第十八話 天然な少年と出会う少年少女
さて、と考える掌。
邪魔の排除と、占術師を救うことに成功し、オークに一撃喰らわせたわけだが、率直な感想としては、“硬い” だった。
皮膚が硬い上、筋肉も相当分厚く、おそらく本体そのものが相当タフだ。
防御が硬い敵は厄介だ。
二つだけ所持していた拘束系の儀具だが、片方は捕縛に使用中で、もう片方はさっきので破壊された。
パワーもかなりある。
唯一の救いは、頭が悪いこと。
ミノタウロスは指揮役の主人がいたので、そこが決定的に違う。
しかし、パワーとスタミナは述べた通り、防御力にスピードもこのオークの方が上であった。
逸話のないオークでさえこうなるのだから、召喚琥珀というのは恐ろしい。
よく結は逃げ切れたなと思ったが、恐らくそれはこのオークがまだ目覚めてまもなかったからだと推察する。
「現在フルパワー。方やこちらはいつの間にか増えてる野次馬さんのせいでミノタウロスの時ほどの力が出せない………となると」
スポーツ線はそのまま、生命線の出力を落として戦わなければならない。
これで準備は万端。
拳を構えた掌は、スッと息を吸って大声でオークの注意を誘った。
「来いッ!!」
「!」
掌を発見したオーク。
野生の本能が、この男は敵だと認定した。
すると、対抗するように構えた、オークは大声を出して掌威嚇した。
「ギャゥオオオオオオオオオオオッ!!」
先手必勝。
オークは考えることもなく、掌の方へ飛んでいった。
巨体を用いて一瞬で近づいたオーク。
足を引き、サッカーボールを蹴り上げるように掌を狙った。
——————飛ぶ。
腹部に接近した掌。
視線の先には傷があった。
結の電撃を喰らった時に出来た傷だ。
「ッッゥウッ!!」
イメージする。
槍の様に真っ直ぐに、鋭く。
打ち込む蹴りは“打” ではなく、“刺”だ。
足を捻り、勢いを一気につけて、
「ッッッッッッッッ………………………ォ………!??」
突き刺す。
深々と突き刺さる脚に、悶えるオーク。
悶えながら、
「!!」
攻撃をしていた。
両手で掌を潰そうと、ハエを潰す要領で叩く。
叩いて、叩いて、叩き続ける。
だが、スピードは掌の方が圧倒的に上。
掌は瞬く間に駆け上がり、オークの顔の横まで迫った。
そして顎を狙い、今度は拳を放った。
が、
「なっ………!!」
顔を俯かせ、顎への一撃を避けた。
本能的に急所への攻撃を避けたと言うことだ。
これでは終われない。
掌は再び飛んで、今度はさらに接近して避けられても当てられる様にした。
構える。
真っ直ぐ急所を見据え、突きを繰り出そうとした。
その刹那、
「ゴガァアアアアアアアアアァァァ!!」
「ッッ………!!」
耳元で放たれた雄叫びに、思わず身体が硬直する。
思考は止まっていない。
故に、マズいと一瞬で判断した。
その後間もなくオークの拳が直撃し、掌は数十メートル吹き飛ばされた。
「ぐ、ぅう………ッッ!!」
両手をついて飛んで衝撃を分散させ、四足で着地する。
手足を確認し、どこも折れてないことを確認する。
思わず冷や汗をかいた。
生命線で防御力を上げていなかったらかなり危なかった。
——————このままではジリ貧だ。
このまま押されて負けるのだけは避けたい。
ならばいっそ本気を出すか?
いや………
背後で心配そうにしている結を見てグッと押し止まる。
答えは出来ない、だ。
巻き込んで殺したりはしたくない。
故に考える。
掌は打開策を必死に練った。
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「あっ………!!」
掌が吹き飛ばされ、思わず声が漏れる。
しかし、流石は掌。
着地には難なく成功したので、大した怪我がなさそうでホッとしていた。
それでも、結は悔しかった。
ただでさえ力不足の自分が、今はまともに使える自衛の道具もなく、手伝いも出来ないという事が。
結はギリっと歯を喰いしばった。
『落ち着け、お嬢』
「朱雀………でも」
『我々には何も出来んよ。残念だが、あの少年の戦いにまともについて行ける者はいない。そもそも手伝おうとするものなどおらん』
その通り。
これは儀式師になるための試験だ。
だから、誰も協力などしない。
それは、掌が強ければ強いほどそうなる。
強い敵ほど排除したいと考えるのはごく自然のことだからだ。
『皮肉なものだ。あの少年は野次馬が巻き込まれないようにして戦っておるのに、当の連中が助けもせん卑怯な雑魚なのだからな』
「そいつはどうかな?」
突然、活発そうな男の声が聞こえた。
「!?」
結は驚いて後ろを向くと、そこにはツーブロックでヘッドホンをつけたヤンチャそうな少年が立っていた。
腰に提げている剣は、かなり大きい。
「確かにここにゃ根性なしが多いみたいだがオイラは………………あれ? なんか遠くない?」
「そっ、そんな、ことも………ある、ことも………」
人見知り発動。
ある意味ブレないと言っていい。
少年はキョトンとしているが、しばらくして何となく察した。
「あ、人見知りってわけね………まぁいいや。じゃあ、手短に聞く」
少年は結にこう尋ねた。
「これが終わったあと、オイラを守ってくれるかい?」
