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第七話 第弐支部に行く少年少女



 RSO保有の儀具であるトラック。

 様々な機能が備わった特殊なトラックで、戦闘運用も可能という優れもの。

 儀式師が任務に赴く際に使用される。

 そして、違法な儀式者を取り締まり、連行する際に使用されるのもこのトラックだ。

 

 結は、このトラックに乗って出撃する事を何度夢見たかわからない。

 故に、今そのトラックで連行される側として乗っかっている事は、全く想像できていなかった。




 「ぐぬぬ………」



 (むすび)はものの見事に不機嫌になっていた。

 正弦(せいげん)に対して、よく思っていないおかげか、結の人見知りはかなり軽減されていた。

 



 「まぁまぁ、落ち着きなさい。ほら、紅茶でもいかがかね、お嬢さん」



 

 向かい合って座っている正弦からは、先ほどまでの威圧感がすっかり消えていた。

 それどころか、見た目にそぐわない優しい中年であった。

 見た目にはそぐわないが。


 ただ、これだけ揺れるトラックの中でカップの紅茶を一滴たりとも溢さず平然としている辺り、既に只者ではない。



 「申し訳ないね。事が事だったからこちらも相当急いているんだ。………死者数も少なくない」


 

 トラックには、奏次郎(そうじろう)も乗せられていた。

 確かに、この男のミノタウロスは相当な火力だった。

 今思い出しても膝が震える。

 崩壊した街にいた人々は、一体どれほどの恐怖を抱いていたのだろうか。

 加えて、彼らの他にもまだメンバーはいた事だろう。

 それだけの人数が大暴れして、規模が町一つで済んでいるだけマシなのかもしれない。



 「君らがこの男を捉えてくれたのだろう? 周囲に死体があったが、頭であるこの男が生きていたのは我々にとっても大きい。礼を言う」


 「や、私は別に何も………」



 そこまで言って、結はキュッと口を噤む。

 そう、何も出来なかった。

 ミノタウロスと戦っている時、結はお荷物でしか無かったのだ。

 結はその事実が、悔しくてたまらない。

 自分掌が圧倒的なまでの強さを持っていた事に対して、同じ占術師として希望を持ったのは確かだが、やはりそれ以上に、羨ましいと感じていたのだ。



 「………正直、私は君に関しては疑ってはおらんのだよ」


 「!」



 ゆったりと紅茶を口にしながらそういう正弦。

 ホッと一息つき、視線を結に移した。

 しかし、



 「君は弱い」


 「なっ………………!!」



 その眼に、結は映っていなかった。



 「長年この仕事をやっていて、人というものの性質がいくらか見抜ける様になった。君に人は殺せんよ。それが例え、任務であったとしても」


 「それはッ………………」



 黙り込む結。

 この仕事は、決してまっさらと言うわけではない。

 彼らは、儀式師は、その職務を果たすにあたり、大きく二つの権限を得られる。


 一つ、往来での破壊的儀式の行使。

 敵を倒す以上、攻撃は必須。

 民間人でも正当防衛の場合は使用を認められるが、やはり厳密な制約がつく。

 彼らはその一切を免除されるのだ。

 警察の持つ拳銃と同じである。

 

 

 そしてもう一つ。

 儀式による、違法儀式者の()()()

 これが最も大きい。

 殺害は滅多に公にはならないが、実際は相当数の違法な儀式者が殺処分されている。

 市民もそれを知って黙殺していた。


 それ故に、儀式師になるための門は狭く、合格率は数万人、数十万人に1人と言われている。


 彼らも殺すのだ。

 夢に描く様なヒーローとは違う。

 あくまでも、最優先は違法儀式者の撲滅。

 暴力に対抗するための合法の暴力。

 それを認められている組織こそ、RSOなのだ。

 


 「まぁ、確かに殺さないという誓いを立てている儀式師もいる。しかし彼らは、いずれもそういった身勝手を許される実力者だ。君はそれに並べるか?」



 結は、ハッとした顔で、師匠を思い出していた。

 彼女も師匠も、殺さないという誓いを立てている儀式師。

 正弦の言う通り、実力は折り紙付きだ。


 像を映さない冷たい眼。

 諦めろと言わんばかりの言葉。

 これは、彼なりの優しさなのかもしれない。



 分不相応、と言われればそうなのだろう。

 結は占術師。

 戦闘能力など皆無。

 しかし、儀式師である以上、人を殺さねばならない場面はきっと来るだろう。

 その時、その違法者と助けるべき市民の両方を救うだけの余裕を果たして持てるのか。


 茨の道ですらないかもしれない。

 道なんて無いただのどん詰まりの可能性だってある。




 ————————————それでも。



 冷たい眼を見返す瞳に、強い意志が灯る。


 『諦めろ』


 その眼に結は、諦めないと訴えかけた。

 結は、ヒーローになるという意思は、何があろうと曲げる気はなかった。



 そしてようやく、2人は()()()()()のだ。


 

