その5「再会」
〜前回までのあらすじ〜
ディアーつぶしを見事に失敗した千昭と力也。
二人では無理と判断した力也は、仲間を増やすことを思いつきます。
「よし千昭、ついてこい!」
力也が行動を起こしたのは、昼休みになってからだった。
『協力者を探す』と力也が宣言してから、22時間が経過している。
「あぁ行こうぜ」と、千昭は力強く言った。
2年4組の教室から、力也と千昭が続けて出て行く。
目指すは2年3組。すぐ隣だ。
力也はノックもせずに3組のドアを開けた。
ドアと壁とが激しくぶつかり、大きな音をたてる。
千昭は深く息を吸い込んだ。力也を止めてみせる。なんとしても。
力也の後から千昭も3組に入っていく。
教室には、1つの机に群がってお喋りをしている女子が4人と、宿題をしているらしい男子が1人いた。
千昭と力也の姿を見るなり、4人の女子たちは逃げるように教室から出て行った。
「よぉ優一!」力也が、教室に残っている男子生徒――優一に声をかけた。
ドアを開けたときに大きな音がしても顔を上げなかった優一は、その時初めて千昭たちのほうを見た。
やせ細った優一の顔からは、驚き、恐怖、喜び、戸惑いなど複数の表情が見てとれた。
「ひ、久しぶりじゃないか。力也、千昭・・・」と優一は言った。
一年と半年ぶりに言葉を交わした優一に対して、力也は唐突に話し始めた。
「おれたちに協力してくれ」
そしてここから、千昭と力也の見えない戦いが始まった。
結果から言えば、千昭の完敗だった。
お人好しすぎる優一は、力也の話を一通り聞き終えると「手伝うよ」とただそれだけを言った。
力也が熱弁を振るっている間、千昭はアイコンタクトやジェスチャーで自分の思いを伝えようとしたが、それを見た優一はただニッコリと笑うだけだった。
力也と優一が昔話に花を咲かせているのを見た千昭は「すぐ戻るから待っててくれ」と言い残すと、3組から飛び出した。
千昭は小走りで1組へ向かった。
次に力也が訪ねるはずの、真希と薫のいる1組へと急ぐ。
事前に反対してくれるよう頼んでおけば、力也をとめることが出来るはず。千昭はそう思った。
1組のドアを勢いよく開けると、そこには10人ほどの女子がいて、いっせいに千昭のほうを見た。
薫の姿は無かったが、女子のグループの中に真希がいた。
「真希の顔見るの久しぶりだな」と千昭は言い、小さく手を振った。
他の女子には目もくれず、まっすぐ真希のほうに歩いていく。
真希の周りにいた女子たちはクスリと笑って目を合わせると、教室の隅に移動した。
「千昭くん・・・どうして?」顔をリンゴみたいに真っ赤にした真希は、ほんの少し千昭のほうを見上げながらそう言った。
久しぶりの再会が突然に訪れたためか、真希は混乱しているようだった。
「あ、いや、えっと・・・」何と切り出して言いか分からない千昭はどもってしまった。
教室の隅にいる女子たちは、中央に立っている千昭と真希を見てクスクス笑っている。
「久しぶりに会ったばっかりなのにこういう話はどうかと思うが、まぁ聞いてくれ」と千昭は言った。
今度は笑い声ではなく、「おぉー」という声が千昭の耳に聞こえてきた。
「悪いけど2人で話したいから出てってくれないか?」我慢できなくなった千昭は、たまっている女子に向かって言った。
女子たちは、残念そうな顔をして教室から出て行く。
そのうちの何人かは、真希に向かって親指を立てたりウインクしたりしていた。
教室に2人きりになると、真希は言った。「話ってなにかな?」声がうわずっている。
「とても大事な事だからよく聞いてくれ」千昭はそう言うと、真希の顔をまじまじと見つめた。
真希の髪、だいぶ伸びたな、と千昭は思った。
相変わらず背は低いままだったが、昔とはどこか雰囲気が違っている。
真希は当時よりもずっと大人っぽくなっていた。
一年以上の空白があったのだから、当然のことなのかもしれない。
しかしその反面、昔からの可愛らしさは今でも衰えていない。
さらに磨きがかかっている、と言っても過言ではないだろう。
「実は――」「は、入っちゃダメ!」
千昭が話し始めようとした時、廊下から悲鳴に似た声が聞こえてきた。
そのすぐ後にドアが開く音。入ってきたのは力也と優一。
間に合わなかった・・・千昭は思わず自分の手のひらにこぶしを殴りつけた。
「抜け駆けか。千昭らしくないな」と力也は笑いながら言った。
「抜け駆けなんかしてない」千昭はきつい口調で言った。
「わぁ、力也くんに優一君!今日はみんなしてどうしたの?」と真希は言った。
その目はキラキラ輝いていたが、どこか残念そうな表情をしている。
「真希、お前に話があって来た」と力也は言い、その後に優一に語った内容とほぼ同じ大演説をやってのけ、あっさり真希を見方に引き込んだ。
事前の打ち合わせが出来なかった千昭は、文字通り惨敗した。
しかし千昭は、本当のことを言うと優一と真希にはほとんど期待していなかった。
この2人はとても優しい性格で(悪く言えばお人好し)誰かが困っているとそれを見過ごすことが出来ないような、そんな人間なのだ。
千昭が本当に期待しているのはメンバーの最後の1人、遠峰薫である。
お人好しとはほど遠く、いつも冷静でとても賢い。
この場を救うのに一番適しているのは彼女だ、と千昭は思っていた。
昔5人で遊んでいた時のリーダーは力也だったが、一番しっかりしていたのは薫で、一番頼りにされていたのも薫だった。
千昭は薫に対して、絶大な信頼を寄せていた。
一年以上話しさえしていないが、いまだにそれは変わっていない。
昼休みの終わりのチャイムが鳴り、千昭、力也、優一は教室を出た。
「放課後に薫を誘いに来るから、帰らせないでくれよ」と真希に向かって力也は言い、4組に戻った。
もちろん千昭も4組に、優一は3組に帰っていった。
一年と半年ぶりの再会はなんともあっさりしたものだった、と千昭は思った。
普通ならもっとこう、感動的な何かがあってもいいんじゃないか?
いやいや、おれたちに普通の再会なんて似合わない。
小学生の時の数々の伝説が、おれたちが普通じゃない事をきっちり証明している。
千昭は少しばかり昔の思い出に浸っていたがすぐに正気に戻り、次の戦いに備えようとした。
薫が千昭と力也のどちらを選ぶのか・・・全てはそこに懸かっている。
こうして千昭と力也の戦いは、薫がレフェリーの最終ラウンドを迎えようとしていた。