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「ぐぬッ………!! 体力お化けですか、あなた………」
改めて、人一人の命を犠牲にしていることを実感した。
一撃一撃がやはり重い。
オーク如きでこうなるのだから恐ろしいと思う。
しかし、負けていられない。
何としても勝たねばならないのだ。
掌はグッと構え、もう一度向かおうとした。
すると、
「おい白黒の!! ちょっと止まってろ!!」
「え!?」
突然上を通る人影。
掌は驚いた顔をしていた。
それは人影自体にではない。
その人影のスピードが、今力を使っている掌と同等のものだったからだ。
そしてさらに目の当たりにする。
その少年の凄まじ程の強さを。
「喰らえ豚野郎」
——————鋭く響くような音。
その刹那に、オークに無数の斬り傷が出来ていた。
剣はいつの間にか鞘に収まっており、見ているものは誰も視認できていなかった。
掌以外は。
ヘッドホンの少年は、掌のすぐそばに着地した。
敵意はなく、寧ろ助けに来た様子だったので、ひとまず警戒は解いておく事にした。
すると、晴々とした笑顔を浮かべ、少年は掌の肩をバシバシと叩いていた。
「へぇ!! お前、オイラの太刀筋が見えていたのか!!」
「えぇ………でも、恐ろしく速かったです………特に、目に入れた一撃」
少年はそれを聞いて、更に嬉しそうにしていた。
「それで、あなたは味方という事でよろしいでしょうか」
「おう!!」
少年は、呑気に自己紹介をし始めた。
「オイラの名前は、太刀風 剣伍。『自己催眠』の使い手さ!!………………あっ」
この子はバカなのだろうかと素直に思った掌。
彼………剣伍本人も、手の内を晒してしまった事に気がついて声を漏らしている。
「ま、まぁ、いずれオイラの儀式が異名と共に広がるからいいさ! お前は?」
「凛堂 掌、手相占い師です」
「手相ォ!? ほぁー…………世の中どんな儀式があるのかわかったもんじゃないな、掌」
距離の詰め方がすごい。
コミュニケーションが得意な部類の人間である。
すると、こうなって経緯を掻い摘んで説明し始めた。
「そうそう、一応説明しとくと、向こうにいる女の子と取引して、オイラを守ってもらうのと、そいつのポイントを貰うって条件で助太刀を引き受けたんだが、いいか?」
一度考え込む掌。
ポイントに関しては、結が良ければ構わないのだが、守るという部分が引っかかった。
少し考えていると、剣伍の儀式を思い出して納得した。
「なるほど………守るってそういうところですか。確かに、儀式が『自己催眠』ですもんね」
「へへん、そういう事」
事情も把握したし、そうであるなら問題はない。
掌は快くその提案を引き受けた。
「ええ、構いません。条件は喜んで飲みます」
「よっしゃ! ………そんじゃ」
二人はオークの方を向いた。
傷ついたのが眼球ではなかった。
しかし、血が滲んで目が見えなくなっていたために、攻撃をしてこなかったのだ。
もう傷が塞がったオークは、剣伍も敵とみなし、雄叫びを上げた。
「ギグォオオオオオオオオオオオッ!!」
「ビリビリするねぇ」
——————自己催眠。
それは、一種の治療であり、古代から伝わる儀式でもある。
共通する目的は、精神統一。
そして彼の場合は、精神を統一した状態で、限界を把握し、通常5分間で引き出せる全力を2分にするなど“時間を前借り” するとでもいうのか、そう言った形で限界を超えて動ける様にしているのだ。
ちなみに、守るといったのは後ですぐにわかる。
ようは、身体能力や頭の回転など、人体の限界というものを超える儀式。
キーは耳に当てているヘッドホンから流れる音楽だ。
あれを聞いた彼の身体能力は、
「いくぜ、掌」
「ええ」
常人の、10倍である。
「「ッッ!!」」
二人で一気に飛び出し、オークを挟み込む。
いまだそう言った戦い方をしなかったオークは、頭を回そうとした。
すると、
「ァァァアアッッ………………!!」
剣を抜く。
流れる様に一太刀、そして再び一太刀浴びせ、またも一太刀。
刃の跡。
流麗な剣筋だが、それは凡人の眼には映ることもない。
それ程の腕でも、一撃でその身を裂くことは叶わなかった。
だが、それは重なるうちに、
「味わえ、豚野郎」
鋼鉄の様な皮膚を裂き、肉を断ち斬った。
「ギィィィイイイイオアアアアアアァアッ、ぁ………!?」
今度は逆側から。
あれだけ守った急所を簡単に晒したので、綺麗に顎にヒット。
脳が揺れ、隙ができた。
「剣伍くん、正面!!」
「了解!」
二人揃って正面から乗り込む。
明らかに動きが鈍ったオークの攻撃を軽々かわし、どんどん進んでいく。
そして、心臓前までたどり着く。
心臓前——————1番の急所。
オークの本能が警告する。
これが最も壊れてはいけない場所であると。
火事場の馬鹿力とでもいうのだろうか、オークは脳が揺れているのにも関わらず、いつも以上の速度で拳を振って、抵抗を始めた。
「ギギギッ、ギィィィイイイイオアアアアアア!?」
「!!」
ハッとする掌。
見えた。
今の今まで、奴に見えなかった“色”だ。
感情的な恐怖は確かに消えた。
しかし、それでも似た様なものは残っていたのだ。
生物ならば誰しも、何者でも持るもの
死というものを忌避する、一種の本能が。




