第ハ話 取り調べられる少年少女
湯ノ島 盟蓮。
第弍支部・占術長を務める、文字通り第弍支部にいる占術師達の長である。
それぞれ特別局には、局長の下に各分野の長となる者が1人ずつ存在する。
それが彼女だ。
担当は、主に局内での違法者の取り調べだ。
彼女の儀式は圧倒的にそれに長けており、どんな嘘も誤魔化しも通じない。
物によっては一桁秒で取り調べが終わってしまうケースもある程だ。
「というのが、アタシのプロフィールだ。わかったら妙な真似しない事だな」
「はーい」
「………」
強面ヤクザ顔のおっさんに慣れた結にもはや死角はないと言わんばかりの余裕だ。
どうせ無罪。
儀式師の取り調べは、旧世代の物とは訳が違う。
あらゆる小細工を無視して、真実のみを抽出する。
黙秘権というものが消えたのも儀式のせいであろう。
黙っていても儀式で罪を暴かれるか無罪を証明されるだけ。
それ故に、結は自分の無罪を知っていたという理由でこんなにも能天気になっているのだ。
「おい」
「はい?」
心なしか目つきが鋭くなっている気がする。
流石におちゃらけ過ぎたかと自重しようと思ったら、こんな事を尋ねられた。
『お前は、リヴァースに加担していない』
質問としてはどこか日本語がおかしいが、結は首を傾げながら答えた。
「はい、加担なんてしてませんけど………」
結が答えたその瞬間、
「………ああ、要らん要らん。もう終わるから」
青白い光が淡く光る。
外にも関わらず、盟蓮は神力を熾していた。
ムラのない神力の光は、きれいな球体状に盟蓮を包んでいた。
見事な技術に思わず結は眼を奪われた刹那、
「は———————————」
迫る。
少し離れた位置にいた盟蓮が、いつの間にか目の前まで来て腹部にそっと手を当てていた。
「『起動』」
青白い光が広がり、結を一瞬で包んだ。
中は薄らと神力で満たされ、熱を帯びているような感覚がある。
すると、
「え、何これ………」
宙に湯気を纏った水の塊が浮かんでいる。
熱気は感じない。
しかし、どう見ても熱湯の塊が浮かんでおり、結はそこはかとなく嫌な予感がした。
これは何か尋ねようとする結。
しかし、時すでに遅し。
湯が風船のように膨らみ、破裂した。
「うわ、ちょッ………どげんなっ…………!!」
湯気をこれでもかと纏う熱湯が結を襲った。
悲鳴を上げる前に、全身を熱湯が包む。
マズい。
これは死ぬ。
そう思って手足をバタつかせ、抜け出そうとした。
眼を見開き、顔が真っ赤になるまで叫び倒す。
必死も必死。
死を逃れるため、結はあれこれあがいていると、ようやく結は気がついた。
自分が一切火傷を負っていない事を。
「………………………?」
「痛くないだろう?」
ニヤニヤと笑みを浮かべて盟蓮はそう言った。
確かに、なんともない。
しかし、これは間違い無く熱湯だ。
煙りは水分を含んでいるので確実に水蒸気だし、それならやっぱりこれは熱湯だと言える。
これは一体と思いながら、結は熱湯から解放された。
盟蓮がパチンと指を鳴らすと熱湯の塊は消え、ついでに結についていた水分も全て消えていた。
濡れて水を滴らせていた結の髪は完全に乾き切っている。
「これがアタシの儀式。『盟神探湯』だ」
盟神探湯。
古代の日本で行われていた占いの一種で裁判の様式として用いられていた。
本来は対象者に内容を宣言させ、熱湯に腕を突っ込ませて、火傷の有無を調べることにより、有罪無罪を調べるという儀式。
だが、盟蓮はその宣言を自分で行って被告を裁判にかけられる。
強制的に犯罪の有無を問えるのだ。
それ故に、付けられた二つ名は 『絶対審判』
彼女に捕まったが最後、洗いざらい話すまで、僕を溶かすような湯に晒されるというわけだ。
「もっと喜べよ、クソガキ。お前の無実が証明されたんだぞ?」
結はポカンと口を開けて突っ立っていた。
一瞬でいろいろなことが起こり過ぎて、まだ整理がつかないのだ。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「え、いや………実感が湧かなくて………ていうか、凄い儀式ですね。それに、絶対審判………凄い有名人じゃないですか」
思ったより小さいけどとは言えなかった。
「オイコラ『小さいと思っていない』って条件で湯ぶっかけるぞ」
「やめて下さいゆでダコになります」
「テメェ!?」
ただの自白である。
それにしても、1個考えていることを読み取るのが上手い人だと結は思った。
今回はそこまで表情にも出していないのに何を考えてるのか当てられれしまった。
やはり長年取り調べをしているとそういう眼も養われるのだろうか。
「というか、それあったらトラックの中で取り調べなんかしなくて良かったんじゃないですか?」
されてないが、一応気になった。
まるで決まっていたかのように彼女に引き継がれたのだが、流石に彼女1人が全部回してるわけではないとは思う。
すると、盟蓮は呆れた顔をして質問に答えた。
「はッ、いつでも誰でもアタシが調べる訳ないだろ。やるとしてもリヴァースの上層、それ以外の組織ならトップレベルでないと基本担当しない。これでも忙しいからな。お前については奴から連絡済みだから特別扱いせざるを得なかったんだ」
大きく眼を見開く。
奴、と盟蓮は言ったが、それが誰なのか心当たりがある。
もちろん、結の師匠である。
彼女はここでは凄まじい力を持っている。
多少なりに融通は利かせられるだろう。
「………あ、だったら………………あの——————」
“私と一緒にいた男の子も取り調べてくれませんか”
そう言いかけたところで、ふとひとつ思い出した。
捕まる時、掌は巻き込むと言っていた。
しかも、あっさりと捕まることを認めて。
まさか、こうなる事を知っていた?
