少女の哀しい願い
玲奈には幸せになってほしいと思いながら毎回書いています。
今回も温かくこの話を見守ってくれると幸いです。
なんて幸せなんだろう。
愛される喜びは何ものにも変え難い。
「愛してるよ、玲奈」
貴斗はそう言うと、私を抱きしめた。
私はそれがどうしようもなく嬉しくて、強く貴斗を抱きしめ返した。
「私も愛してる、貴斗。初めて出会った時からずっと…」
やっと言えた。
やっと叶った。
嬉しくて、思わず涙が零れる。
「あぁ、貴斗…愛してる…」
どれくらいの間、お互いに抱きしめ合っていたのだろうか。
ふと感じた違和感に玲奈は眉を顰めた。
だんだん体が重くなる感覚に貴斗の体がこちらに傾いてきていることを感じた。
「貴斗?どうしたの…体がこっちに…」
ついに玲奈はその体の重さに耐え切れず倒れた。
貴斗の下敷きとなった玲奈はこの状況に思わず赤面するが、異変に気付くとすぐに青ざめた。
真っ赤に染まった貴斗の服、血の気のない青白い顔その様子に死という文字が浮かぶ。
貴斗の下から這い出た玲奈は己の手を血で真っ赤に染めながら、必死に出血箇所を抑える。
「嫌!嫌よ!貴斗、お願い死なないで…私を置いて逝かないでよ!」
悲痛な玲奈の叫びは貴斗には届かない。
玲奈は泣きじゃくりながら必死に助けようとするも、貴斗の体は徐々に冷たくなっていく。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
誰でもいいから助けて
お願いだから
もうこれ以上、私から大切な人を奪わないで
体全体に脂汗をかきながら玲奈は目を覚ました。
荒い呼吸を繰り返しながら玲奈は体を起こすと己を掻き抱いた。
最悪な夢を見た。
愛しい人の死。
その時の絶望を忘れることなんて決して出来はしない。
夢の中でくらいただ貴斗に愛されたいと願うのに
どうして夢まで私を苦しめるの?
玲奈の目から涙が零れる。
止めどなく流れる涙がやっと止まると、少しだけ冷静になった玲奈は今いる場所に疑問が浮かんだ。
玲奈の寝室と同じくらいに豪華な部屋で、玲奈が眠っていた天蓋付きのベットは最高級品だろうことが窺える。
ここは一体何処だろう。
どうしてこんなところに居るのだろう。
そう考えていると、扉をノックする音がした。
「入っていいですよ」
そう玲奈が言うとリユンが入ってきた。
「体調は如何ですか。玲奈」
天蓋付きのベットで丁度よかったかも知れない
ぐちゃぐちゃになった私の泣き顔なんて誰にも見せたくなんてなかったから
「もう大丈夫、リユンが私を運んでくれたの?」
玲奈は涙声でそう聞いた。
それを聞いたリユンは眉を顰めると少し強い口調で言った。
「泣いていたのですか?」
それに玲奈は沈黙を返すとリユンは悲しげに続ける
「貴斗という人のために泣いていたのですか?」
その言葉に玲奈は目を見開いた。
「どうしてその名前を知っているの?」
動揺で声が裏返りそうになるのを必死に堪えて玲奈は聞いた。
「先程の出来事を覚えていないのですか? 玲奈は突然意識を失って倒れたんですよ…貴方は倒れる直前、私のことを『貴斗』という人だと勘違いしていました…本当に覚えていませんか?」
その言葉を聞いて玲奈は今日あった出来事を思い出した。
桜に眠っていた愛しい貴斗の記憶。
貴斗が私に愛を告げるなんてまるで夢物語のような記憶。
全てを鮮明に思い出すことが出来る。
元の世界では一度も愛を告げることなんて出来なかったけど
貴斗に愛を告げられたことなんてなかったけど
桜の持つ記憶には貴斗が私に愛を告げるという、私が望んで堪らなかった場面が確かに残っていた。
あれは一体何だったんだろう。
もしかしたら、貴斗はこの世界に居るのだろうか。
思考に浸る玲奈を現実に引き戻したのは悲痛なリユンの声だった。
「玲奈はその人を愛しているから、私の愛に応えてくれないのですか?」
「…そうだよ。」
玲奈はそう言うとリユンに微笑んだ。
「だから、どうか私以外の人を愛して幸せになって」
そう告げる玲奈に対しリユンは首を横に振ると、とても蠱惑的に微笑んだ。
「ならば、玲奈を振り向かせる努力をします…私には貴方しか愛せそうに無いんです。他の人では意味がない…」
玲奈にはリユンのその気持ちが痛いほどよくわかった。
私はその気持ちの果てに貴斗の死体を愛した…
だから私にリユンを否定する権利などない。
あるのは、事実を告げることのみ
それがたとえ残酷なことでも
「私は貴斗しか愛せないの。だから貴方がどれ程努力しようとも何をしようとも、私が貴方を好きになることはないよ…」
そんな遠慮のない言葉を聞いてなおリユンは不敵に笑った。
「絶対に振り向かせて見せますよ。玲奈…」
そう言い残して、リユンは部屋から出て行った。
残された玲奈は柔らかいベットに寝転がると、考えた。
貴斗のこと、あの不思議な桜のことについて
そして唐突に玲奈は自分のことに思い至る。
私はトラックに轢かれた筈が異世界転移を果たしていた。
貴斗は私の目の前で確かに死んだ…
だけど、異世界転移があり得るのならば、異世界転生もあり得るのではないのだろうか。
貴斗は異世界転生を果たしていて、この世界にすでに居るのではないか。
その疑惑に玲奈は高揚するがすぐに我にかえった。
仮に、異世界転生していたとして、その人は容姿も性格も別人で決して貴斗にはなり得ない。それに、前世の記憶を持つ確率など、どんなものだろうか。
だとしたら、結局
何も、望めない。
そう思うと胸に埋めようのない虚しさが生まれ、玲奈は思わず涙を流した。
この心は決して満たされない。
どうやっても私は縋り付くことしか出来ない
貴斗の死体に抱いたあの歪んだ思いに
どうしようもなく切なくて苦しい、決して恋心なんて呼べやしない、醜い妄執にとらわれるしか
この心の隙間を埋めることは出来ない。
あの桜の記憶が、作られた幻だなんて思えないけど
思いたくなんてなかったけど
もし、そうだとしたらなんて意地の悪い
心を深く抉る凶器だろう。
いっそ、それで私の心臓を抉り出してしまえば、あなたへの想いも消えてくれるだろうに
でも、そんな事は不可能だから
愛される喜びを感じたいと心が叫ぶから
あぁ、貴斗お願い
貌だけでもいいから
愛していると囁いて
リユンのポジティブな所は尊敬に値すると思いながら毎回書いています。
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