 「………………なるほど。諦めの悪いのはよく分かった」



 正弦はトラックの窓のカーテンをに手をかけ、今度はちゃんと結を見てこう言った。




 「それでも挑むと言うのなら、しかと眼に焼き付けなさい。悪人を裁く、人殺しの集う組織の根城を」




 カーテンが開かれ、外の景色が映る。

 トラックは、いつの間にか目的地周辺まで来ていた。

 結は指を刺された場所から、狭い窓の外を見る。

 結はハッと息を飲んだ。

 そこにあったのは、夢にまで見た儀式師達の根城であり、その一角。



 儀式対策特別局第弍支部



 日本でたった4人の、とある栄誉を受けた儀式師の内1人が局長を務める、特別な対策局の一つである。



 「あ、マズい」



 正弦は向かい合った結との間に、トラックの隅にあった雑なテーブルを置き、資料を載せ始めた。

 傍に置いていた録音機器をセットし、オホンと咳払いをする。

 何を始める気なのか結は薄々気がついていた。



 「ささ、取り調べを………」


 「仕事ば忘れんなやヤクザゴリラ」



 目の前には、仕事をし忘れて焦るおっさんがいた。











——————————————————————————————












 「何忘れてるんですかこのヤクザゴリラ」



 部下らしき女性からも罵倒されていた正弦。

 やはり移動中に幾らか作業を済ませておけという話だったらしい。

 そういえばヤバいとか言っていた。


 正弦は申し訳なさそうにしょんぼりしていた。



 「晶咲(あきざき)君、怒られてしまったじゃないか」


 「自業自得じゃないですか」



 すっかり正弦に慣れた結。

 初対面だと緊張するが、遠慮が要らないとわかると遠慮しなくなるのも結の面倒なところである。


 それにしても、正弦は完全に人が変わったようであった。

 この男、素だとこんな感じの繊細なキャラなのだ。

 紅茶を飲んでたのも、カフェインを摂りたいが栄養ドリンクとコーヒーが苦手だからという理由がある。

 ちなみに激甘。

 しかし、厳つい目つきと顔とオールバックのせいで、部下にヤクザゴリラと呼ばれる始末。

 そしてついには初対面の結にあだ名を言い当てられた様な気分になって余計しょんぼりしていたのだ。



 「君ぃ、もう少し取り調べる儀式師相手に媚びうるとかないのかね? ほら、励ますとか。心証良くなるよ?」


 「容疑者相手になんて事言ってるんですか」



 とんでもないヤクザゴリラである。

 そんな風に冗談を言っていると、先程罵倒していた女性から睨まれ、肩を竦めていた。

 ただ、この男のお陰で嫌な感情が霧散していったのも事実。

 感謝はしている。

 しかし、



 「ま、仕方ない。私の担当は君ではなくなったのでね」


 「え? ちょっ………」



 正弦は結を置いて何処かへ行こうとしていた。

 一応捕縛されている結は、これは大丈夫なのかと心配になってオロオロしていると、正弦が一言だけ説明をした。



 「君が合格すれば上司となる子………じゃない、方が担当だ。今のうちに仲良くなっておきなさい」

 


 正弦はそれ以上何も言わず、妙な程足早に去っていった。

 言うだけ言って逃げられた様な気分だ。

 恐らく、彼は掌の担当をしに行ったのだろう。

 となると、正弦の言動から察するに、新しい担当となるのは占術師。

 つまり、結の先輩になるかもしれない儀式師だ。


 だが、



 「あばばばばばばば………………」



 結はチワワになっていた。

 ブルブルと震えながら、想像だけで緊張はマックス。

 手に“人”と書きまくっているうちに“入”になっている事に気付かないほど緊張していた。




 すると、早速背後に人の気配を感じた。




 「お前が晶咲 結か」


 「ひぃぃぃ!!!」



 たくましい声だった。

 低いとか野太いとか、そうではなくて、どこか安心出来るような感じがする。

 快活そうでふくよかな女性を思い浮かべたくなるような、そんな声であった。

 

 結はイメージに従って、恐る恐る振り向く。



 「………あれ?」


 

 思わず首を傾げる。

 誰もいない。

 ぼーっとイメージが影帽子のようにその虚空に映る。

 すると、視界の端にやたらけたたましく動く触覚を見つけ、視線を落とす。

 


 「………」


 「なんだ!」



 はい、影帽子消えました。




 「お前は………失礼な奴だッ!!」



 ビシッと指を刺して叫ぶ幼女。

 断定であった。

 『失礼な事を考えているだろう?』 『いいえ』という工程はもう省かれていた。

 まぁ、当たっているのだが。



 「はい! ぐうの音も出ません!!」


 「出せよ!! そして否定しろ!!」



 オレンジ髪のアホ毛幼女はギャーギャーと喚き散らしていた。

 結は幼女と分かり次第ホッとした。

 子供は緊張する対象にはならないのだ。

 ただ、慣れればズカズカ言ってくる性格のせいで、いまいち子供に好かれないが故に、若干の苦手意識はある。

 ただ、この子供は大丈夫そうだと思って安心した。

 そして、出会い頭からかなり濃い性格を見せつけた彼女こそ、正弦の言っていた担当の儀式師である。



 「チッ………クソガキがよぉ………」


 「あの………巻き込んでますよ?」


 「巻き込んどらんわ、馬鹿野郎がよぉ!! 大人だよアタシは!! 察しろ!!」



 幼女………小柄な女性儀式師は、煙草を取り出して似つかわしいとは言えない見た目で徐に吸い出した。

 そして、額に青筋を浮かべ、名乗りを上げた。



 「アタシの名は湯ノ島(ゆのしま) 盟蓮(みょうれん)。生意気なクソガキが嫌いな24の女だ! そこんとこ覚えときな、犯罪者候補!!」

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