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第十話 受験する少年少女



 「うぅ………緊張してきた」



 午前7時50分。

 9時の1時間前に来いという言いつけを守るために、(むすび)はちゃんとその10分前に会場に到着していた。

 会場には当然、儀式師を目指す無数の人間が滞在しており、右を見ても左を見ても知らないほどで溢れかえっている。

 加えて、試験への緊張からか、表情が恐ろしく硬い上、いかつい装備をしている者もいて、いつも以上に話しかけるのが恐ろしい雰囲気であった。

 結衣にとってはまさに地獄だ。

 


 知り合いを探すが、儀式師を目指す知り合いは地元にいなかったため、いくら探しても見つからない。

 そうやって、半分涙目で徘徊していると、



 「わっ」


 「うわぁぁぁ!!!」



 肩がぶつかってしまった。

 結は振り向き様に、



 「ごごごごごっ、ごめんなさい!!」



 と、ガチガチのまま謝る始末。

 ぶつかられた本人も悪気がないのはわかっているが、ここまで必死そうに謝られて思わずポカンとしていた。



 「………ふふ………いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそごめんなさい」


 「そッ、すすそ、そんな滅相も………ない………です」



 顔を上げてブンブンと振る手がゆっくりとなっていく。


 気がつくと、結は眼を奪われていた。

 絵に描いたような美少女。

 何処か儚げで、それでもしっかりと芯を持って立っている花のような印象を覚えた。

 美人薄命というが、透き通るような美しい白い髪がより一層可憐さを醸し出している。

 

 しかし、



 「こっ、これは………」



 胸部に抱える爆弾が、全て吹き飛ばした。

 顔を見る限り同い年。

 しかし、胸は同じ高校一年生と思えない大きさであった。

 マシンガンを喰らったような衝撃と共に、凄まじい敗北感に襲われた。



 「それでは」


 「あ、どうもぉ………」



 少女は柔らかな笑みを浮かべて去っていった。

 去っていく姿もまた絵になる。

 あんな子も戦うのかと考えると、やはり人は見た目によらないなという教訓を得た気分になった。



 「なんか………ばりデカかったわぁ………これが格差というやつか………」



 それにしても、あの胸は凄まじいと思い出す結。

 あれは凶器である。

 それ比べると自分は良くて鈍器。

 自分のに手を当て、そこそこ自信があっただけにガクッと肩を落とす。

 だが首を振って、“いや、それでも武器である” と己を鼓舞するが、負けたような気は払拭されなかった。


 そしてもう一つ、意外に目敏い結は見逃していなかった。



 「あのバッジは………確か(しょう)くんも持っていた………」


 「おはよう、結さん」


 「!!」



 聞き覚えのある声を聞き、頭の中が吹き飛んだように今考えていたことを忘れ去った。

 するとすぐさま、急いで声の主に駆け寄った。



 「掌くん!!」



 ようやく知り合いを見つけ、ほっと胸を撫で下ろす。

 ガチガチだった結だが、これで本調子になったようだ。


 落ち着いたところで改めて掌を見ると、昨日とは全く違う衣装に身を包んでいた。

 身体を動かしそうな装備に、恐らく儀具かと思われる手甲を身につけている。

 やはり占術師らしからぬ装備だ。



 「気合入ってるね!」


 「ふふ、ありがとうございます。結さんは昨日と同じ格好なんですね」



 結の格好は、白のパーカーにショートデニムと、ラフだが動きやすそうな格好となっていた。

 まぁ、この中で私服だと逆に浮いている感も否めないが、結はその辺を気にすることはないらしく、特にこれといっておかしな反応はなかった。



 「ちゃんとした装備は武器の儀具くらいだからね。それなら動きやすい格好の方がいいと思って」


 「そうですね。いいと思います」

 


 相変わらず、掌はニコニコと笑っていた。

 笑顔は笑顔だし、嘘っぽい笑顔ではない。

 ただ、こうも何度も見ていると、やはり違和感はあった。

 掌は結に対して笑顔しか見せてないのだ。

 それ故に、やはりまだ信頼されてないのかと心配になる。


 しかし、そこでめげる結ではない。

 結は密かに、この試験の間に掌の信頼を勝ち取るという目標を掲げるのであった。

 


