第四話 弱く気高い少女 晶咲 結
「マズいぞ………あの女が出張って来たとなると、いかに奏次郎様でも………」
「何故、あれ程の儀式師が………」
奏次郎の部下の3人は、すっかり狼狽えていた。
あの儀式師が来ていれば、この3人は瞬殺されるだろう。
しかし、
「鎮まりなさい」
奏次郎は至って冷静だった。
それどころか、笑ってすらいる。
「何を狼狽えることがあるのかね? あの女とて1人ならばどうとでもなる。それに、このような間怠っこしい真似をするはずが無いでしょう」
奏次郎は、拾った石を投げて結界に当てた。
効果は未だ持続している。
「チッ………効果はまだ続いているか………」
「しっ、しかし奏次郎様………あの女といえば儀式者の中では最早伝説ですぞ!?」
坊主頭の男は、大仰に手を広げてそう言った。
「ええい、うるさい! 探知役の貴様がそうやって冷静を欠くと、見つけられるものも見つから——————」
そう、坊主頭の占術師は完全に冷静さを欠いていた。
儀式において、集中力というのは欠かしてはいけない重要な要素である。
故に、
「愚か者!! 後だ!!」
坊主頭は、背後より儀具を持って迫る結に、一切気づかなかった。
とっさ動こうとするが、やはり反応は遅れている。
十分な隙だ。
「ふッッ!!」
「ッ、がッッ………………!!」
頭を棒で殴られ、よろける男。
そして、そのまま先端を首元に突きつけられ、
「眠ってて」
そこから放たれた電撃で気を失い、そのまま倒れた。
「アンタが黒幕ね」
敵を見据え、堂々と構える結。
人見知りの彼女も、容赦する必要のない敵が相手だと、一切アがる事はない。
怯えず、しかし緊張感は適度に持ち、戦いというものを理解して対峙している。
「ほう? 君が式神を寄越したのかね? 先端の札を見るからに………あの女からかなり援助を受けているようだな」
ニヤリと笑う結。
反応から見て、奏次郎を怯ませるのは無理だと思ったが、今の一言で残りの2人を萎縮させてくれた。
どうやらこの2人は相当下っ端のようだと察する。
これなら、逃げ切れるかもしれない。
チラリと下っ端に視線を遣る結。
ここを正念場を定め、水晶玉を取り出し、棒状の儀具を構えた。
「私は………その女の弟子よ。『起動』」
水晶が、青い光を放ちながら浮かぶ。
奏次郎は、興味深そうにそれを見ていた。
「ほう? 水晶占か。占術の中でも高位の儀式。あらゆる占術で見通せるものを汎用的に見通し、精度も相当だという。なるほど、勝てないのも道理か。“振り子”………しかも三下のもの如きでは精度で劣ってしまう。しかし」
奏次郎はクククと可笑しそうに笑っていた。
原因は、結自身が一番わかっている。
「子供………それも、占術師如きが出張って来たのは失敗だったな。貴様、死にたいのか?」
「死にたがってるかどうか、はッ!!」
——————————薙ぐ。
心臓に迫っていた刃を、見ることなく、弾く。
落とす。
流す。
打つける。
巻く。
そして弾く、弾く、弾く。
まるでどこに来るかわかっているかのように棒を振る。
見ていないのに、だ。
だが、それは否である。
結は視ている。
己にかけられた呪いの位置した因果を。
「分からンッちゃろ?」
「そんな………」
後退りする呪術師。
戦意はほぼ喪失していた。
「メソポタミアの人形呪術ね。人形に傷をつけ、そこに同じ傷をつくようにするという、因果を逆転させる儀式………ふふふ………鬱陶しい儀式ッたいねェ」
ぺろっと舌を出す結。
地元訛りが出ている。
命の危機を感じ、 “入った” らしい。
そして、ドンッ!! と地面を踏みしめ呪術を使っている男の方へと駆けだした。
「くッ、来るな!!」
例の師匠を使った策は大成功だったようだ。
こいつは完全に萎縮している。
そうだ。
戦える。
私だって戦える。
掌くんの言う通りだ。
占術師がなんだ?
それがどうした!
