表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第五話 禁術儀師 凛堂 掌

 「………………さて」


 「!!」



 笑みは消えないまま異様な威圧感だけを残し、掌はミノタウロスと奏次郎を見た。



 「続きは僕とですよ、“暴牛使い” さん」


 「ふむ、私の二つ名を知っているか………」


 「あはは、有名でしょう貴方。彼のミノタウロスを召喚し、使役するリヴァースの有望株だと()()で最近よく耳にしますよ」



 軽く腕を伸ばし、ストレッチをする。

 その姿を見て、奏次郎は怪訝そうに表情を歪めた。



 「知っているなら尚更不可解だがね。この私に挑もうとは」


 「貴方自体は雑魚じゃないですか。凄いのはあくまでもミノタウロスですよ」



 話を遮った掌に青筋を浮かべながら怒りを溜めていく奏次郎。

 彼はかなり短気であった。



 「もういい。貴様のような馬鹿は嫌いでね。さぞ素晴らしい召喚獣を持っていると思ったが………」


 「いえ、僕は手相占師ですよ」



 ポカンとする奏次郎。

 信じられないものを聞いたと言わんばかりに呆れ果てていた。

 そして、




 「ふっ、ふはは、あははははははははは!! これは傑作だ! よりによって手相だと!? 底辺のゴミ儀式じゃないか!! 占術師如き雑魚でよくもまぁ………くくく」


 「あまり、占術師を馬鹿にしない方がいいと思いますよ。底が知れます」



 掌は笑顔でそう言った。

 しかし、相手が占術師だと分かった奏次郎には、ただの戯言にしか聞こえなくなっていた。



 「いいだろう。そこまで自信があるのなら、君が力を使うまで待ってあげよう。流石に見せ場もなく死にたくないだろう?」


 「あ? いいんですか? それならお言葉に甘えますね」



 ぴょんぴょんと飛んで、準備運動を終わらせた。

 スーッと息を吸う。

 そして、神力を起こした。



 『——————起動(セット)



 淡く青い光が浮かび上がる。

 ふわふわと、柔らかい光だ。



 「くくく………やはり軟弱な青の光だな………………ん?」




 何かがおかしい。

 奏次郎はそう感じた。


 掌は手相占い師だと言った。

 手に神力が集まっているあたり、嘘ではないだろう。

 神力が青い時点で占術師であることは確実なのだ。

 恐る必要は何もない。


 なのに、何かを予感していた。




 「それじゃあ、いきますね」




 掌はグッと、左手を合掌するように立てた。

 そこに、四指折って親指を立てた右手を近づけて、親指を手のひらの中心に近づける。

 すると、掌は突然奏次郎に問いかけた。




 「………………スポーツ線って、知っていますか?」


 「は?」


 「運動能力に関する手相で、それがある人は運動能力が優れている。そう言う線です」


 「それで? それがどうした」


 「これから、ぶっ潰される貴方に、少しでも教養をあげようと思って話しただけです」





 グッと親指を押しつける。


 集中——————————






 これは、知られざる力。

 常識を覆す力。

 危機を覆す力。

 そして、運命を覆す力だ。




 『——————————形態転化(アルターモード)



 青。

 それが、占術師の光であり、誰もが知っている常識である。

 しかし、それは誰も見たことがなかった。



 「!? 待て………なんだ………………あの光は………知らない、私は知らないぞ………!!」




 黄金を纏う、蒼き光など。



 ジッ………と、奏次郎を冷ややかに睨む。

 掌は、何もわかっていない男に告げた。



 「覚えておいてください。僕は手相を【視る】儀式者じゃない。僕は、手相を【刻む】儀式者だ」



 そして、掌はそれを唱えたのだった。





 『——————————モード・リライト』





 蒼き黄金の光は、全てを照らす太陽の如く、強く輝いた。






 「やれッ!! ミノタウロ——————」



 約束を破り、手を出し始める奏次郎。


 マズい………これはマズい。

 そう私の本能が言っている。

 無視できない。

 ダメだ。

 させるものか。

 このまま殺す………………そう思っていたのに、



 「待て………何故だ………」




 掌の儀式は、すでに完成していた。



 「何故貴様が………上にいるんだッッ!!」





 天上に足をかけ、ミノタウロス共々奏次郎を見下ろす掌。


 帽子が飛んでいき、その素顔が露わになった。


 白黒の斑な髪をした子供っぽい顔の少年。

 結の思った通り、優しい顔をしている。

 


