第九話 いざ決意する少年少女
ズカズカと部屋に入ってきた盟蓮は、早速掌に『盟神探湯』を施していた。
その様子を外から黙々と眺める結と正弦。
結は無実だと知っているが、知り合いが疑われるのを目にすると、流石に心中穏やかではない。
すると、“こいつもハズレか” と吐き捨てるように盟蓮が行った直後、びしょ濡れになった掌が外に出てきた。
「ふぅ………『盟神探湯』って思ったより勇気が入りますね。伝わってるのと違って湯の方から掛かってきますけど」
「「!!」」
びしょ濡れではあるが、火傷はない。
どうやら掌も無実であると証明されたようだ。
「掌くん!!」
「おや、結さん。見てたんですね………お」
パチンと指を鳴らす音が鳴ると、水分が全て消えた。
急に水が消える感覚に不思議がりつつも、掌はペコリと頭を下げておいた。
まぁ無視なのだが。
どうやらハズレを二枚も引かされて結構イライラしている様子の盟蓮。
そのイライラは正弦に向いている様なので、気にする必要はないが、少し気になった。
「おいテメェ、このクソヤクザゴリラゴラァ!!」
飛び上がってかかと落としを喰らわす盟蓮。
これは痛い。
「 お、お怒りじゃないか!!」
「うるせぇ埋めるぞクソが!! 次から次へと面倒ごと持ってきやがてこのポンコツがよぉ!! “約人” のテメェがそんなんだからアタシの仕事が増えるんだよ、わかっとんのか、ァアン!?」
強面のおっさんが幼女みたいな人に怒られている光景はまさしく異様。
一体何を見ているのだろうか。
「ねぇ、掌くん。あれじゃ一体どちらがヤクザかわからないよ」
「いやどっちもヤクザではないよ!?」
ヒソヒソとそう言う結に空かさずツッコミを入れる正弦。
ガラスのハートがどんどん削られていく。
「いやいや、冗談はそのいかつい顔だけにしといて下さい」
「「確かに」」
「確かに!?」
書記官にも盟蓮にも見放された正弦はショックを倍増させた。
初めてあった頃の面影はもう無かったので、完全に舐め切られている。
しかし、まだ四面楚歌ではない。
せいぜい背水の陣である。
期待を胸に掌の方を向くが、
「高圧的な取り調べをする人に温情をかけるとでも?」
間違いない。
「誰かーッ!! 私の味方はいませんかァ!!」
掌はキャラ崩壊しているヤクザを放置して、盟に話しかけていた。
「それにしても、この人の “約人” だったんですね」
「あ? ………ああ、まぁな」
約人。
契約の儀式を交わし、儀式師としての相棒となった2人組を指す。
儀式師は基本2人1組の原則があり、パートナーとでなければ基本捜査は出来ない。
目的は、相互的な監視と保険。
危機的な状況になった時、1人は逃げて情報を伝えられる様に作ったルールだ。
正弦が1人だったのは、あれは捜査ではなく救助活動中に通報を受けたからである。
緊急時、単独でなければ行動が出来る様になっているのだ。
「お前らも人ごとじゃねぇぞ。アタシみたいに妙なのを相棒にする前に」
「そこまでいくとパワハラだと思ッ、眼はダメでしょ!?」
小さい手が顔面、特に眼球中心に炸裂。
急所に当たったとはこの事だ。
「いかんバ◯スが滑った」
「滑ってたまるかそんなもんッ!!」
確かに、息の合ったパートナーの様に感じる。
この2人も相当なベテランと聞く。
恐らく、長らくパートナーだったのだろう。
「とにかくこの試験で同期にしっかり目をつけておけ」
「あはは、肝に銘じておきます」
約人の有無はかなり重要だ。
これは結構冗談抜きに。
そういう意味でもこの2人は成功だと言っていいだろう。
何せここまで優秀な者同士ということも珍しい。
約人の契約に於いて何が重要なのかというと、その儀式の効能である。
個人ごとに効能は違うが、何ががあると言うのは有名だ。
可能であれば早いうちに誰かとなっておく必要があると言える。
「試験かぁ。もうすぐ試験だし、頑張ら、ない、と………………あ………あーーッッッ!!」
耳鳴りがする程の大声を上げる結。
これには思わずみんな耳を塞ぎ、書記官も含めた4人一斉に結の方を向いた。
「うるせェぞクソガキ!!」
さっきまでのイライラがまだ残っていたのか、盟蓮は物凄い剣幕で結に迫る。
しかし、その盟蓮にも気付いていない程、結は途方に暮れた顔をしていた。
「どうしたんですか?」
そう尋ねた掌に、ドバーッと泣きながらしがみつく結。
あまりにひどい顔だったので、掌はギョッとしていた。
「………してない」
「はい?」
「受験登録してないのぉぉぉぉぉ!!!」
結は喚きながら掌の肩を揺さぶった。
今日は儀式師の採用試験当日と言っても、今日の内容は受験登録と軽い質疑応答のみ。
しかし、そこまで受験に関わらないとの事なので、誰も問題視しないのだが、登録してないとなると話は別。
そもそも受験ができないのだ。
「あの………お師匠さんに相談すれば………」
「師匠デバイス持ってないし通信式神も持たせてくれてないんだよおおおおおお!!」
デバイスというのは、マルチタスク型汎用デバイスの略。
旧世代のスマートフォンが行き着いた先で、元々あった記録媒体、通信機器、検索機器としての能力に加え、医療機器の能力やプロジェクター機能、望遠機能なども加わった携帯式の機械だだ。
現代では殆どの人間が持っているはずだが、どうやら彼女の師匠はそれを持っていないらしい。
「でも阿久織さん、彼女の師匠から彼女について連絡が来たのでは?」