私は私なんだ。
「所詮かどうかは、私が決め————————」
その刹那、己の中の何かが警鐘を鳴らした。
なんだ? 何かが来る。
マズい、このままだと打つかる。
水晶が映している。
これは、巨大な
「棍ッ、棒!?」
巨大な塊が鼻先を擦りながら振り抜かれた。
結は上体を逸らしてなんとかそれを躱したが、目の前にいた男が消えていた。
そう、あいつはあの棍棒に………
「おや、これを躱すかね」
「ッ………………アンタ、自分の仲間を………!!」
「儀式師ですらない占術師のガキに舐められる者など、リヴァースに必要ないのでね。ああ、もちろん」
ギロリと、何もしなかった祈祷師を睨みつける。
まさか、と思った結は、手を伸ばしてそれを止めようとする。
「ひっ………………や、やめッ————————」
「役立たずも、ね」
ぐしゃり。
べちゃり。
悲鳴も上げられなかった。
まるで土のように、祈祷師の体が潰れたのだ。
あまりに凄惨な光景に、子供たちの中には吐き出してしまう子もいた。
それは、あまりに絶望的な生物だった。
その巨体は3mを優に超え、速度も完全に人外レベル。
そして何より、その力。
男を潰した場所は、巨大な日々が入り、大きく凹んでいた。
「紹介する。【ミノタウロス】だ」
「グォォオオオオオオオオォォオオッッッッ!!」
ミノタウロス。
牛頭人身の怪物。
あまりの凶暴さに、迷宮に閉じ込められたという逸話をもつ、正真正銘人外の化物だ。
奏次郎は空想種———————現実に存在しない化け物を召喚した。
しかも、神話に出てくるような化け物だ。
「どうだ? 怖気付いたか?」
「………………」
怖い。
確かにこれは自分には太刀打ち出来ない化け物だと、結は理解していた。
だが、それでも。
怖気付いている場合ではない。
杖を構えろ背後には子供がいるのだ。
ここで退けば、また理不尽に人が死ぬ。
それだけは、絶対にあってはならないのだ。
「ミノタウロス………………はッ、上等よ。返り討ちにして 」
その予知は脳裏を過り、一瞬にして結から攻撃という選択を消し去った。
ダメ、避けきれない。
予知、見える。
しかし間に合わない。
ミシッ、と地面が軋む。
一歩。
たった一歩だった。
踏み出したと思ったミノタウロスは、一瞬で目の前まで迫り、棍棒を引いていた。
これはあまりにも、
「ッ、ぎッッッ………………ガッァアッッ!!」
疾すぎる………………………………!!
吹き飛ばされる結。
なんとか正面からの激突を避け、ガードを間に合わせた結。
そして棒で挟み、直撃は防いだが、
「ッッ………………ぁ、が………!」
壁に激突し、そのまま落ちる。
下にあった段ボールで落下死は防いだが、既に結は瀕死だった。
知能が低かったのと、場所で死は免れたが、幸運が重なってこれだ。
ここまでとは。
想像力があまりに欠けていた。
次元が違いすぎる。
勝てる敵どころか、向かうべき敵ですらなかった。
「あの女の弟子と言っても、所詮は占術師。この程度か」
「………………!!」
ピクリと動く結。
もう戦う力もないはずなのに、血が出るまで拳を握り締めていた。
まただ。
また、所詮と言われた。
どうしていつもこうなのだろう。
なんでこんなに蔑まれなければならないのだろう。
奏次郎はミノタウロスを呼びつけ、瀕死になった結を上から眺めた。
「君は調子に乗り過ぎだ。私たちをリヴァースと知って狼藉を働いたのなら尚更理解に困る。そもそも優れた儀式者である召喚師に、占術師如きが勝てる筈もないだろう?」
ああ、悔しい。
何故こんな悪人に負けなければいけないのだろう。
劣等などと卑下されなければいけないのだろう。
………嫌だ。
認めたくない。
負けたくない。
こんなクズに負けるなんて、死んでも耐えられない。
何より………………まだ、子供たちを救えていない。
「………ん?」
膝に手を当て、ボロボロの体に鞭を撃って立ち上がる。
結の眼は、まだ死んでいなかった。
神力の力はまだ残っている。
儀具もまだ握れる。
終わっていない。
そう頭の中で反芻し、足を前に出す。
「ほう? まだ立つかね。いいだろう。その醜く無様な執念に敬意を表して、遺言くらい聞いてやろう」
また一歩、一歩と敵に向かっていく結。
その姿はあまりに無様で、なにより勇敢だった。
こんなところで負けて言い訳がない。
私はヒーローになるんだ。
私が憧れたあの人のような、なんでも守って誰でも救った、私の師匠みたいな。
私は、まだ———————————————
「なに、も………………守、れて……ないッ!!」
「そうか。では死ね」
「こんにちはー」
ピタッと動きを止めるミノタウロス。
声とミノタウロスの行動に、妙だと思った奏次郎は、ミノタウロスに後ろを向かせて、その声の主を見た。
その瞬間、
「ふっ、ふははははは!! なんだね少年? 今こちらは取り込んでいるのだが、」
「あー、ミノタウロスか。宝の持ち腐れですね」
気分が乗っていた奏次郎は、一気に冷めていく。
そして、だんだんと上がっていき、その簡単な挑発に反応した。
「少年、口の聞き方に気を付けろと言われなかったか?」
「うーん、僕は親にまともな教育受けてないので言われたことはないですね」
「はッ、気色の悪い小僧だ。この女の仲間か?」
結はボヤけた眼を出来るだけ見開き、その姿を捉える。
誰だ?
仲間?
………わからない。
でも、知ってる声だ。
………………ああ、そうだ。
この声は、私に勇気をくれた人の声だ。
「しょ、う………くん………………?」
掌は、結と出会った時と同じように、ニコリと笑ってこう言った。
「よく頑張りました。あとは僕がなんとかしますから、今はそこでゆっくり休んでいてください」
「ぁ………………」
そこで、今まで張っていた緊張の糸が切れ、気力だけで保っていた結は、膝をついて倒れた。