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第十五話 強敵と対峙する少女


 気がつくと、(しょう)はだだっ広い空間に立っていた。

 何もないわけではなく、不自然に出っ張った壁や天井、崩れた床やトンネルなど、明らかな障害物が無数に置いておている。


 作り物で色のない虚しい空間だが、戦うにはちょうどいい殺風景だ。




 “かくれんぼしましょう”


 この宣言をした辺り、これが『かくれんぼ』だという事は分かっていた。



 ——————『かくれんぼ』


 古来に儀式として扱われていたかくれんぼと、現代まで遊びとして行われているかくれんぼを総合したような儀式である。

 宣言をすると異空間に転送し、そこで実際にかくれんぼを行い、術者の分体を探すというもの。

 先程から(むすび)の気配がないので、敵の分断も出来るらしい。

 分類は呪術。

 敵を閉じ込める事を目的とした儀式である。



 「どうだ、気に入ったか!?」



 やはり抑揚の強い喋り方の痩せぎすの男は、大声でそう言った。

 声が聞こえる方角がまばらな辺り、儀具か単純に道具を使っていると思われる。


 相変わらず声に余裕たっぷりだったので、掌はくすくすと滑稽そうに笑っていた。



 「………何がおかしい?」


 「いえいえ、ご機嫌だなぁと思いまして。実に微笑ましい」



 完全に煽りにしか聞こえない発言であった。

 しかし、痩せぎすの男もそれには乗らないらしい。

 意外と冷静だ。



 「フン、占術師風情がえらく余裕だが、少しは自分の命の心配をしたらどうだ?」


 「おや、殺すつもりですか?」


 「まさか。だがうっかり殺しても知らねぇぞと言うだけだ」



 上機嫌な男の弾むような声が耳に障る。

 それでもやはり、掌は笑顔を崩さない………かと思われた。



 「………」



 表情が消えた。

 文字通り消え、無となっている。

 不気味な顔だ。

 

 無表情は、ある意味人間の最も自然な表情と言っていいだろう

 しかし、()()()()()()()()()は人間味を失わせ、まるで機械のようである風な雰囲気を掌に纏わせた。




 「お? 薄ら笑いが消えたな。どうした? ビビったのか? そんなわけねぇよな。お前、あれだけ早く動ける儀具を持ってるもんな。だが、降参を進めるぜ。そんな単純なスピードでどうこう出来るような甘い儀式じゃねぇからよ」



