第三話 正義を誓う少女
「ふぁ………よく考えれば、人見知りでスマホやデバイスが無くても、目的地ぐらいわかるよね」
結はほとんど人の乗っていないバスでそう呟いていた。
地図なんてそこら中にあるし、生き方も図書館などの施設に行けば普通にわかる。
今までが急すぎていたのだ。
落ち着いたのは、やはり先程の少年、掌と話したお陰だろう。
別に結は、人付き合いが苦手なわけでは無い。
初めて会う人間が苦手なのだ。
好まれる距離感も分からなければ、してからの印象も、ノリも、何もわからない。
そうすると、まるでお面を被った様に顔が見えなくなる。
結は、そんなお面を被っていない相手でないと、怖いと感じてしまうのだ。
「………あと3分、か」
目的地に着きさえすれば、後はわかる様になっているとの事だ。
どう言うカラクリかはわからないが、もうこれで着いたも同然。
一安心できると言うわけ、
だったのだが、
「…………………………っ、ぅ………わっ!?」
バスが突然止まった。
何か問題があったのかとキョロキョロしていると、運転手からのアナウンスが入った。
『えー、乗客の皆様。誠に申し訳ございませんが、この先の区画にて反政府組織【リヴァース】によるテロが発生したとのことです。えー、したがってこのバスは、安全を最大限考慮し、運行を中断させて頂くことになりました。乗客の皆様の安全を守るための処置ですので、何卒ご容赦ください』
数名の乗客が口々に文句を言い始める事もなく、誰もが納得した様子だった。
「………リヴァース………!」
反政府組織・リヴァース。
目下の所、RSOが最も重要視している敵対組織。
儀式使いを集め、様々な場所で犯罪を犯しては災いを振りまく危険な存在だ。
今まで幾人もの有能な儀式師を殺害している者もいると聞く。
だが、結はこの道を通らざるを得ない状況にあった。
この道を通らなければ、迂回するしかないのだが、迂回ルートを考えると、それでは間に合わなくなる。
だが、後3分で着く場所なら、走ってどうにかなる。
恐らく避難勧告は出ているだろうが、RSOの試験となれば通してくれるだろう。
ならば——————
「すみません、降ります!」
———————————————————————————
バスはすっかり見えなくなった。
当然、こんな所で降りた物好きは1人だけ。
結は、閑散とした場所で1人になっていた。
「ふーっ………………よし!」
そして、目的地に向かって走り始めた。
リュックは重く、目的地からはなかなか距離がある。
だが、儀式師を目指すのも伊達ではなく、かなりのスタミナとパワーをつけていた結は、余裕を持って走っていた。
「リヴァースか………」
結は師匠からよく聞いていた。
これから戦う事になる敵の事を知っておけと言われ、様々な事を伝えられたのだ。
曰く、彼らは世界を再生するべく立ち上がったのだという。
そのために、今の世界を壊すというのが彼らの思想だ。
当然、RSOがそれを放っておくはずがなく、永きにわたる争いとなっている。
それが、まさか試験を受ける前からその組織に近づくような事になろうとは思っても見なかったのだ。
しばらく走り続ける結。
視線はいつも周囲に向いていて、何かを探している様子だった。
そして間もなく、結はそれを目にする。
「………………これは………!」
大きな建物が数多く壊されていた。
それだけはない。
所々の民家や道路にも大きな被害が出ている。
これは酷い。
都心から離れた所だったからよかったものの、それでもかなりの人数が被害を出していそうだ。
「……………酷い」
これだけ大きな事件は、なかなか無い。
壊れた様子や炎の上がっている様子から見て割とついさっき発生したのだろう。
だが、RSOの試験会場が近かった事が幸いしたのか、対処がかなり早い。
これなら通れるかも………
放っておくのは忍びないが、この状況で自分ができることはない。
儀式師でない限り、最悪違法だ。
それではまた繰り返す事になる。
ただ指を咥えて眺めるだけの日々を。
今は歯を食いしばって、通り過ぎることこそが正しい。
結は険しい顔をしたままそう思った。
そう、思っていただが、
「———————————————!!」
結は一瞬で顔色を変え、声が聞こえた方を向いた。
子供だ。
子供の悲鳴だ。
「………」
ダメだとは思っている。
ここで向かって仕舞えば間に合わない。
そうなれば、次は一年後だ。
それまで、結は何が起ころうが、指を咥えてただ見ておくしかない。
我慢だ。
ここで真っ直ぐ試験に向かえば、何も問題はない。
試験を受けて、合格して、儀式師になってたくさんの人を救う。
一年遅れれば、その間に救える筈だった人が救えなくなるかもしれないのだ。
—————————それでも、放っておけるわけがない。
どれだけ御託を並べようが、結の前では結局こうなる。
後先なんてない。
ただ目の前があり続けるだけだ。
どれだけリスクがあろうが、目の前で助けを乞われれば、相手が誰であろうと向かっていく愚直さを、結は何処までも貫いていく。
リュックから木箱を取り出す。
結は今度こそ、それを取り出した。
「使いますよ………師匠!」
結は、覆いかぶさっている布を剥がし、それを手に取った。
