鳴が引き裂いた。
なんてことは無い。ただの悲惨な交通事故だ。
珍しい点と言えば、大型トラック同士の正面衝突。その運転手が両者とも酩酊状態の酒酔い運転であったこと。
そしてスクランブル交差点を血の死肉の色に染め上げたこと。
「おや、ご希望通りの死に様ではないかね少女よ」
少女の耳に都市伝説が声をかける。
「誤解をしているようなら正しておきたいが、この状況に私は一切介入していない。死相の浮かんだ人間に死を売るほど暇を持て余してはいないのでね。まぁ信じてはもらえないかもしれないがね」
そこら中から怒号が飛び交い、火の手が上がった。
「いやはやそれにしても、まさしく地獄絵図だね。大型トラック同士の正面衝突。そこに不幸にも挟まれてしまった人間が潰されて、さながら水風船のように爆発四散」
そこら中に散らばる血肉を眺め彼は笑う。
「長く生きているが、人ひとりが死んだだけでこんな光景が作れるなんて思っても見なかったね。これは事故史に残る凄惨な現場になるね。おや? これは君のかね?」
彼は血みどろに塗れた生徒手帳を拾う。
そこには、特別になりたい普通の少女の顔写真と身分が記されていた。
「まぁ世の中そういうものだよ。君がどうあがこうとも恐らく君は死んでいたし、望んでいた死に様になっただけ幸運というものだ。お望みどおり、君の血肉を浴びた目撃者は一生モノのトラウマだろうよ」
事故発生から数十分。ようやく緊急車両が現れ始めると、彼は手帳をぞんざいに投げ捨て、彼女の元を後にした。
「では、ご冥福をお祈りしておくよ。普通のマイ君」
頭部の六割以上失った彼女の頭蓋は、何の感傷も籠らない祈りの言葉を受け取り。胡乱な瞳で都市伝説を見送った。
頑張って生きましょうねー。




