第十二話 幕間の少年少女
「………………マジ?」
『指切り』の試験官は、物凄い顔で二度見三度見と掌達を見ていた。
何せ、占術師同士の組み合わせなど前代未聞。
聞いたことがなかった。
しかも、両方とも昨日捕まりかけたと聞く。
情報が渋滞中であった。
「えー………私の話聞いてましたか?」
「はい。これでお願いします」
掌は考え直す気などまるでない様子でそう返事をした。
結に返事を聞こうと過去を向けるが、何やら何処かで見た家政婦のように顔を半分出して試験官の様子を伺っている。
不気味だ。
説得しても変えそうになかったので、目頭を押さえてため息をつく。
一応ダメ元でもう一度説得を試みた。
「はぁ………あのね、一応言うけど今まで占術師同士の組み合わせ合格できた人はいないよ? 僕も試験官だからあまり多くは語れないけど、はっきり言って無理だ。しかも、最年少とその一歳上の組み合わせって………」
思わず素が出てしまっている。
それだけ呆れているということだろう。
だが、
「じゃあ、僕らが初で、最年少です」
そこまでいう掌に、ついに試験官も諦めた様子であった。
「………やれやれ。それなら精々がんばりな」
決して皮肉っぽくない言い方で、試験官は2人の名前をリストに入れた。
彼はそれなりに占術師にも理解がある方なのだろう。
だが、
「…………——————………」
「………!!」
会話はよく聞こえないが、こちらを見ている数名。
彼らはいつも通りだ。
いつも通り、占術師を下に見ている。
不愉快な視線を晒し続けている。
「クスクス………」
「えー、ヤダー………ふふふ」
徐々の露骨になってくる辺りはもう笑うしかない。
流石に全員という訳ではないが、この人数………3000人近い受験者の4割近くがそんな態度だと鬱陶しいことこの上ない。
「うーん、こればかりは相変わらずですね」
「うう………………やっぱムカつく………」
どうやら悪い意味で目立ってしまったらしい。
こうなって来ると、後々面倒なことになるのは目に見えていた。
ああいった手合いは、馬鹿にするだけでなく、大体手を出してくるものだ。
しかも、時と場合を考えないのが厄介なところ。
今まで散々占術師だと馬鹿にされた彼女だからわかる。
結としては早々にどうにかしたかった。
すると、
「おい見ろよ、占術師のペアだ。ありえねぇだろ」
そら来たと眉を潜める結。
掌はつーんと気に求めてない様子だ。
派手な白い衣を着ており、これといった武装はない。
わかりやすい召喚師だ。
——————武器か生物か、どちらにしろ素人儀式師で武装していない者がいる場合、大抵は召喚師だと言っていい。
理由は簡単、儀具程度では収まらない本当の武器を呼び出せるか、そもそも自信が闘う必要がないのか。
予備を持つのは鉄則だが、余程甘い教育を受けてきたのだろうと掌と結は嘆息していた。
どうしてくれようかと思ったが、構う必要はない。
2人は無視して通り過ぎようとした。
すると、男の手が結に伸びる。
男女両方いれば、女から狙うのはある意味正しいだろう。
しかし、
「おいおい無視は………あれ」
気がつくと、男は結ではなく掌であった。
あれ、と思って手を離そうとすると、ぐいっと近寄る掌。
男は思わず身を引くが、掌の攻撃はこれからであった。
掌はチラチラと辺りを見回し、わざと聞こえるように大声でこんな事を言い出した。
「熱烈アピールありがとうございます。しかし僕はノーマルですので、そのお誘いにはお答えできません。ごめんなさい。それに、今時白ローブなんて中2………ぷっ………おっと失敬。とりあえずさようなら」
「なっ……………おいッ!!」
馬鹿にされているのを見ていたギャラリーがクスクスと白ローブを嘲っているのが見えた。
自分達に向けれらた視線が上手いこと白ローブに渡ったらしい。
言いたい放題煽って掌は、何か言われる前に足早に去ろうとした。
が、ここにもう一手間加える。
正直、結は既にスカッとしていたが、掌としてはもう少し手を加えておきたいと思ったのか、小さい声で呟いていた。
『………………形態・リライト』
ますかけ線
強運が宿ることで有名な手相、それをそーっと引き伸ばし前方に小石を蹴った。
「っ………………マジですか」
結はつい表情をひくつかせた。
怖いもの見たさに掌の顔を見ていると、モノの見事にいつも通りの笑顔。
しかし、何故だろう黒いモヤが見えた気がした。
「大丈夫ですよ。手元の神力は見えてないだろうし、運勢の操作は大してできないうえ一日三回ですし、そもそも神力は対して消費しないので使ってるとバレはしませんよ。ええ、大した事ありませんよ。大したことはね………………ふふふ」
結は晴れやかな笑顔で上を向き、こう思った。
ああ、見なかったことにしよう、と。
弾いた小石。
それは前方を歩いていた人が足を地面につける瞬間、偶然足元に転がり、それに躓いて物を投げると、射出系の儀具の近くに偶然飛んでいくが、その人は偶然慎重さのいる危険な作業中だった。
そして、もっとも集中した瞬間に急に目の前に飛んできた物体に、偶然虫嫌いだった彼女は虫だと思って儀具を放ってしまい、それは、
「許さねぇぞこのくそが————————————」
掌を馬鹿にしていた男の頭上を髪の毛を刈るようにして通り過ぎて行ったのでした。
「う………わあ、ああああ、あああああああッッ!! 俺のっ、俺の髪がッッ!? ああああああああああ!!!」
男は一目散に去っていった。
それはもう無様に、情けないことこの上なく。
それにしても、運勢操作ときた。