いやいやと結は一度頭を振るが、あり得ないことではないと、どこかで思っていた。
ヒントがあったとすれば、まず現場に落ちていた結の式神。
それで結が彼女の知人もしくはそれ以上の関係者であると察したのだろう。
次に正弦。
『悪食』の二つは有名。
第弍の英雄たる彼が来たから、迎えが第弍支部だと勘付いたと思われる。
そして、ここにいる彼女。
盟蓮だ。
彼女も第弍支部の有名な儀式師の1人。
このパーツさえわかったのであれば、何も抵抗する必要もないし、弁明を求めることも無意味だ。
盟蓮の儀式がある以上、むしろ時間の無駄になる。
あの一瞬でそこまで考えて捕まったというのなら、驚異的だと言うほかない。
舌を巻かずにはいられなかった。
凄まじい戦闘能力。
金の神力。
窮地に立った時の頭の回転。
やはり、どう考えても只者ではない。
結は、一層掌のことが気になっていた。
「うおーい。どうした?」
「あ…………いや、大丈夫です!! それであの………」
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凛堂 掌、16歳。
都内在中で、保護者、親戚は無し。
狭いアパートに一人暮らしで、貯金とバイトで暮らしていた。
今回の試験を機に儀式師を目指し、本番である今日会場に向かっていたところ、リヴァースのテロに巻き込まれ、“仕方なく” あの『暴牛使い』を撃破した。
「という経歴だね」
「はい」
取り調べ室には幾つもの儀具があり、それを取り囲んで掌を調べている。
担当儀式師は、阿久織 正弦。
「胡散臭いな。後半はともかく前半。戸籍は本物かい?」
「本物ですよ。好きなように調べてみてください」
相変わらず朗らかな掌。
しかし、今回ばかりはその笑顔に、若干の翳りが見えないこともなかった。
「ふーむ………………まぁ、それは良い」
正弦はゆっくりと立ち上がり、掌の周りをぐるぐると徘徊し始めた。
探っているのは確かだが、彼の表情から鑑みるに、得られているものはそこまで多くなさそうだった。
その一方で、掌は笑みを崩さずに、それをただ黙って見ていた。
そしてついに、痺れを切らした正弦が、本当に聞きたいことを聞き始めた。
「君、何者だ?」
ポンと肩に手を置く。
いや、“ポン” どころではない。
物凄い力で押さえつけられている。
ギリギリと筋肉が膨れ上がった様子が服越しにも伝わる。
書記官は額に小さく汗をかきながらその様子を見ていた。
だが、
「………ただの学生ですよ」
それでもなお、掌は表情を変えない。
まるで何事もないように座る掌を見て、流石に諦めたのか正弦は手を離した。
「ただの学生………妙な色の神力を見に纏い、見習いをぬけたばかりの新人とはいえ2人係りのプロの一撃を躱し、尚且つ今のもやせ我慢ではなく聞いてないと見えた。とてもただの学生とは言い難いがね」
「あはは。個性が強いって昔から言われてるので」
「む………」
「なぁッ!?」
パシッと軽く肩に置かれた手を払う。
書記官はいい加減驚き慣れたと思ったが、ここ1番の間抜け面を晒していた。
当の正弦も、顔には出さないが驚いてはいる様子。
これは手を焼きそうだと覚悟を決めていた。
すると、
「さて、時間切れですね」
「何?」
取り調べ室の扉が開き、盟蓮が現れた。
「!!」
「交代だゴリラ。後はアタシが引き継ぐ」
ニッと笑う掌。
計算通りことが進んで、浮かべたその不敵な笑みに、正弦は言い表せない不信感を抱いていた。