少女-1
「あたしを殺してよ」
夜の町。
一層暗いビルの狭間。
滅多に人が来ない一角に。
彼が居た。
夜闇に浮かぶ黒い燕尾服。
上品なシルクハット、妙に目立つ白い手袋。
都市伝説で語られる異常者。
噂通りの姿形。
あたしが欲しいモノをくれるかもしれないヒト。
「少女よ。私は殺人鬼ではない。人違いをしているのではないかね?」
「あんたみたいな目立つ奴を間違えるわけないじゃん。死売人っしょ?」
死を売りさばくと自称する死売人。
その伝説は至ってシンプル。出会った者は遠からず死ぬ。
「ふむ。確かに私は死売人だが、殺人鬼のような扱いは不本意だね」
「じゃあ死神?」
「どの文化圏のソレを指しているのかは知らないが、恐らく程遠いだろうね。私は死売人。死を売りさばき生を買う商人だ。それ以上でもそれ以外でもない」
「どうでもいいよ。そんで? あたしを殺すの? 殺さないの?」
正体なんてマジでどうでもいい。
ぶっちゃけ殺してくれんならただの殺人鬼でもいい。
「私は殺人を犯さない。少女よ。死にたければ自殺でもすればいい。人間、死のうと思えば高さ一メートルの台の上からでも死ねる。リストカットでもやり方次第では普通に死ねる」
「そんな地味ーな死に方じゃなくてさ。もっとニュースになるような死に方ないの?」
「……以前空港の滑走路に乗用車が侵入し、最終的に着陸態勢の飛行機と衝突。運転手含め乗員乗客数名が死ぬ事故はあったがね」
「それ自爆テロじゃん。あたしテロリストにはなりたくない」
「少女よ、本当に死にたいのかね?」
「当たり前じゃん」
都市伝説の男は失礼にもしげしげとあたしを観察してたかと思うと、鼻で笑って背を向けた。
「ちょちょ、待ってよ。殺してくんないの?」
「死を売る価値のない人間に、商談を続けるだけ時間の無駄だと思ってね」
「あたしに死ぬ気が無いってこと!?」
「さて、私は商人ながら人の機微に疎い。少女が何を本気にしているのかはわかりかねるが、恐らく期待には添いかねる」
「待ってって!」
早歩きで去ろうとする彼を追う。
この暗がりで見失えばまた探し出すのはめんどくさい。
こっちはわざわざネット掲示板やらSNSに張り付いてようやく見つけたんだ。
しかも本物かもしれない都市伝説。
あたしに最高の死をもたらしてくれるはずの人。
ここまで来て見す見す逃してはたまらない。
ビルの奥の奥。
明かりが無ければ、本当に見失ってしまいそうな闇に入る直前に、あたしは売人の腕を掴んだ。
「……!」
細い。そして冷たい。
仰々しい燕尾服の袖で目立たなかったが、ほとんど肉が無い。布地のすぐ下に、氷で出来ているみたいな冷たさの骨を感じる。
これは生きている人間ではない。
そう直感する感触だった。
むしろ期待通り、いやそれ以上だ。
この人はきっと本当に都市伝説そのもの。本物だ。
驚きこそすれ、離すことなく力を込めた。
「お金なら払うから!」
そう言って引き留めると、死売人は振りほどくでもなくあたしを見る。
「私の商売で金銭は移動しないのだがね……。どうしても死にたいというのなら、ここで死んでみたまえ」
「え?」
差し出されたのは大振りのカッターナイフ。
汚れもさびもない新品の輝きはこの暗闇でも分かった。
「頸動脈を切るのが確実だが、手首でもいい。腕に対して横ではなく縦に刺し込む形で動脈を切れば充分致死量の出血が望めるだろう。お望みなら時代錯誤に腹を切ってもいい。飛び出した内臓類を戻す手術難易度は割と高い、時間はかかれど死ぬことはできる」
金属のストッパーが一つ一つ移動し、刃渡りが増し、鈍色が光る。
「安心し給え。ここはほとんど誰も通らない。死に損なうことは無い。君が致死の傷を負ったなら、私は君に死を売ろう」
手首に冷えた刃が当てる。
薄皮が切れた。
赤い雫が膨れる。
少しだけ汚れたカッターを見る。
こんなものがあたしを殺すの?
「ねぇ、ちょっと……?」
顔を上げたとき。もう死売人は居なかった。
おちょくられた。
夜のビルの狭間で、地面にカッターがたたきつけられる音をあたしは一人で聞いた。
かなり短めですが更新ペース重視で投稿しております。
ご勘弁を