 どうやら儀具だと勘違いしているらしい。

 少し神力を見ればわかるだろうにと、掌は呆れていた。



 「………その言葉。そのままお返ししますよ」


 「………なに?」



 ググッと体を伸ばす。

 ゆったりと準備運動をするように、まるで誰もいないかのように自分のペースで動かす。



 「安心して下さい。殺しはしません。それは僕の信条に反しますから。ただ………」




 ——————ふと、汗をかいている事に気がついた。


 痩せぎすの男は、どこかで掌を見ながら、自身の身体に怒っている違和感を感じていた。


 体が震える。

 手足が冷たい。

 息切れがする。


 頭に浮かべる疑問符の理由にも気づかず、息苦しさを感じ続けていた。

 そして、目を見開いてこう思った。

 なんだここ男は、と。



 “何者なんだ!?” と。




 「仕置きは必要………………ですよね?」


 「っ………!?」




 次の瞬間、嵐のように吹き荒れる蒼と金を目の当たりにした男は——————









——————————————————————————————









 「わぁ………すんごいアスレチックばい」



 結は『かくれんぼ』のフィールドを見るや否や遊具を見つけた子供のような表情を浮かべた。

 純真というか、幼いというか。

 こういう一面もある。


 だが、ここが戦場である事は忘れていないし、水晶に映る反応に、結はちゃんと気がついていた。



 「………アンタ、捕まってなかった見たいね」



 見覚えのある男が、殺意剥き出しで立っていた。

 リヴァースの一員である奏次郎(そうじろう)の部下。

 占術師だ。

 さっきの2人組みに占術師がいなかったので、何かおかしいと思っていたのだ。

 どうやら結達を見つけたのは、この男だったというわけらしい。



 「女ァ………お前らのせいで何もかもめちゃくちゃだ………奏次郎様をむざむざ捕まえさせたせいで、もう本部に戻れなくなった!! どうしてくれるんだ!?」



 完全なる逆恨み。

 救いようのない阿呆であると、結はほとほと呆れていた。



 「知らないよそんな事。自業自得、因果応報ってやつだよ。アンタらの犯した罪を考えるとその程度のこといくら積み上がろうが生温いね」


 「ふッ………ふざけた事言いやがってェエ………!!」



 占術師風情が、とはいえない男。

 いったら完全にブーメランだ。

 しかし、わざわざ復讐しに来るという事は何が確実に勝つための策があると言うことだろう。



 「それで? また電撃くらいたいわけ?」


 「はッ、戦うのは俺じゃない。お前には地獄を見せてやる」



 取り出したのは琥珀だった。

 【召喚琥珀】と呼ばれている。

 祈祷を行う事で中に閉じ込められている動物や空想種などの生物を呼び出す儀具だ。

 しかし、召喚の儀式と違って祈祷師でなければ扱えないはずだし、そもそも大した力を持った生物を呼び出せない。


 ——————いや、用途ならあった。














 師匠に言われた事を振り返る。



 『いいか? 結。儀具には大きく分けて3種のものがある。まずは武器。俺がお前に持たせてる電撃が起こる棒がそうだ。あくまで護身程度だが、効果はある。生身の人間相手ならまぁ気絶させられるだろう』



 女性らしからぬ乱雑な喋り方でそう言われた記憶がありありと蘇ってきた。

 師匠の言う通り、特に防御をしていない一般人や脆弱な占術師程度ならすぐに気絶させられた。

 目の前にいる男が気絶したのがいい証拠だ。



 『次が補助系の道具だ。まぁ、平たくいえば探知や通信みたいな事でサポートをする。占術師がいまいち人気ないのはこれのせいだ。ハハ』



 笑い事では無いが、正直仕方ない感もある。

 探知や通信というのは儀具は現代の機械でも補えるから、それを能力としてしまっている占術師は不人気となるのだ。

 未来が見えたり、見ただけで敵の全てを見通せたりしたら別だが、そんな都合のいい儀式はない。

 水晶でも限界はあった。



 『最後にはこいつなんだが、これに関しては儀式を超える可能性がある。俺が扱う式神や、他で言うなら琥珀だ。これは誰でも使えるわけでなく、特定の使用者でないと使えない………ただ、何事にも例外というものがあってな。例えば今言った琥珀は——————』














 そう、あの琥珀は、口にすることで祈祷師以外でも使える

様になり、寿命と引き換えにその力を使用者に上乗せ出来るのだ。




 「んァあ…………っはァ………ははは、は………ぁ………ぅぐ、ぉおおお? ぁああああっぇ、は??え、れれえええ、あああああああああああああああああああああ」


 「!」



 身体が、粘土の様に見えた。

 決して心地いいとはいえない気持ちの悪い音を立てながら、原型が無くなるほど変容する。

 薄く健康的な肌色は不気味なまでに濃い緑になり、中肉中背であった肉体はひとまわりも二回りも膨らみ、筋肉質な巨体へと変わっていった。

 顔の骨格は人というより、豚のそれに近い。

 大きな鼻と下顎から突き出た鋭い牙が、その正体を物語っていた。



 「これは確か………オーク」



 空想種の一種、オーク。

 人型の化物。

 人を優に超える巨躯と豚のような顔が特徴的な空想の生物である。





 「ゴォォオオアアアアアアアアアァァァッッ!!」





 獰猛な雄叫びがだだっ広い空間に広がる。

 怒り。

 ただ怒りだけを内包した叫びであった。

 耳をつんざく声に、そして自分のことを棚に上げて怒り散らした男の身勝手さに結は顔を顰めている。



 「………借り物で勝つのは癪だけど、そっちが呼び出すなら、こっちも呼び出すまで。この前のミノタウロス戦は取り出す暇もなかった………だから、今度こそ勝ってみせる」



 紙人形を取り出し、神力を込める。

 式神。

 陰陽師が用いていたとされる使い魔の一種であり、儀具。

 術者の実力によって出力も変わるため、結では本来の実力は発揮出来ないが、それでも強力である。




 「晶咲(あきざき) 結の名において命ずる。『召』………力を借りるよ——————朱雀!!」



 神力の籠もった紙人形を前に飛ばし、両手を合わせる。



 蒼の占術の光から、炎が灯る。

 小さな炎の玉はたちまち燃え上がり、巨大になっていく。

 広がった炎はまるで開かれた翼の様であった。

 声が聞こえる。

 不完全ながらもなお力強い聖なる獣は、炎の中から姿を現した。


 朱雀——————炎を纏う、伝説の化鳥である。


 



