その6「全員集合」
〜前回までのあらすじ〜
昔の友達である優一、真希、薫を仲間に引き込もうとしている力也と、それを阻止しようとする千昭。
その勝負の行方は・・・?
金槌で殴られたような衝撃が頭の中を駆け抜け、千昭は目を覚ました。
頭を押さえながら顔を上げると、そこには力也が立っていた。
「急がないと薫が帰っちまう。先に行ってるからすぐ来いよ」と力也は言い、1人で教室から飛び出していった。
千昭が寝ている間に6限目も帰りの会も終わっていたらしい。
千昭は机の横に提げていたカバンを手に取ると、力也の後を追った。
慌てて校舎を出ると、校門のそばに力也たちの姿を見つけた。
他の生徒をかき分けるようにして力也たちのそばまで行くと、そこには懐かしいメンバーが揃っていた。
力也、優一、真希、薫、そして千昭。
昔の思い出が一気に蘇ってくる。
はげ山のお化け屋敷、秘密基地、映画館、夜の学校・・・
いけない。千昭は頭をふった。
こんなことを考えている場合ではない。
すでに千昭と力也の最終ラウンドは始まっている。
「薫は物分りが良いから率直に言わせてもらう。ディアーを潰すのに協力してくれ」と力也は言い、祈るように薫を見た。
同じように優一と真希も、薫を見つめている。
薫は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐにこう言った。
「あなたたち、全然変わってないのね。悪いけど協力できないわ。弟たちの世話で忙しいし」
そして薫は、千昭のほうに優雅な笑みを向けるとそのまま校門を出て行ってしまった。
その時の薫は、千昭をからかっていたために無邪気な表情をしていたが、完璧なほどの美しさと彼女独特の品格も持ち合わせていた。
4人はしばらくの間、薫が去っていった方を見つめて黙っていた。
薫は千昭と力也のどちらにも味方しなかった。
そのため、この勝負はすでに優一と真希を味方につけている力也の勝ちなのだろう。
千昭は小さくため息をついた。
ここで強引に止めようとしても、力也は絶対に言うことを聞かない。
おれだけでは説得力に欠けるからだ。
薫ならこのピンチを救ってくれるはずだったのに。これからどうすればいいんだ?
千昭が考え込んでいると、力也が言った。
「4人でも何とかなるだろ」
千昭はしぶしぶ、3人は意気揚々とディアーへと向かった。
ディアーに入る直前、力也はカバンから黒い帽子を取り出し、それを深々と被った。
昨日事件を起こしたばかりだ。力也にもそれくらいは分かっているらしい。
千昭は顔を見られていない自信があったため、何も被らずディアーに入った。
和やかな音楽が流れている店内は、いつもと何ら変わりはなかった。
「ねぇ力也くん、どうやってディアーをやっつけるの?」と真希は目を輝かせて言った。
まだ幼い子供みたいな真希の笑顔を見た千昭は、落ち込んでいた気分が少しだけ軽くなった気がした。
「昨日と同じ、食品コーナーに行こう」と力也は言い、全員の顔をグルッと見回した。
優一と真希は大きくうなずき、千昭は小さくうつむいた。
しばらくの間、ただ歩いているだけだった4人は、千昭の一言でピタリと立ち止まった。
「あのおじさん見てみろよ。あれって万引きじゃないか?」
3人はその方向を見ると、思わず目を見開いた。
視線の先に居た中年の小柄な男は、特に周囲を警戒することもなく陳列棚から商品を取り、それをだぶついているズボンのポケットに次から次へと入れている。
「そうだ!おれ達もあのおっさんに協力してやろうぜ」と力也が言ったのと同時に、真希が中年の男に近づいて大声で叫んだ。「このひと万引きしてます!」
真希の透き通った声が店内に響き渡り、どこからともなく警備員達の足音が近づいてくる。
中年男は驚いた様子で真希を見ると、慌てて出口に向かって駆け出した。
「おい真希!」と力也は叫び、怒りの表情をあらわにして何か言いかけたが、向こうから走ってくる警備員の姿を確認したため、さらに深く帽子を被って黙り込んだ。
