第一話 邂逅する少年少女
——————儀式
それは古今東西、ありとあらゆる教えや伝統に基づき、行われてきたもの。
その多くが迷信であり、出まかせであるということは、この世の中では当たり前の常識———だった。
今から一世紀以上も前、とある国から、儀式の実在が全世界に向けて発表された。
当初は誰も信じてはいなかったものの実際に民衆の目の前で行われたそれらは、瞬く間に真実であることが世界中に広まっていった。
そして現代。
今や誰もが儀式を行い、生活と隣り合わせとなった儀式を中心として世界が動く様になった。
占い師や祈祷師等、儀式を取り扱う仕事が増え、医療や政治の分野でも用いいられる事に。
しかし、この様な超常の力がある以上、これを利用する悪人が現れるのは火を見るよりも明らかであった。
そこで、政府が設けた儀式使いのプロフェッショナルを集めた機関 “ritual speciality organization” が発足。
彼らはあらゆる儀式職の統率と、儀式使いの取り締まりを行っていた。
そして彼らはやがて、こう名付けられる様になった。
“儀式師” と。
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夢。
私には幼い頃からの夢がある。
それは、正義のヒーローになる事。
私が憧れたあの人のような、なんでも守って誰でも救った、私の師匠みたいな。
そして、今日。
人の行き交うこの大都会で、私はその第一歩を踏み締める。
これまで積み上げた全てに懸けて、私は儀式師になってみせる。
あの日の約束に誓って——————
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都会特有の蒸し上がるような暑さ。
汗を流し、喉の渇きを感じながら、今日も人が人の顔を見ぬままにすれ違い続ける。
陽炎の向こうに見える人も、建物も、まるで何かを拒むかのような印象を持ってしまうような疎外感があった。
そんな場所に住む彼らは、自分というものを見失わずに歩いているのだろうか。
無関心と無関心に挟まれた彼女は、生まれ育った田舎とあまりにも違いすぎる環境に目を回していた。
要するに、
「ここ、どこだろう………」
道に迷ったのだ。
晶咲 結。
儀式師になるべく、辺境の地より上京した女子高生。
燃えるような赤髪と、日本人離れした大きな瞳が特徴。
整った容姿を持ってはいるが、恋愛経験は無し。
現在、巨大なリュックを背負って、道の真ん中でポツンと立って途方に暮れていた。
「これが都会………ガバ飲みレモンは売ってないし、信号はやたら多いし、駅もやたら多いし、ろくな場所じゃないよぉ………………なんなん◯ぶ飲みっち………ばりくそ美味いやん………」
ローカルなパクり商品に見切りをつけ、ついつい地元訛りが出てしまう。
それにしても本当に人が多い。
祭りでもここまで集まらないなと思いつつ、路地を通っていく。
「いやいや………まだ折れるには早いぞ、晶咲 結。憧れのシティガールの一員に加わるためには、この程度で諦めては………」
ギリギリと歯を食いしばる結。
地元で散々言われた、タウンガール(笑)などという不名誉な名前を払拭するべく、都会に馴染むのだと奮起している。
「けどなぁ………まず試験を受けようにも場所がわからないし、デバイスもおいて来ちゃったしなぁ………でも人に聞こうにも………」
儀式士採用試験の内容は、一般人に開示する事を固く禁じられている。
つまり、誰も頼れない。
というか、頼れても………
と、考えていると、結は正面から歩いて来ていた中年サラリーマンと肩をぶつけた。
「っと………すみませっ…………!?」
「ぶばばばばばばばば」
ぶつかったサラリーマンはギョッとした顔で結を見た。
そう、人にぶつかっただけでアホみたいに緊張する彼女には、とても無理だった。
いわゆるコミュ障という奴だ。
幼少期からの知り合い以外は話す事もままならないという恐ろしい精神状態を指す。
ちなみに、彼氏がいないのはこういうところが原因だ。
「ちょっ………君?」
いかん、何かを喋らなければと、いかにもコミュ障的な事を思いながら顔に出し、頭をフル回転させる。