 『お嬢………()()()()()()()()()。久々だな』


 「久しぶり。見ての通りの状況やけん、連携はよろしく」


 「承知した」



 不完全であるので、大きさは1mと80cmほど。

 本当なら数十人乗せられる巨大な鳥だが、これで精一杯だった。

 しかし、それでも敵はその正体を理解していた。



 「ゥウウ………十二ノ獣、ノ一体………ヤハリ、アノ女ノ………」



 辛うじてオークには理性があった。

 喋れる程度のなけなしの理性だが、振り切ってない分暴走はしていない様子。



 「流石に、何も視ないで戦うわけにもいかんしね………『起——————』」


 「サセンワァアアアアア!!!」



 妨害のために武器を持って飛び出すオーク。

 すると、



 「それはこちらのセリフだ。下郎」



 朱雀を中心に、渦巻くように炎が飛ぶ。

 いや、“踊っている”。



 「舞い散れ」



 飛び交う灼熱に、つい足を止めたのはなけなしの理性であった。

 オークに残った “人” が、痛みを恐れたのだ。

 しかし、止めても炎は渦巻き、踊り続ける。



 「グゥウウウウウウウウウ………儀式師デスラナイガキ風情ガ………小癪ナァアアアァァァァアアアッッ!!!」



 だが、それでも大半を占めるのはオークである。

 再び雄叫びを上げ、己を鼓舞したオークは、丸太のような足を突き刺すように踏み込み、一気に飛び出した。



 「!!」



 大振りの拳。

 まるで大砲だ。

 しかしそれでも大振りな一撃。

 朱雀は身を捩ってそれを躱す。

 

 拳がそのまま地面にに突き刺さる。



 ——————その瞬間、大地が揺れた。



 元は人間だったものが出す音ではない。

 強烈な破壊音と振動。

 そして何より、強烈なまでの威力は、あたり一帯の炎を喰らったように掻き消した。




 「これで琥珀………………」




 地面に突き刺さり、凄まじい破壊音と衝撃を放った。

 思わず息を飲むほどの威力。

 しかし、それでも圧倒的というほどではない。

 ミノタウロスと比べれば何ということはない敵だ。


 冷静に儀式を行い、完了する。

 水晶で視たのはオークの弱点。


 といっても、その生態の弱点ではなく、一個体の急所である。



 「見えたばい、朱雀。そのまま陽動続けて!」


 「承知した」



 更に式神を取り出す結。



 「晶咲 結の名において命ずる。『召』!!」



 今度の式神達は朱雀ほど特別ではない。

 しかし、紙人形たちは徒手では攻撃が簡単に当たらないので、陽動には丁度良かった。


 

 「グゥゥ………紙如キニィ………!!」



 炎と舞い散る紙に翻弄されるオーク。

 苛立ちが攻撃に出ている。

 大振り一撃が紙に当たるわけがなく、式神達は全く減らないまま陽動の役割を果たしていた。

 雑になればなるほど陽動の効果は大きくなっていく。


 そして遂に、なけなしの冷静さを失ったオークは、思い切り腕を引いて拳を構えた。

 当たればひとたまりもない一撃。

 だが、



 「コノクズ供ガ——————」



 そんな隙だらけの一撃が当たる筈もなく、あっさりと躱され、より大きな隙を与えた。



 「そっくりそのまま返してやろう、下郎が」



 嘴の先端に収束する小さな炎。

 吐き出されたそれはオークの胸へと張り付き、



 「ゥ、グォ………何ヲシ——————ッ、ガァァ、アアアアアアアアアアアア!!!」




 獄炎の檻にオークを閉じ込め、その肉を焼き尽くした。

 悲鳴は徐々に小さくなっていき、炎はむしろそれを養分にしているかのように高く、強く燃え上がった。

 そして悲鳴が切れた瞬間、炎はゆっくりと散っていき、燃え上がって赤色だったオークの、灰をかぶって黒くなっている姿を露出させた。



 丸焦げになった肉塊をじっと見据える朱雀。

 燃え散らして灰にするというほどの意気込みで無ければ、このオークに致命傷は当てられない。

 結が不殺を志していることは知っていたが、本気でも死なないことに確信があったので、容赦はしなかった。

 

 よしんばこれで勝てればと思ったが、



 「チッ………流石に丈夫だな」



 

 オークは立ち上がった。

 醜く涎を垂らし、目は虚で、叫び声は呻き声になっている。

 理性は陥落した。

 人という土台を踏み潰して野生が台頭し、オークは暴走を始める。



 だから、その前に、




 「決めるぞ、お嬢」



 朱雀の後ろで構える結。

 その手には、いつもとは少し様子の違った電撃の棒が握られていた。



 「うん、準備は万端ッ!!」


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