 (ああ、そんな顔だったのか)



 結に向ける優しげな笑顔は、年相応の可愛らしい笑顔であった。

 ホッとする。

 初めて会ったときに彼がむけたものと同じ、帽子の下からもわかる優しげな笑みを見て、結は安堵していた。

 

 しかし、表情は打って変わって厳しいものに。

 奏次郎を睨みつけるその眼には、手練れの奏次郎さえ、身を竦ませるほどの怒りが、殺気が篭っていた。

 子供らしさなんぞどこにも無い。

 見下げ果て、冷め切ったその表情からは、一切の温情が消え去っていた。




 「………………………無辜の人々を傷つけ、正義を踏みにじり、理想に刃を突きつけた事」




 消える。


 風が吹く。

 甲高い音が聞こえ、迫る。

 そして、




 「痛みを以て償え」




 目にも留まらぬ拳が振り抜かれ、奏次郎は地面に叩きつけられた。




 「ぉ、ゴッッッッ…………………!!」




 まだ生きている様だ。

 しかし、既に死に体。

 全身の骨が砕け、あと一撃で完全に息の根を止められるほどに衰弱させられていた。




 「ぁ、が………ぃ、ふ………そ、んな………馬鹿、な………たかが、て、そう………う、らない………しごときに………」



 ゆっくりと近づく掌。

 すると、皮肉いっぱいにしゃがみ込み、そこから見下ろしてこんな事を言った。



 「どうですか? そのたかが手相占い師如きに落とされ、顔をボコボコにされた感想は?」


 「な、んの………ぎ、しき………………だ!!」


 「言っているでしょう? 僕は手相占師。手相以外に何を使うというんです?」



 そう。

 使っているのは手相だ。

 そこに偽りはない。

 しかし、ただの手相占ではなかった。




 「くそ………くそ、くそッッ、くッッッそォォォオオオオオオオオオッッッッッ!! ふざけるなぁァァアアア!!」




 大声を上げる奏次郎。

 奏次郎は瀕死だが、ミノタウロはまだ倒れていない。

 掌はミノタウロの方を向いた。

 すると、



 「ミノタウロ………ス………………こいつを………原型がなくなるほどに潰して殺せェェエエエエッッッ!!」



 「グォォオオオオオオオオォォオオッッッッ!!」



 変わらず、凄まじいスピードで接近するミノタウロス。

 掌は小さく嘆息し、再び先程と同じポーズで待機した。

 

 引きつける。

 あのミノタウロス相手に、正面からまともに挑もうと言うつもりだ。

 それを見た結と奏次郎は、目を見開き、戦慄を禁じ得ないようすだった。


 しかし………



 それ以上に、これをどうにかすると思っている自分自身に、2人は驚いていた。



 そして次の瞬間、2人ははっきりとそれを見た。





 「哀れな獣だ………愚かな主人に使役され、満足に力も振るえず、なけなしの知性と理性も奪われている」




 親指が抑えた場所から、透き通った青い糸の様なものが見える。

 掌はそれを手のひらに押しつけ、鍵を開けるように親指を回した。


 すると、身体に纏っていた黄金の光が、溢れんばかりに吹き出した。




 「だから、僕が救ってあげる」





 ——————手相占。

 それは、占いとしては低級の儀式であり、戦闘能力など皆無である………と言うのが、一般常識だ。


 しかし、何事にも例外がある。


 曰く、それは外法の果てにあるもの。

 踏み砕かれた幾人もの屍と、まき散らされ、流され続けた誰かの血と、吐き捨てられた多くの希望を踏み越えた先に、たった1人が得たもの。

 そう、道の終わりに生み出されたのは、ただ1人の子供。


 それが彼、凛堂 掌である。


 そして、彼を生み出した者達は、彼のような呪われた人間をこう呼ぶのだった。

 