人と話のが苦手な人間は、こういう時に頭をフル回転させるのだが、それが逆に混乱につながるのだとわかっていない。
だが、結は偶然にもいい感じの言い訳を発見した。
「い、いいいいいいえっ、おお、お構いなく! あの、そのぉ……………あ! 道に迷っていたぁ………んですけ、ど、そのぉ………そう、ちっ、地図を持ってるので!」
「そ、そう?」
ガサガサと鞄を漁りながら、“力” に関する制限を設けはしたが、地図を持たせてくれた師匠に感謝する。
叡智の王と自慢げに自分を語る師匠のことなので、さぞ詳しい情報が詰まっているのだろっと期待して開く。
そして、取り出したそれは—————————
「………まぁ、なんと便利な地図でしょう。日本全土、いや地球全土が見渡せます」
「あ、丸してるの埼玉だね」
教科書から引きちぎった形跡のある、世界地図だった。
ふとそれを両手に持つ結。
サラリーマンはどうした事かとそれを眺めていた。
すると、
「この………アバズレクソババァがあああああああああああああァァァッ!!」
「ぬおおおおおお!? どっ、どうしたんだ君ィィィィィィ!?」
騙されて叫ぶ結と突然人が変わった結を見て叫びだすサラリーマン。
もうよくわからなかった。
「わッかるかァアァアアーーーーッッッ!? 分かってたまるかッッ!! アホ? アホなん!? 何を『この図書館では収まらん程の知識を持っている』とかドヤ顔しとんのか貴様ァア!? 図書ってのはあれか? 自由帳か!? くらされたいんかこン (ピーーーー とてつもなく汚い言葉) がッ!」
ひとしきり叫んだ結は、ピタッと叫ぶのをやめた。
あまりに興奮しすぎていた結は、ピタッと止まったことにより一度冷静になる。
ああ、なんて穏やかな気分なんだ。
そんな事を思いつつ、自分の言動を思い出した結は、1秒で赤面し、そして、
「ど………」
「ど?」
「どげん背伸びしてもあたしはタウンガールなんだあああああああああああああ!!」
「どうしたんだ君ィィィィィ!!!」
事情を知りたそうなサラリーマンを振り切って、結は一目散に走り去ってしまった。
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「ここ………どこ?」
本日2度目の迷子である。
喚き散らして走った先は、何やら怪しげな裏路地だった。
「おぉ…………」
人の声がほとんど聞こえない。
遠くで車の音が聞こえるが、それもあまり気にならなかった。
住宅街でもなく、都会の中心にある路地裏で、ここまで静かな事に正直驚いていた。
カラス、ゴミ、配管、マンホール、排気口。
裏路地らしい物が目につく。
しかし、そんなありふれた光景の筈なのに、俗世から疎外されたような物寂しさを感じていた。
やたらガラクタが多く、人がいたと、ありありと感じさせる。
東京にもこんな事を思える場所があるのかと思いながら、結は路地を抜けるべく歩き始めた。
すると、
「………あれ?」
ふと、違和感を感じた。
脇目も振らず走り回ったとはいえ、結も馬鹿ではない。
なんとなく、自分がどの程度奥にいるかぐらいわかっている。
わかっているのだが、
「入り組んでる………」
明らかに、入った時と比べ深く奥に入ってしまっていた。
これはおかしい。
そう思った結は、リュックを下ろし、紫色の布で包まれた木箱を取り出した。
条件は満たした。
うん、使おう。
そして、木箱を開こうとした瞬間だった。
カランッ、と。
「誰!?」
空き缶を蹴った音が後ろからした。
思わず声を上げてしまう。
よくよく考えると自分は会話できないので、結はすこし後悔した。
しかし、今更どうしようもない。
恐る恐る首を回し、そーっと視線を向けてみる。
すると、
「………あれ、おかしいな。人がいる」
深く帽子を被った少年が、目の前に立っていた。
目元はよく見えないが、何となく顔は幼く、身長も結より小さい。
結が高いというのもあるが、これはおそらく歳は下だろう。
目を丸くする結。
少年の言ったように、人がいる事に驚いた結は、少年の顔をマジマジと見ていた。
「こんなところでどうしたんですか?」
「——————」
不思議な感覚だった。
初対面なのは間違いない。
だが、不思議と人見知りになっていない。
この少年は、一体何者なのだろうか。
「………?」