第十七話 獣と対峙する少年
「!!」
突如として宙に黒い窓のようなもの現れたと思ったら、そこから放りされた様にして、すこしボロボロの結が現れた。
先に脱出して状況を知っていただけに、心配していた掌。
隠れていた分体を見つけたのかとホッとしていた。
色々あったが、これで掌の勝利だ。
ようやく二人揃った。
「結さん、無事ですか?」
「掌くん………? あっ、すぐに離れないと………あっ、アンタらは!?」
結は掌が拘束している二人を見て声を上げた。
何を隠そう拘束されているのは、二人を『かくれんぼ』の空間に閉じ込めた張本人とそのパートナーだったのだ。
しかし、痩せぎすの男はかなりの傷を負っており、既に瀕死であった。
金髪の少年は無傷でこそあるものの、何やらガタガタと震えていた。
拘束具も、どうやら掌が持ってきた儀具を使っていた。
「この二人、リヴァースの残党と手を組んでいたらしいです。って、結さんの方が詳しいか」
掌は結が出てくるまでの間に二人を尋問していたのだ。
なので、あらかたの状況を把握している。
そして何より、拘束されている二人が明らかに恐怖で震えていた。
すると、
「もう良いですよ。降参を宣言してください」
と、いつも通りの様子でそう言う掌だったが、
「はっ、はいいいぃぃぃ!! こここっ、降参しますッ!! だからもう許してください!!」
尋常ではない程怯えていた。
これで恐らく、掌たちにポイントが入っただろう。
ようやく調教のした意味を得られたと掌はいつも通り笑ってそう思った。
そう、結が脱出する際、分体を結へ向かっていたのは、この調教の賜物である。
まぁ、当の結はかなり顔が引き攣っている様子なのだが。
一体何をされたのか知るのが怖いので、結は見なかったことにしていた。
だがその表情も一瞬で切り替わる。
一刻も早く事情を説明しなければと掌の肩をガッツリ掴んで事情を話そうとした。
「あっ、そのリヴァースの残党となんだけど、ちょっとまずいかも——————」
だが、話すより先にそれは現れた。
「!!」
親指を手のひらに当て、神力を熾す掌。
異様な気配を感じる。
何かが、何かがやって来る。
「くッ、来る!!」
黒い窓が現れる。
そこから這い出た緑色の巨体は大きく息を吸って、自分の存在を主張する様に雄叫びを上げた。
「ギグゥゥゥゥオオオオオオオオオオオ!!」
掌も正直目を疑った。
てっきり人間が出て来ると思ったら、オークという化物が出てきたのだから。
しかも、見てみると主人もいない。
独立した空想種だ。
それに………
「思ってより大きいな………」
オークは出てくる前より更に巨大になり、約4m程になっていた。
「………これは一体」
何事かと思ったら、結が早速答えをくれた。
「あの人………琥珀を食べちゃったんだ」
「琥珀って………召喚琥珀ですか。なるほど、依代は喰らい尽くされた訳ですね」
生け捕りは出来ない。
よしんば出来でもここで死ぬだろう。
………そうだ。
これは人じゃない。
だったら、不殺の誓いの範囲外だ。
「結さん。残念ですが、彼はもう戻って来れません」
殺すしかない。
それがあの男に向けてできる、唯一の救済だ。
結も、実際それはわかっている様子ではある。
しかし、やはり中々人だったものを殺す決心というものはつかないらしい。
「………うん。わかってる………………けど」
なんとも歯切れの悪い返事だったが、何も言えない。
酷なことを聞いたと掌は反省していた。
それでも、止まっている暇はない。
猛烈な殺気を身に纏ったオークは、今にでも飛び出してきそうだった。
戦うしかない。
空想種相手に殺す殺さないを調整して戦うのはかなり難しい。
加えて、すこし問題もあった。
「………掌くん気がついてる?」
「ああ、野次馬さん達ですか」
オークの声に反応するように、周囲の受験者たちが集まって来ていた。
結の水晶には、どうやらそれ以外にもこちらに集まってきている。
