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死売人  作者: 童の簪
1/22

少年-1


 嫌いだ。

 何もかも嫌いだ。

 この世の全てが嫌いだ。

 あぁ大嫌いだ。



 大人が嫌いだ。

 こうなるべきだと幸せを見せ、こうするべきだと輝かしい道を示す。

 でも、そうやって教えてくる大人たちにそういう幸せに至った模範的な人間はいない。

 どうやったって大半は道を逸れて行く。

 大人は大抵嘘つきだ。



 学校が嫌いだ。

 狭い箱の中に歳が同じだという理由で押し込まれて、先生と名乗る大人の長話を延々と聞かされる。

 そこに同い年と到底思えないほどの馬鹿が混じる。幾度も迷惑を被り、大人たちによるあの手この手の罰を受ける様を見る。

 そういう輩を見るたびに、ああはなるまいと心には思えど、規則に準ずる僕よりも、妙に彼らが幸せそうに見えてくる。

 学校は気分が沈む。



 人間が嫌いだ。

 他者を踏みにじって蜜を吸う人間。

 聞き心地の良い言葉だけを並べ立てる人間。

 自分はさも幸福ですと言わんばかりに笑う人間。

 自分は不幸です、助けて下さいと物乞いをする人間。

 自分は幸福を人に与えているんだと思い上がる人間。

 全人類は自分と同じことができると声高に耳障りのいい言葉を繰り返す偉そうな人間。

 人類が素晴らしいと熱弁する人間。


 千差万別多種多様、個性豊かに思い思われ思うまま、うじゃうじゃと動いて蛆虫みたいに湧く人達を見ると吐き気がする。

 人類なんて死に絶えてしまえばいいのに。



 都会のスクランブル交差点、ぎっちり人の詰まった展示場、十月末に変な格好で徘徊する馬鹿達。あの中に核でも爆発させれば、きっと少しだけ僕の心は晴れるはずだ。


 と、そんなことを思ってみても僕に大量殺人を企てる度胸はないし、実力も金も崇高なる目的もあったもんじゃない。あっても恐らく実行には移さない。思うだけ。


 僕は、結局のところ一介の高校生に過ぎない。

 今日。この日本と言う国において、テロリズムや大量虐殺、ましてや軽犯罪にすら無縁の平々凡々な毎日を送っている、極々普通で極々有触れた幸福とも言えぬ微温湯に浸かっている、賢くもなく愚かでもなく、ただただ人間として価値を見出せないような、居ても居なくても変わらない17歳。


 それが僕こと、佐藤大輝という一人の人間だ。



 そんな平々凡々な僕のところに、変な男が現れた。

 真夏の真昼間。高所を吹き抜ける風すら熱風になるような猛暑日。


 比較的風通しがいい南校舎四階ベランダの陰で、昼飯のコンビニ菓子パンを齧っている時だった。



「こんにちは少年」



 真っ黒なシルクハットにピッタリと体に張り付いた燕尾服。

 手は白い手袋を装着しており、顔以外の肌の露出が限りなく小さい。

 見ているだけで暑苦しい格好だというのに、思いのほか涼し気な声で変な男は僕に告げた。



「完全で完璧なる『死』は如何かな?」



 カラスのような男だった。

 狡猾で賢く、僅かな隙を穿って抉るのが得意そうな印象。

 僕の隙を狙っているような粘ついた視線がひどく不快だ。


「『シ』ってなに? 死ぬ事? それは、僕を殺すってこと?」


 そう、問い返すと、男は芝居がかった風に真っ白な両手を見せて声無く笑う。


「まさかまさか。人聞きの悪い。私は合意の元で皆様に安らかで完全な『死』をお売りしているだけ。殺害などとご一緒にされるのは些か不本意というもの」


「はぁ……」


「で、どうかな少年。この世の苦しみとも不安とも無縁。永遠の安らかな眠りはご入用ではないかね?」


 正直言っていることがよくわからない。

 死を売るって何。犯罪の殺人とどう違うの。



 平々凡々で優等生気取りな僕は昼食を半ばで切り上げ、学校に不審者が現れたとして、この怪しげな男をチクリに行った。





 午後からの授業は自習になりそうだ。


 真昼間の学校に不審者が現れたためだ。

 今は教師陣が警察を巻き込んで学校全体が騒然となりつつ不審者を探しているところらしい。なんだかんだで、僕がチクってから二時間ぐらい経っているけれど、まだ授業が再開しないなら捕まってないんだろう。

 こんな真夏に燕尾服着ているなら相当目立つと思うんだが。これは探す目が無能過ぎるのか、逃げ隠れる方が有能すぎるのか。


「なぁ佐藤さんや」


「なんぞや里中さんや」


「今暇かいな」


「御覧の通り」


「マルチ入って」


 前の席で自習時間と休憩時間を混同している友人がスマホを掲げている。最近、彼が熱を上げているソシャゲだ。

 強力な敵を一人で倒せず、彼より強い僕にヘルプを投げてきた。


 やれやれ、彼は僕を何だと思っているのだか。仮にも今は授業中。スマホを触っているのが先生に見つかったら大目玉に違いない。そんなリスクに優等生が乗るとでも思っているのだろうか。