これはもう反則と言っていいのではないだろうか。
力強い味方を得て心強く感じた結だったが、よくよく考えれば今のはかなり危険であったことに気がついた。
これは流石にダメだと思い、結は掌の肩を掴む。
「いや、危ないからダメで………………………掌くん?」
ふいっと視線を逸らす掌。
様子がおかしいので、視線を合わせようとするがどうしても合わせようとしない。
これはまさか、と思い、問い詰めるトーンで再び掌の肩を掴んだ。
「………掌くん? あれはどういう………」
すると、掌は某死神ノートを持った男の様に、こう言ったのだった。
「………けっ………計画通り」
「嘘つけッ!!」
——————————————————————————————
流石に、さっきの男以外で問題を起こそうと思う者はいないらしく、見られはするが手を出されることはなかった。
「やっと落ち着いたね」
「そうですね。まぁ、後10分で集合ですが」
「10分………………ああもう、なんで私がこんな苦労せんといけんの!?」
いつの間にか最初の試験まで間も無くとなっていた。
思わず地元訛りが出てくる。
試験の内容はわからないので、連携も何もあったものではないのだが、やはりお互いについてもっと知っておくべきであった。
こうなってはもうあまり話すこともないだろう。
仕方のないことだ。
だが、これを機に掌と色々話をしたかった結はがっかりしていた。
「まぁまぁ。10分も猶予があるんですから。少しでも英気を養っておきましょう」
「むぅー………慣れてるね、掌くんってば」
「まぁ、そうですね。でも、師匠がいるってことは結さんも修行していただろうし、きついってわけでもないでしょう?」
確かに。
師匠のと修行の日々を思い返せば、なんということはない。
ただ思い出して少し寒気の様なものを感じるだけだった。
10分。
色々できると言えば出来る長さだ。
——————そうだ。まだ時間はある。
思い立った結は速攻切り替えて、色々と話題を捻り出そうとした。
珍しく緊張しなかった地元以外での友人。
色んなことを聞きたいが、結は真っ先に頭に浮かんだことを、そのまま聞いた。
「ね、裏斗さん………だったっけ? あの子に絵空事がどうとか言われてたけど、あれって………なに?」
すると、ああ………と、酷く哀愁を感じる雰囲気を身に纏いながら、掌は返事をした。
今まで見せなかった表情に少しドキっとする結。
マズい事だったのだろうか。
そう思って撤回しようとすると、
「ごめん、今の………」
「誓いです。僕の誓いのことを言っているんだと思います。あなたの夢と近いものがありますよ」
同じ誓い。
ヒーローでは無さそう。
では一体なんだろう。
そうえいば、結もこの間馬鹿にされて事があった。
お前は弱過ぎる、と
そして——————
「!!」
ハッと気がついた。
確証はなかったが、なんとなくそんな気がする。
結は恐る恐る掌に尋ねた。
「掌くんも目指してるの? 殺さない儀式師」
「ええ、そうです。だから僕は、彼女ではなくあなたを選んだ」
「!!」
同じであった。
この少年は、ゴールは違っても同じ道を歩める者であった。
不殺の儀式師。
結の夢見る、英雄の絶対条件である。
「そっかぁ………そっかそっかぁ………えへへ」
顔が綻ぶ。
頬に熱を感じた。
鼓動の早まりを感じる。
嬉しかった。
強い召喚師ではなく、会ったばかりで自分より遥かに弱い自分を選んだ事が何よりも嬉しかったのだ。
今まで、占術師というだけで、どれだけ努力しても選ばれなかった。
唯一師匠だけが、結を選んで弟子にした。
彼は2人目。
自分を選んだ、数えるほどの人間の1人だ。
「へへへ………………あ、そういえば。掌くんはなんで裏斗さんにはあんな態度なの?」
「あー、それですか」
ポリポリとコメカミのあたりをかく掌。
なんとなく言いにくそう、というか申し訳なさそうな顔をしていた。
「個人的に苦手なんですよね………」
「性格? 見た目?」
「いえ、儀式です」
儀式、ということは2人はお互いにお互いの能力を知っているということだ。
もともと組ませる予定だったのなら、十分のありうる事だ。
それにしても苦手とは。
頭を捻る結だが、一向に浮かばない。
そうしているうちに、掌があっさりと答えを言った。
「吸血鬼………って知ってますか?」
「うん? そりゃまぁ………有名だしね」
フィクション漫画の礎となった昭和・平成の頃から、フィクションで無くなった現代までもずっと吸血鬼をテーマにした漫画やアニメは存続し続けた。
まぁ、有名なはずだ。
「僕、訳あって吸血鬼がどうしてもダメなんですよね」
「っ………」
何があってもいつも通りの笑顔を浮かべる掌だが、この話になると、途端に表情にぎこちなさが出てきた。
何やら深い事情がありそうだった。
まだ聞くべきでないと判断した。
「とにかく、それに関する儀式ってことでしょ」
吸血鬼とはまた穏やかではない。
あまり詳しくはわからないが、空想上の生物………空想種の召喚はかなり高位の儀式だ。
気を引き締めねば。
結は若干硬くなりながらも、気合十分と言ったところだった。
だが、それでは認識が甘いという事を、結はすぐに突きつけられることになる。
「はい。だから結さん、くれぐれも気をつけてください。ヴァンパイアの基本的な危険度は——————ミノタウロスに迫りますから」
「ミノっ………って………ま、さか………!?」
つまり、あのレベルの敵と戦わなければならないということであった。
やはりこの試験、一筋縄では行かなそうな様子である。