それは、手のひらに収まる小さな水晶だった。
念じる。
神力を水晶に送り込み、起動の合言葉を口に出した。
『——————起動』
ぼう………と、小さな青い光が水晶の中心に灯った。
水晶は1人でに浮かび、光をだんだんと強めていく。
やがてそれは、強くはっきりとした光となり、炎のように荒々しく光を振りまいた。
そして、結はさらに念じる。
想像しろ。
この方角にいる生命反応を。
倒すべき敵と、子供の姿を…………………よし、捉えた。
「探知…………距離………200m………生命反応………37………この禍々しい神力………敵は4人………!」
結はパッと上を向き、200m先に建物がないかを調べる。
すると、その視線の先には、
「あれかな………」
おあつらえ向きな廃工場が立っていた。
結はキュッと口元を閉め、その廃工場を睨みつけた。
———————————————————————————
『世界は滅ぶべきである………否………否、否、否だ! 君たちは何か我々を勘違いしている様だ。そうだろう? 少年』
派手なマントを身につけて、宝玉の埋め込まれた黒い杖を片手に、男は自らが崇拝する思想を、子供たちに説いていた。
リヴァースは世界を滅ぼすのではなく、世界を復活させるものであると。
そのために、邪な思想を持つ悪神の徒は1人残らず駆除するのだと。
そして、こんな事件を引き起こしたのも、すべてはそのためであるのだと、彼らは声高らかにそう唱った。
清々しい程の押し付けがましい真っ黒い “善” 。
何かに心酔した者に、物事の良し悪しなど関係ない。
導きこそ正義であり、それを阻む者は誰であろうが悪だと、彼らの中で固定化された “事実” なのだ。
『ひっ………!!』
『何を怯える必要がある? ああ、一つ言っておくが、君が死ぬ事で我々の理想の礎になるなどという、ありふれた事を言うつもりはないよ。しかし、怯えなど要らないのだよ。この世の人は全てリヴァースとなる。異教の者は須く死に絶え、やがて地上は無となるだろう。そうすればほら、君の味方は誰もいない。死ねば皆と一緒にいられるのだ。君たちにとっては、死こそ安寧なのだよ』
破綻した理論だ。
要するに、リヴァース以外は全て死ぬ事を前提に話している。
死ぬのが怖いのは1人になるから。
だからみんな死ねばいいのだと、そう言っているのだ。
「っ………!!」
水晶を通して彼らを見ていた結は、ギリッと歯を食いしばった。
そんな思想、見過ごすわけにはいかないのだ。
しかし、現状手を出すのは難しい。
水晶で神力の質を調べた結果、祈祷師、召喚師、呪術師、占術師の全てが1人ずつ固まっている事がわかった。
子供は33人。
召喚師と呪術師さえ抑えられれば、どうにかなるかもしれない。
しかし、マントの男。
あれはかなりの実力者だ。
纏っている神力の質がまるで違う。
最悪だ。
よりによって、戦闘向きの召喚師の男が一番強いとは。
運が悪いとしか言えない。
そう、思っている時だった。
『………………!!』
男の近くにいた坊主頭が、グリンと首を曲げてこちらを向いた。
つまり、気づかれたのだ。
「マズッ………!?」
水晶を切ろうとする結。
しかし、
「………いや」
直前で手を止めた。
どうせバレてしまったのだ。
それなら、このまま見ていた方がいい。
『奏次郎様。こちらを覗いている者がいる様です』
『ほう? 占術師か。場所は?』
『それがまだ………』
どうやら彼らは、結を探知出来ていないらしい。
これを活かさない手はない。
一先ずここから離れ、策を練ってから——————
「!!」
結はガシッと水晶を握りしめ、目を見開いた。
マントの男が、こちらを見て笑っている。
いや、嗤っている。
あれはダメだ。
あれは、悪事を働く時の笑みだ。
『少年たち』
『『『っ!!』』』
子供たちは本能で感じ取った。
これから殺される、と。
もはや喚く声もでない。
ヒューヒューと喉の奥から擦れる様な声を出しながら、ガタガタと震えている。
マントの男、奏次郎は赤い神力を少しずつ放出しながら近づき、それを—————————
『!!』
使おうとした瞬間、工場の窓から何か丸いものが投げ込まれた。
それは窓ガラスを割りつつ、男たちの方へと近づく。
何やら蠢いている丸い何か。
男たちは、警戒して眺めていた。
それは、唐突に起こった。
『!?』
突然玉が解け、無数のチリになった。
しかし、ただのチリではなかった。
折り畳まれていたチリは、1人でにバサッ!! と広がり、鳥に変わったのだ。
『こッ、これは………!!』
そして、薄く透き通った結界を作り出した。
突然のことで、誰もがそれを見つめていた。
なんだこれは、と。
すると、天井から小さな鉄の粒が落ちて来た。
それが結界に触れた瞬間、
「—————————!!」
何か、弾けるような音とともに消え去ったのだった。
『まさか………あの女の………ッッ!!』
何処か怯えた様子の4人。
全て結の計画通りだった。
リヴァースは、情報収集にも余念がない。
高名な儀式師の能力なら、ある程度は理解している筈だ。
ならば、見た瞬間わかるだろうと結は考えた。
“式神” を扱う儀式師が誰なのかという事を。
そして、それに気を取られた今、この隙が鍵となる。