「よかろう」


 まぁ優等生気取りな僕は喜んでやるけれどね。実際僕は成績以外は優等生だよ。うん。


「さんくすー」


「うぇーい」


 慣れた操作で作業的に敵をなぎ倒してやり、友のヘルプを完了する。

 気の抜けた感謝に気の抜けた返事を返しておく。

 会話はほとんどフィーリングで意味は成さず、雑に投げれば雑に返してくれる関係性。

 この炭酸抜き炭酸水みたいな間柄を友と呼ぶのなら恐らく里中は友である。

 話をし始めた切っ掛けが、出席番号順の席順だと必ず僕の後ろに来るからというのもいい。


「なぁ。不審者見たのってお前だよなー」


 流れで適当にゲームを弄ってると、暫定友はこの怠けた時間を作った原因の話題を振ってきた。


「おう。白昼堂々学校に無断侵入だった」


「燕尾服のシルクハット男が?」


「あぁ見ているだけで暑かった」


「発情期かよ」


「お互い様だろ」


 互いに気の抜けた声で笑ってやる。

 お前の性癖が年中発情期のバニーガールなの知ってっからな。このスケベ野郎。


「んで、なに?」


「いやぁ? 話聞いてナニカナーって思って。調べたら都市伝説? みたいな話であるみたいでさ。コレとか」


 メッセージアプリにどこかのURLが送られてきた。

 量産型まとめサイトの一つだ。『死売人の情報まとめ』とある。

 『死売人』随分と不吉さを感じさせる名前だ。

 サイトをスワイプさせていくと、確かに外見的特徴の欄にシルクハットや燕尾服の記述を見つけることができた。が。


「ピエロだったり仮面付けた男だったり、果てはミイラとか書いてあるんだけど」


「都市伝説に一貫性なんて求めんなって。てか問題はそこじゃねぇ。もうちょい下」


 その下には都市伝説として語られる『死売人』のエピソードが綴られていた。


 曰く。その存在を見てしまった時点で、見た者は遠からず死んでしまうらしい。

 多くは自殺。普通なら自殺し損ねる方法でも死ぬ。


 自殺の動機は、遺書を残した者以外は不明。

 周りから見れば順風満帆の成功人生を歩んだ人達が、唐突に、何の前触れもなく、誰にも悟られることなく自殺を選び、死ぬ。


 呪いのビデオや死神の類を連想させる内容だった。


 僕はさっきの男の言葉を思い出す。

 そういえば、死がどうたらと言っていた。

 …………。


「あほくさ」


 まとめサイトの内容と自分の思考を鼻で笑う。

 さしずめ、この死売人とやらの都市伝説を知ったどこかの暇人がわざわざ高校生をからかうためにしたはた迷惑な悪戯だろう。


「だよなー」


 里中も軽く笑いながら言った。彼も本気で信じているわけではない。

 その証拠に。


「……ところで、外見の欄にバニーガールがあるぞ里中よ」


「俺、路上でバニーガールに自殺を囁かれたらほいほい付いてく自信ある」


「『都市伝説 バニーガール』で検索してヒットしたから知ってたんだろ」


「さすがだ佐藤」


 性癖に忠実で大変結構。その調子で少子化問題を解決してくれたまえ。……僕も嫌いじゃないけど。


「佐藤ー。今日ゲーセンよってこー」


「里中や。僕のお財布事情を知ってのお誘いか」


「バイトしよーぜー」


「バイトねぇ」


 興味はある。

 僕だって親からもらうお小遣い程度では満足できない。

 せっかく高校生になったのだから、いろんなことに手を出してはみたい。


「また今度ね」


「はいはい」


 でも僕は踏み出せない。


 そもそも、この高校のバイトは許可制だ。里中を見ているとほとんど形骸化しているように見えるが、定期的に教師陣が巡回しているらしく、近場のコンビニやスーパーでバイトしていた生徒がやめさせられたという噂を耳にする。


 僕はそのリスクが怖い。


「佐藤はさー。何が楽しくて生きてんの?」


 こういう時、決まって里中はその質問をする。


「生きてるだけで楽しいよ」


 僕はいつも通り、茶化すように言って答える。



 夢の高校生活。可能性の扉が一気に現れ、人生の中で強く残る青春の時代。

 漫画・ゲーム・ノベル作品での学園物のおそらく九割前後は高校が舞台だ。少なくとも僕の見聞きした作品はそうだった。


 中学時代の僕は高校に憧れた。

 全体的に陰鬱として、馬鹿が毎日ガラス窓を割って回るような中学校よりも遥かに輝いて見えたからだ。

 創作の話ほどに情熱的で刺激的な毎日は望まない。だけど、その一旦くらいは僕にだって見れるんじゃないか。


 事実は小説より奇なりと言う。

 現実は想像の世界よりもっと輝きに満ちているはずで、義務教育という檻の中からじゃ、それが暗幕に隠されているだけなんだ。

 この義務が終われば僕は堅苦しい所から解放される。


 だから僕は無理を通して地元の公立高校を目指した。

 きっと、馬鹿は受験と言うふるいにかけられて弾かれる。そしたら少しは窮屈な生活で息が出来る気がした。



 そうして二年。

 僕は何も変わらなかった。



 成績は中の下ながらも、授業態度は良く愛想はそこそこ、非行に走る兆候なしの手のかからない生徒。小中学校の教師と親の教育のおかげで、僕はその評価に甘んじ、なんの味も香りもしない日常から抜け出すことが出来ないでいた。

はい。

心理描写練習用なお話でございます。

牛歩の歩みではございますが、どんな形であれ完結はさせるのでどうぞ最後までお付き合いくださいませ。


まだ年明けて間もないのにこんな暗い話から始めて本当にいいのかと自問自答しながらやっていきます。

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