妙な話だと掌は思った
ここに何かあるわけでもないだろうに、と。
「なんでこんなに集まってきてんの………」
困惑がちに結が呟くと、金髪の青年が答えを言った。
「あのおっさんだよ。オークになってるおっさん」
「え?」
「あのおっさんがリヴァースの違法儀式者ってことは知ってるんだろ? だが、侵入したのを第弐支部の連中も把握してたみたいで、あれを捕まえたら加点するってアナウンスが入ったんだ。お前らは俺が捕まえてたから知らないだろうけど………」
言葉を詰まらせる二人
あまりにも無茶苦茶だった。
侵入者をむざむざ候補者のいるところに寄越して試験に加えるなんて。
やはり普通じゃない。
「………」
黙り込む掌。
正気じゃないと思っていたが、ふとあのオークの成り立ちを思い出してより一層RSOのロクでもなさを感じた。
「………結さん。知っていますか? あの段階になった召喚琥珀の生物の強さがどれ位なのか」
「い、いや………………わからない」
「通常、召喚の儀式で呼び出された生物は、術者の力量と神力の量でその強さがわかるんです。そして、通常は少しずつ神力を供給して戦う。しかし、あれは………」
あのオークは、人を一人を使っている。
神力だけでなく、肉体をも我がものとしているのだ。
たとえ一時のものだとしても、今この時点では普通に行われる召喚のオークを超えた個体となっているのだ。
「あれは………討伐隊を組んで挑むレベルの敵ですよ。競いの場にいて良い敵じゃない」
すると、オークは大きく腕を振り上げた。
ギリギリと力をためている。
そして、腕には蒼い神力を纏っていた。
上げた腕に、限界まで力がたまる。
破裂しそうな程に張って膨らんだ腕の筋肉がミシミシと音を立てていた。
そして、オークは腕ごと叩きつけるように地面に落とし、膨れ上がった両腕は、地面と衝突した——————
「「「!!」」」
——————大地が揺れる。
巨大な亀裂が入り、大きく深いクレーター囲うように地面が隆起した。
岩が、瓦礫が、砂粒が弾け飛ぶ。
そして、それらを飛ばす暴風をかき消すような雄叫び。
巨大な口から放たれる咆哮は、多くの受験者の戦意を瞬く間に消し去った。
そこから状況は、更に混沌とし始める。
「いた!! あれが侵入者か!?」
上空から声が聞こえる。
一斉に上を見上げると、待機中に目立っていた鷹の召喚師とパートナーが召喚した巨大な鷹に乗っていた。
当然といえば当然だが、あのオークを狙っているらしい。
それも、たった1組で。
掌の言う通り、鷹は確かに強化されている。
そして1組で戦うには明らかに分が悪い敵であった。
「………………仕方ないですね………!!」
「なっ、掌くん………!?」
掌は蒼金の神力を身に纏いながら、オークへと向かっていった。
鷹をみると、突撃の構えをとっている。
あれ相手に近距離勝負を挑むとはもう最高だ。
最高に最悪だ。
騎乗者の叫び声が聞こえる。
———————
「行くぞッ!! 化物を殺せェエッ!!!」
「キィィイオオオオオオオ!!!」
紅い神力を見に纏う姿はまるで流星のようであった。
己の肉体を弾丸のようにして、オークへと向かっていった。
確実に運用方法を間違っている。
鷹はその視力ゆえ、機動力と洞察力を活かした戦い方がベストだと言うのにこれではお粗末にも程がある。
そして当たり前のように、速度とパワーが圧倒的に足りていなかった。
故に、
「ギ」
捕まる。
「なんっ………………い、いや、まだ勢いはある。このまま押し込んで奥の壁に叩きつけろ!!」
「キィ、ィィィィイイィ………………!!」
鷹は力技で押し進んでいく。
オークは足を地面に擦りながらどんどん奥へと押し出されていった。
地面が削れ、瓦礫や石を巻き込んで進んでいく。
しかし、徐々に勢いが死んでいった。
焦る召喚師は、ドッと嫌な汗をかき、慌てふためいている。
動け動けと命令しているが、何ともならない。