 禁術儀師(きんじゅつぎし)、と。








 親指を思い切り引き、青い糸が伸びる。

 そして、親指から離された糸は掌の腕に絡みついた。



 「「!?」」



 青い糸は掌の手相。

 スポーツ線と、彼が読んでいた “相” だ。

 彼は、自らの手相を引き剥がし、伸ばすことによって、その効力を限界まで引き出す力を持っている。


 故にそれは、信じられない身体能力を掌に与えた。




 踏ん張る。

 もっとだ。

 もっと引きつけろ。

 棍棒が迫るその一瞬まで待つんだ。

 

 溜めて、溜めて、溜めて、溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて溜めて





 「ッッ——————————」





 溜めた全てを余すことなく解き放ち、一気に………飛ぶ。



 降って来た棍棒をすり抜け、弾丸の様に空を裂く。

 鋭い音が耳に刺さる。

 自身に受ける凄まじい圧力を物ともせず、その弾丸は一気にミノタウロスの目の前に辿り着き——————————




 「ッァアアッッ!!」




 ミノタウロスの目を潰した。




 「グ————————————ギィィァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」





 断末魔の叫びが、そこら中へ響き渡る。

 聞くに耐えない獣の声。

 しかし、聞いたものは誰しもがわかったと思う。

 この叫びは、恐怖の叫びであると言う事を。




 「な………………………!! ん、だと………何故、人げ、んに………あれ、ほ、どの………速さ、が………!」



 掌はその話を無視して、再び親指を掌に突き立てた。



 「獣にも、“相” はあります。()も、持って生まれた運命には抗えない」



 ゆっくりと近づいていく。

 今度はまた、別の場所を押さえていた。


 どんどん高まっていく神力。

 金色を纏った蒼き光は、溢れんばかりに周囲を満たし、渦巻いていた。



 「お、い………………止せ………何を、するつもりだ」



 奏次郎は掌を止めようと手を伸ばす。

 しかし、掌は止める事なく、どんどん力を溜めていった。



 「たとえ眼が見えずとも、もうお前には見えているだろう?」



 暴れ続けるミノタウロス。

 しかし、その攻撃が当たる事はもう無かった。



 生命線。

 掌は思い切りそれを引き出し、腕に巻き付けた。

 長く、強く。

 それは、彼に強靭な肉体を与える。

 卓越した身体能力。

 そして、人を超えた超常の肉体。


 掌は、そこに溜めていた神力を、ありったけの力を集め、握り締める。

 拳を中心に巻き起こる小さく力強い力の渦。

 そして、それを確かに、ミノタウロスは()()()いた。





 「それが、お前へ刻む死の相だ」



 

 

 放たれた拳が乗せる、“死”という刻印を。














——————————————————————————————













 この力を見た瞬間から、結はただただ驚愕していた。


 そして、希望を持っていた。

 戦える占術師という可能性に、結はどうしようもないほどに希望を見出していた。



 しかし、()()を見てしまったからには、ただ一言、“戦慄を覚えた” としか言えなかった。



 拳を放った際に出来た、足元の巨大なヒビ。

 神力の余波で、吹き飛ばされた様々な残骸。

 そして、消し飛ばされたミノタウロスの先に出来た、工場の壁をも飲み込んだ空洞。


 地面はくり抜かれ、残骸はもろとも飲み込まれた。





 「掌くん………あなたは一体………」



 「そうですね………では、改めて自己紹介しましょうか」



 背を向けていた掌は、出会った時と変わらぬ笑顔で、こう語った。






 「凛堂 掌。外法より生まれた禁術儀師であり、あなたと同じく儀式師を目指す者です」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