「いや、あの人は一方的に式神を遣すだけで、こちらを含めて方々からの通信を一切遮断している。弟子でもこれなわけだしね」
「あぁ………」
なんとなく、ものすごく傍若無人な人柄を想像した。
概ね正解と言えるだろう。
しかし、勝手に受けさせると断ずるわけにもいかないのもまた事実。
儀式師の試験とは、往来での儀式行使という特別な権利を与える分、厳密でなければならないのだ。
こればかりは慎重にならざるをえない。
ただ、
「いいだろ別に。受けさせればいいだろうが」
当人達は、割と軽視している問題だ。
「ちょっとちょっと、盟蓮ちゃんそれはマズい………」
「黙れゴリラ」
「へい」
シュン、と小さくなる正弦。
儀式師の力関係はどうなっているのかと思いたくなる程一瞬で黙った。
湯ノ島 盟蓮、恐ろしい女である。
「話だけ聞くと坊主は見所がある。占術科としては見逃せん。それに………」
盟蓮は一瞬視線を結に向けた。
どういう意図かはわからないが、結は盟蓮がわずかに笑っている様に見えた。
「この小娘も有望株と言っていいだろう」
「!!」
儀式について褒められ慣れてない結は、それを聞いてつい顔を綻ばせていた。
有望。
同じ占術師であるが故に思うところもあるのだろう。
何にしても悪い気はしなかった。
「はぁ………………支部長にバレても私は知らんよ」
忠告を聞く前に、盟蓮はデバイスから連絡を入れていた。
「支部長がそんな小せぇ事気にするかよ………ああ、アタシだ。記入漏れがあったからリストに加えて欲しいのだが………………ああ、2人分。“凛堂 掌” と “晶咲 結” だ」
強行突破され、正弦はあー………と、どんどん声が小さくなっていった。
かなりグレーな気もするが、こうなっては仕方あるまい。
不正合格でもないのだし、目を瞑る事にした。
それにしても、今日1日で色々と情報がグチャグチャになっているせいか、正弦は疲れている様子だった。
だが、そこにまた面倒そうな情報が放られる事を、正弦は予想だにしていなかった。
「………は?」
突然顔色を変える盟蓮。
振り向き様に掌のところへ行き、怪訝そうな顔で尋ねる。
「お前………推薦登録者か?」
「え………まぁ、そうだと思います。バッジもってますし」
「「!!」」
推薦登録者。
RSO内で、大きな権力を持つ人物から直接推薦を受け、試験に参加する者のこと。
登録者は事前に太陽を模されたバッジを渡される。
各儀式師は、生涯で1人だけ推薦できるが、そもそもそれほどの権力を持つ者の中で、誰かを推薦するものは滅多にいないため、とうに消えた制度だと思われていた。
圧倒的実力者が認めた逸材であるが故、ある程度の試験内容は免除される事になっている特別な権利。
難関であるRSOの試験を楽して受けられるとの事で、大変羨ましがられる特権だ。
掌はそれを持っている——————
「でも、僕それ嫌なので一般受験させて下さい」
変な男がいた。
奇妙と言ってもいい。
不気味なほどに外れた男だと盟蓮は思った。
意味が分からないし、解れないのだろうなと思う。
“わざと” をする程のものとは思えない。
後々メリットになりそうな事は特に思いつかない。
だから、彼が行った行動は奇行としか言えなかった。
「は——————————な………お前、正気か!?」
「はい。僕は普通に受験したいです。これ出した本人には許可は取ってますので」
盟蓮はクシャクシャと乱雑に頭をかく。
正直、どちらでも良かった。
そもそも、推薦登録者は変わり者が多いと聞く。
彼もそうだったに過ぎない。
ただそれだけなのだ。
それでもやはり、変だとは思う。
「………もしもし。凛堂 掌の登録を一般に書き換えてくれ………ああ、問題ない…………それで頼む。じゃあ、よろしく」
だが、より興味が湧いた。
目立ちたいとかそんな理由でないのが面白い。
他の数名とも違った掌の異質さに、盟蓮はある種の期待を抱いた。
占術師はどうしても下に見られがちだ。
その占術師が推薦を蹴って一般の試験でどの様に立ち回るのか、それが気になった。
「ガキ供」
「「!」」
「今日あった質疑応答ってやつは身元調査と能力の確認だけだ。それはもう済んでるから無しにする。本試験は明日の9時から。近隣の宿探してやるから1時間前に中庭に集合。装備は整えて来い。これがパスだ」
盟蓮は2人にカードキーの様なものを渡した。
さしずめ入場許可証といったところか。
「健闘は祈ってやろう。さっさと受かってこい。生憎占術科の席は死ぬほど余ってるからな」
「「はい!!」」
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月に手をかざす。
人間誰しもやった事があるであろう行為を、この美しい少女は癖の様に行っていた。
まるで、届くと信じているように。
毎日、毎日。
そして、今日も届かない。
月明かりに照らされ、純白の髪は薄らと光を放っている様であった。
かざした手が影になり、少女の表情は闇に隠れている。
絵になるようなその光景を見る者は誰もいない。
独りを好むわけではないけれど、不思議と少女は独りである事が多かった。
「………いよいよ明日」
新人儀式師は、当然掌と結だけではない。
この少女もまた、儀式師をめざす者。
だが、彼女は普通の儀式者ではない。
胸につける太陽のバッジがそれを証明していた。
「貴方は私にふさわしいかしら? 凛堂 掌くん?」
ゆっくりと手を握る。
彼女は今度こそ、掴む事ができたのだろうか。
自分のそばにいるに相応しい人物の手を。