 「えー、それでは試験を開始するので、直接手で触れたままカードを提示して下さい」



 結と掌は、昨日盟蓮(みょうれん)からもらったカードキーを上に掲げた。

 この辺は普通に科学技術を利用するらしい。

 内蔵された電子チップをスキャンして、出欠確認。

 電子チップと、カードに流れる薄い生体電気から個人を特定。

 故に、



 「そこの黒服の少年、こっちに来なさい」



 替え玉を使うとバレる仕組みになっている。



 「チッ………!!」



 黒服に身を包んだ少年は替え玉だったらしく、さっさと逃げ出そうと身を翻した。

 しかし、完全なる悪手であった。


 ここからは科学ではなく、儀式の領域となる

 ここにいる全員、昨日のうちに不正防止の儀式を施していた。

 あの試験官の儀式『指切り』だ。

 日本における有名な儀式の一種。

 契約を交わし、破った者には針千本を強制的に飲ませる呪いをかけるということで、呪術に分類される。



 「あーあ………指、切ってるのに」



 試験官がそう呟き切る前に、逃げた少年の様子が変わる。

 これは、違反に加担した人物にも呪いが及ぶ強い儀式だ。

 つまり、



 「…………………ぁ、あ、かご………げぁ………」



 彼にも“針千本”が与えられる。

 どんどん口の中に増えていく針。

 手で触れようとすると弾かれるため、一切抵抗ができない。

 焦りを禁じ得ないがために、自らドツボに嵌っていく。

 口の中いっぱいに広がる鋭い針が叫ぶことすら許さない。

 ゆっくりと血が滲み、口が今にも裂けそうなほどに針の束がどんどん膨れてく。

 恐怖で手足が震え、ボロボロとみっともなく涙を流しはじめた。



 周囲の受験者の顔がどんどん青ざめていくのがよくわかる。

 すると、平然とした顔でその様子を見ている試験官が、



 「今戻ってくれば呪いを解いてやるぞー」


 「!!」



 と言ったので、少年は恐怖でガタガタと震えながら必死に走って戻ってきた。

 戻ってくると、口の中にあった針が全て消えていた。



 「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ………………ハァ、ハァ………」



 恐る恐る顔を上げる少年。

 忙しなく動く眼と、ガチガチと鳴る奥歯を噛む音が、彼の心情をどうしようもなく表していた。

 そして最後に、試験官は追い討ちをかけるのであった。



 「2度と、すんなよ」



 ゾクリと、結は身をを竦ませた。

 まるで自分も言われているような錯覚すら起こるような殺気。

 やはり、普通ではない。

 これが儀式師。

 今自分はこれになろうとしているのかと考えると、結はより強く緊張した。

 




——————

 




 その後、現場スタッフたちが後処理を手早く済ませると、あっけなく試験は再開した。





 「えー、それではね。試験を再開したいと思います。昨日のオリエンテーションで聞いたと思いますが、本試験に筆記等のペーパーテストはございません。実技のみです」




 儀式師に必要なのは、最低限のルールと一般常識くらいのもの。

 他の職業のように、これといって特別な知識は、最悪なくても構わない。

 大切なのは、すべてに於いてその儀式()だ。

 RSO及び市民の安全にために役に立てる力だけが求められている。


 ただ、勘違いしてはいけないのは、当然儀式や神力、そしてリヴァースなどの敵についての知識はあった方がいい。

 腕っ節だけで生き残れるほど、甘くはない。

 それはここにいる全ての人間が理解していることだ。

 


 「えーそれではまず、儀式師の重大な要素である約人の演習を兼ねて、この試験限定でパートナーを作って貰います」



 初っ端からパートナー選び。

 予期せぬ内容に、受験者たちのざわめきも大きくなる。

 しかし、中には予め組んでいる者もいたらしく、ちらほらと2人組が見られていた。

 



 「正直、かなり重要です。科目は二つ。トーナメント式の戦闘大会。そして、戦闘以外を測る野外活動です。それぞれの分野で苦手意識を補える組み合わせにしましょう。召喚師同士だったり、呪術師同士で組むのはあまりお勧めしないので、そこを考慮して作って下さい」




 無能と蔑まれている占術師同士なら、戦闘大会でほぼ勝てないだろうし、最優と名高い召喚師同士でも戦闘以外ではなかなか手こずるだろう。

 2人でどう乗り越えるか。

 これはシンプルながら奥が深い。


 

 「1時間。この間に組んで報告を終えて下さい。以上、解散とします」



 しん、としていた会場が一瞬で話し声に埋れていった。

 焦りや緊張といった不安から来る感情が、目に見えているようだ。

 ここでの失敗は取り返せない。

 妙な情やプライドでパートナーの選択をしくじれば、確実に落第する。

 


 今まさに、結が懸念している問題であった。

 占術師は偏見により、やはり真っ先には選ばれないだろう。

 いくら試験官の忠告があっても、偏見というのはなくならない。

 だから、選ばれたければ確実に掌と組む必要がある。


 だが、掌の方はどうだ?

 結と組むメリットはあるのか、占術の能力をもう持っているのに、これ以上占術師の力が必要なのか——————



 そこまで考えたところで、結は思考を遮断した。

 そして気がつくと、



 「「組もう」」



 と、同時に声を出した事に驚いていた。



 「え………いいの!?」


 「ええ、この為に僕は推薦を蹴ったんですから」



 実は、掌は推薦した者から推薦者の特権とルールを聞いていたのだ。

 推薦者は、推薦者同士でペアを作らなければならないというルールがある、と。

 推薦者は優位に立つ特権があるので、一般受験者にその影響が出ないように推薦者同士で組まなければならなかった。



 「それに………彼女と組む気はないですしね………」


 「………彼女?」


 「………ほら来た」



 ふと、違和感を覚えた。

 あれ、こんな風に笑っていたかな、と首を傾げる。

 

 しかし、視線はすぐに別の方へと引き寄せられていた。

 こちらの向かってきているのは、ものすごく見覚えのある少女。

 歩くだけで視線を奪うほどの美貌は、やはり相変わらずのもの。

 泡沫の如き少女は、再び結の前に現れた。

 

 


 「あら、貴女は………また会いましたね」


 「あ、はい………」



 気がつくと、緊張が薄れていた。

 理由は明らか。

 先ほどまで感じなかった、薄らと漂うような敵意を、彼女が纏っていたから。

 それは一体、誰に向けたものなのだろうか。



 「凛堂 掌さんですね?」


 「ええ、そうですよ。裏斗(うらと) 叶絵(かなえ)さん」



 2人の間に流れる不穏な空気。

 結は混乱しながらも、見守るしかなかった。

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