「チッ………クソォッ!! おい、或華!! なんとかしろ!!」
「ひっ、わ、私………は………」
到底無理な話だ。
彼女が持っているのはタロットカード。
つまり彼女は占術師だ。
戦闘能力などある筈もなく、そもそも見た感じ争いに向いていない。
「くそっ、クソッ!! 抵抗するな化物!!」
皮肉なことに、そう言った瞬間にオークは鷹を止めた。
今度は笑うことはない。
感情という人の要素を失ったオークは、ただ野生の本能の赴くままに、残虐を行う。
片手でガッツリ鷹を掴み、もう片方の手を引いて拳を握りしめた。
自分たちの持つ神力より遥かに濃い力を目の当たりにし、二人はへたり込んだ。
そして。
「い、嫌だッ!!! 死にたくないッ!!」
「きゃっ………!?」
と、鷹に乗っていた男は女を突き飛ばして。鷹から飛び降りて一目散に逃げた。
或華と呼ばれた少女は、ハッと気がついて男の背を追おうとした。
「待っ………………ぃ………いや………やめて………」
しかし、背筋が凍るような感覚に思わず後ろを向き、オークの顔を見るや否や身体を硬直させた。
恐怖で真っ青になった顔。
カタカタと奥歯を鳴らし、動けないままただひたすらにタロットを握りしめた。
すると、力むあまり神力が篭って、タロットカードが一枚飛び出た。
「ぁ、ああああ…………ぁあああ——————」
死神。
それは、死や終焉を表すタロット。
少女は、その占いを外したことはなかった。
それ故に、己に訪れる死を脊髄から理解し、一切の抵抗をやめた。
………しかし、
「………?」
オークは動く気配がない。
それどころか、何かに縛られているようであった。
そして次の瞬間、
「ッッらァアアアッッ!!!」
「——————」
拳をひいていた方のオークの腕が上に弾ける。
何が起こっているのかわからない或華は、ギュッと目を瞑っていた。
だが、抱えられる感覚と共に、驚いて目をあけていた。
「ぁあ………結局儀具は全部使っちゃいましたか………」
白黒髪の少年が、自分を抱えていた。
或華はますます状況がわからなくなり、キョトンとしていた。
「っ、とと………ごめんなさい、驚かせてしまいましたね」
「え………あの………」
タロットは死神だったはず。
そう思って、或華はタロットカードを先程の向きのまま見直すと、逆位置の死神であった。
この場合、これは復活や起死回生を意味する。
つまり、助かったのだ。
「おや、あれは………」
近くに、逃げた筈の男が転がっていた。
着地に失敗したらしく、足を引きずっていた。
オークが鷹をボコボコにしている間に、二人は男の近くへと歩いていく。
「どうも」
「!? だっ、誰だ!?………………は、なんでお前………え? なんで死んでない………」
鷹の主人は、或華が生きていたことに驚いていた。
すると、白黒髪の少年は、両頬を抑えるように鷹の男の顔を掴んだ。
「あはは。やっぱり占術師はどこにいってもこんな扱いらしいですね」
声と顔は笑っていたが、目と心が確実にキレているのがわかった。
ミシミシと頭蓋を破るように締め付ける手を、男は声も出ないままバチバチと叩いていたので、少年は男を捨てるように放った。
「邪魔なんで消えてください。それとも豚の餌になりたいですか?」
「ひっ、ひいいいいいい!!」
男は一目散に去っていった。
踵を返し、オークの方を見る少年。
まさか戦うつもりなのかと気になった或華は、気がつくと少年に尋ねていた。
「あ、あの………戦うんです、か?」
「ええ。せっかくの特典なので、貰っておきます。あなたも早く逃げてください。危ないですから」
先程までの威圧感が嘘だったように、雰囲気が柔かい。
少年はそれだけ言って、オークへと向かっていった。
自分と同じ蒼と、自分にはない金色を身に纏って。
占術師であることに驚き、金色が気になった或華だが、
「あ、ありがとうございましたっ!」
と、一言礼だけ言うと、その場を後にしたのだった。