「優一、あいつを追いかけろ!」昨日よりはいくらか冷静だった千昭はそう言うと、優一の背中を押した。
このままだとあの中年男に逃げられてしまう。
しかし優一の足があれば取り逃がす事は無いはずだ、と千昭は思った。
優一は小柄なわりに、昔から走るのが大の得意だった。
「わ、分かった」優一はそう言い終る前に、すでに男の後を追って走り出していた。
優一は、普段はとても大人しい少年だが、走る時になるとその性格が一変する。
千昭の予想通り優一はすぐに追いつくと、後ろから体当たりして男と一緒に床に倒れこんだ。
店内はざわつき、二人の周りに客が集まってくる。
すぐに警備員もやって来て、男は取り押さえられた。
2人の警備員に挟まれるようにして男は去っていき、優一も警備員に呼ばれその後についていった。
残された千昭と真希は、先ほどから姿の見えなくなっていた力也を探し始めた。
力也は騒ぎのあった場所から離れ、自分の身長よりも少し高い陳列棚の前に立っていた。
しばらく考えた末にお菓子を一つ手に取ると、それをゆっくり自分のカバンに入れ始めた。
今なら騒ぎのおかげでバレはしない、と力也は思った。
ディアーに直接のダメージを与えるのに効率のいい方法、それは万引き。
しかし万引きというのはもちろん犯罪で、力也もそれぐらいは分かっていた。
いくらディアーを潰すためとは言え・・・
力也はカバンに入れた商品をもう一度取り出し、しげしげと眺めた。
ディアーのせいで散々な目に遭った。何としてもここを潰したい。だが、万引きなんておれの性分に合わない。
力也の頭の中では、可愛らしくない天使と恐ろしすぎる悪魔の戦いが繰り広げられていた。
やがてその戦いに決着がつこうとした時、よく知った声が力也の耳に聞こえてきた。
「あなた、いつからそんなコソ泥みたいな真似をするようになったの?」
声の聞こえたほうに顔を向けると、そこには薫が立っていた。
「まだ盗んでねぇよ。ここで何してんだ?」今度は力也が尋ねた。
「夕飯の材料を買いに来たの。その手に持ってるお菓子、買わないんだったら戻しなさい」
それを聞いた力也は、手に持っていた袋を素直に陳列棚に戻した。
年の近い人間に屈する事など全くと言っていいほどない力也だったが、薫に対してだけは違った。
彼女は別次元に住んでいるような美しさの持ち主で、堂々とした気品があった。
女性に関心の無い力也でも、薫と二人きりになると緊張してしまう。
彼女が手に持っている買い物カゴは別にしても、薫はまるで女王様のような雰囲気を放っていた。
しかしその容姿があまりにも綺麗すぎるためか、薫は友達が少なかった。
近寄りがたい存在なのだろう、と力也は思った。
一度も話したことがないやつは、薫の事を誤解している。
彼女は変に気取ったりしないし、自分の美しさを自慢する事もない。
本当はとてもいい奴なのだ。
だから力也は、薫のことが好きだった。(そういう意味ではない)
先ほどまで厳しい顔をしていた薫だったが、ふいにその表情を和らげると力也に近づいてきた。
肩の辺りで美しくカールしている黒髪が、ふわふわとゆれる。
力也は、ただ歩いているだけの薫に惚れ惚れしていた。
他の誰にも真似できないほどの優雅さを、薫は持っていた。
すぐ目の前まで来た薫は、その細くて白い腕を精一杯伸ばしながら、中指で力也の被っている帽子をはじいた。
「そんなに深く被って・・・殺し屋にでも狙われてるの?」薫は、クスクス笑いながらそう言った。
「薫じゃないか!二人で何してるんだよ?」
千昭はそう叫ぶと、真希と一緒に二人に向かって走り出した。
そのすぐ後に優一も合流し、再び5人が揃った。
そして力也が口を開く。「もう一度頼む。おれたちに協力してくれ」
4人の顔がいっせいに薫のほうを向いた。
少しの間があり、小さくため息をついた薫はこう言った。
「しょうがないわね。あなたたちが問題を起こさないようにわたしが見張っててあげる」
力也、真希からは大きな歓声があがり、優一はニコニコ笑っている。
千昭は思いっきり落胆したが、薫の意味ありげなウインクに気づき気を取り直した。